第二百二十八話 生還を出迎えた帝国の皇子
数日かけて神殿ダンジョンを出ると、ウィルリッヒ達がぞろぞろと俺達の所へやってくる。俺達が引っ張っている素材が乗った即席のそりを見て、周りの冒険者達が目を白黒させているが、ウィルリッヒの興味はそんなところには無かった。
「想定の倍ちかくかかったね。時間がかかったようで心配したよ」
「思ったより深かった」
「もし遭難しても、我々の力量じゃ助けに行く事すらままならなかった。帰ってきてくれてよかった」
「なんとかな」
「コハクに死なれたら、もう我々には打つ手がないからね」
「分かっている」
「それで、最低階層は何階になるのかな?」
なるほど、俺達がただ逃げ帰って来たとは思っていないようだ。
「三十五階層だ」
「わかった。まずはゆっくり話を聞きたいから、場所を移そう」
そして俺は、ウィルリッヒに伝える。
「敵に遭遇した」
「なんだって!」
それには、ウィルリッヒだけでなくフロストも、ヴァイゼルも驚愕の表情を浮かべる。
フロストが身を乗り出してくる。
「どんな奴だった!」
「ちびの男と、すらりとした女だ」
「ゲートを通過して入ったんだろうか?」
「わからんが、見た目は普通の人間だ。見分けようがないだろうな」
ヴァイゼルも深刻な顔で言う。
「まさか、既に神殿ダンジョンにまで入り込んでおったとは」
そこでマージが言う。
「いずれにせよ。手を打たないといけないねえ」
「分かりました大賢者。とにかく無事でよかった」
そして俺達はウィルリッヒ達が連れている騎士と共に、荷馬車に素材を積み込んで、神殿ダンジョンの門を出て行く。そのまま大きな宿屋に入り、騎士達が素材を俺たちの部屋へと運んでくれた。そのまま直ぐに食堂に行き、ウィルリッヒが食事を運んでくるように騎士に伝える。
「長く潜っていたんだから、まともな物は食べてないだろう?」
「その通りだ」
俺達は、出された果実水と野菜や肉の入ったスープを飲む。柔らかいパンが用意され、調理された肉と揚げ物が出てきた。煮た野菜がならび、それも塩とハーブで味付けされていていい香りが漂う。
それを見て、皆のテンションが上がる。
「やっとまともな食事にありつけたぜ!」
「そうね。人間の食べ物って感じたわ」
「じゃな! かなりきつかったからのう!」
「食っていいのかい?」
「どうぞどうぞ」
「大国の殿下よ。騎士である私達にまで、このようなおもてなしありがとうございます」
「いいよいいよ! 早く食べよう!」
レイたちも座りウィルリッヒ達も同席して、一緒に料理を食べ始めた。ダンジョンではただの水と、焼いて味付けのない肉ばかり食っていたから、塩気がとても美味いと感じる。
「メルナもよく噛んで食べろよ」
「うん」
「アーンも」
「ありがたいっぺ!」
それから俺達は話もせず、飯を食う事に集中した。一度は死にかけた連中なので、とにかく食って体を戻してもらわなければならない。
「食い終わったら、回復薬を飲んだ方が良い」
「ああ」
しっかりと食い終わり、皆が回復薬を飲んで落ち着く。お茶などを飲み、俺がボソリと話を始めた。
「ウィルリッヒ。ダンジョンの魔獣は討伐しない方が良い」
「そうなのかい?」
「今は俺達が少し間引いてしまったから、ダンジョンの防御力が低下している。じきに回復するだろうが、なんらかの情報を流して、強い冒険者などの制限を行った方が良いかもしれん」
「どういうことだい?」
そこで俺は、アイドナと検証した内容を告げる。
「おそらく、魔獣の役割はダンジョンの深部を守るためだ」
「ダンジョンを守るため?」
「ダンジョンを利用していた文明が、その奥のコアを守るために何かの仕掛けを施した。それが長い年月を経て、あのような状態になったんだ。俺だけが最下層に潜って見たのは、今まで各地で見た古代遺跡と同じものだった」
「あの奥にも……」
「そこで見た物は、これまで見たどれよりも大きく危険な物だった」
「「「……」」」
三人は沈黙した。自国のダンジョンに、そんな危険なものがあると知って言葉が出ないようだった。
「あれに手を付けてはならない」
「もし手をつけたらどうなるんだい?」
「国が吹き飛ぶ」
!!
絶句した。そしてゆっくりとウィルリッヒが言う。
「なぜ、コハクはそんな事が分るんだい?」
だがそれにはマージが答える。
「コハクは古代遺跡が読み取れるのさね」
「読み取れる?」
「そうさ」
そして俺はそれに構わずに話を続ける。
「それに、今の我々の装備では、あの敵には通用しないことが実証された。俺以外の八人は、今回のダンジョン潜入で死ぬところだった。しかもたった二人の敵に、あっという間に戦闘不能に陥れられた。この特製の鎧があったからこそ、命を失わずに済んだと言ったところだ」
「そんなにかい?」
「ああ。俺も倒すのに少し時間がかかった」
「そうか……」
いよいよ深刻な状況というのが伝わったらしく、ウィルリッヒ達も言葉を発さずに難しい顔をして考え込んでいた。それもそのはずで、あの敵が大挙して攻めてきたらひとたまりもないと分っているのだ。
だが流石に、国の王族であるウィルリッヒが次の問いを投げかける。
「国を滅ぼされるわけにはいかない。どうすればいいだろう?」
「それについては、俺に打開策がある。もちろん数日で出来上がるわけでは無いが、仲間達が命がけでその戦闘データを入手してくれたからな。根本的に装備の考え方を変える必要がある。そして敵は、こちらの世界の事を熟知している。何を優先にして、どうすれば勝てるかを知っていたようだ」
ヴァイゼルが青い顔をする。
「手の内がバレておるという事かのう」
「そうだ。まあ奇襲をかけられたからというのもあるが、圧倒的な戦力差も相まって、全く相手にならないというのがわかった」
ボルトやレイたちが申し訳なさそうな顔をしている。だが俺はそれを見て行った。
「彼らは決して弱くはない。だがあの敵に対応するには、まだ戦術がまとまってないんだ」
「戦術……」
「だが。今回彼らは戦ってくれた。それが体に染みついていて、俺はその戦いを理解している。だから何を改良して、どうすればいいのかが既に分かっているんだ」
するとフロストがウィルリッヒに言う。
「彼の言葉には迷いがない。殿下、我が国は彼にいろいろ指南してもらわないといけない」
ヴァイゼルも言う。
「そのようじゃな。打開策もありそうじゃ」
「わかった……。とにかくこれからそれを突き詰めていくという事でいいのかな?」
「ああ」
そして話し合いは一旦終わる。ウィルリッヒが俺達に言った。
「お疲れ様。とにかく死ぬ思いをしたんだ、この宿屋は完全に貸し切っているから、風呂なりなんなり気軽にやってくれ」
そこで俺が言う。
「ウィルリッヒ達も一緒にいてくれ。まだまだ話さなければならない事がある」
「わかった。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
フロストもヴァイゼルも頷いた。
こうして、依頼を受けた神殿ダンジョンの一件は幕を閉じる。だかこれからやるべき事は山ほどあり、一番最初にやらねばならないのはダンジョンの閉鎖かもしれない。だが国とギルドは別々の組織で、不可侵の部分もある為、容易にはいかないだろう。
そうして俺達はようやく、鎧を脱ぐ事が出来たのだった。