第二百二十三話 高速ダンジョン攻略、再び
俺達は消耗する物資の制限をしながらも、最下層を目指して歩いてきた。今までのダンジョンから想定すると、最下層に古代遺跡(旧世代の機器)が眠っている可能性が高い。想定では、ここには魔獣出現のワームホールの装置があるのではとされている。だがここまで強力な魔獣が多いと、正体不明の敵でも最下層に行くのは容易ではないだろうとアイドナが言った。
流石に集団で走っていくことは難しく、それでも着実に先に進むことは出来ている。
「ふう」
今しがた破壊した、大型の鋼鉄蜘蛛の魔石を掘り出したボルトがため息をついた。
「休むか? ボルト?」
「やっと二十九階層だ。次が底かもしれねえし、頑張った方が良いんじゃねえか?」
そこでマージが言った。
「ここまで六日。想定でよりも時間がかかってるさね。どうするんだい? コハク」
確かにそうだ。急激に強い魔獣が増えてきており、何よりも問題は魔獣の数が想定より多い事である。
《力を開放すれば、あなたであれば下層到達は可能。ですが、他を連れてこれ以上の潜行は難しいです》
確かにな。
アイドナの言うとおりだった。
それは何故か?
俺とみんなとでは、体の機能が全く違うからである。省エネルギー、急速深眠、排泄の省略。これだけでも負担が少ない上に、魔獣を倒せば倒すほど強くなっていく能力。他の皆が疲弊していくのに対し、俺は倒す魔獣が強くなればなるほど相手の魔力で強化されて行くのだ。
《むしろ最下層に潜るだけを想定するならば、あなた一人で潜った方が楽に行けるかと》
魔獣を間引きする事を考えなければな。ただ潜るだけならその通りだ。
《ここに仲間を置いて、単独潜行しては如何でしょう》
伝えてみるか。
「みんな聞いて欲しい。この階層に安全地帯があるか探し出し、そこで皆が待機をするという形を取ろうと思う。ここから先は俺が単独で潜行し、先の状況を確認するのが最適解だ」
すると皆がざわついた。
「一人だって! そんな無茶な」
「そうです! お館様! それは聞けない命令です」
ボルトとレイが言い、他の奴らもそれに頷いた。
「だが、恐らくは次の階層が限界。しかしながら、この状況から推測するにまだ深くなっている可能性が高い。せっかくここまで潜ったのだから、確認だけでもした方が良いだろう?」
そしてフィラミウスが言う。
「コハクに何かあったら、奥様に顔向けできないわ」
「いや。必ず戻って来れる自信があるんだ」
すると俺の能力を知って居る、唯一の存在であるマージが俺に聞いて来た。
「確信があるんだねえ?」
「ある」
「どうだろう? みんな、コハクの言うとおりにやってみようじゃないかい?」
皆が顔を合わせて首をひねる。
「本当ですか? 賢者様」
「コハクは無理は言わないんだよ。それを知ったうえで、あたしは従った方がいいと思うがねえ」
「そうなのですか……」
だがアーンが言う。
「うーん。ハッキリとは言えねえけんども、多分本当だっぺよ」
それを聞いてガロロが言う。
「真理眼って奴じゃろか?」
「というか、なんとなく分かるっぺ」
そこで皆が話し合った。ここまできてという気持ちもあるらしいが、何よりも目的を達成させることを優先させるべきという答えにまとまる。
「よし。それじゃあ安全地帯を確保するか」
ボルトが言うとベントゥラが答える。
「まあ風来燕としては残るという事だな?」
「そうだ」
だがまだ、騎士のレイとビストが納得していない。
「お館様を単独で先に進めるなど出来ません」
「同じく」
そこで俺がはっきり言った。
「いや……、ハッキリ言うと、皆がいない方が防御に意識を割かなくてもよくなるんだ。その分攻撃に全てを集中する事が出来るし隠れやすい。だからここで待ってもらった方がいい」
「しかし!」
「むしろ、ここに残る戦力は多い方が良い、どうなるかは分からんからな」
それを聞いてマージが言う。
「言うとおりだ。それに、一人ならば目立たないという利点は本当さね。あたしも一人で潜った事があるから分かるのさね」
「賢者様……」
説得力がある。
《経験談は確かです》
「マージの言うとおりだ。それに俺にはいろんな技能がある」
「……わかりました」
「レイ?」
「お館様を信じよう。これまでも奇跡を見せられて来たんだ」
「……わかった。絶対に無事に帰ってきてください」
「もちろんだ。まずはみんなの安全地帯を探そう」
「は!」
ベントゥラとアーンが先頭になり安全地帯を探した。一部の岩壁の上に窪みがあり、そこを掘れば皆で潜めそうだった。あえて魔獣と戦わなければ、危険な目に合う事もないだろう。
「よし。魔獣が寄って来るかもしれんが、一旦ここを掘るぞ」
「おう」
そしてジェット斧を振りかざして、一気に窪みを横に広げていく。全員が余裕で入れるぐらい広げたところで穴から外に出ると、下では蜘蛛の魔獣と戦う仲間がいた。俺が掘ったの場所から降りると、ボルトと騎士達が高周波ソードで、大鋼鉄蜘蛛を何度も斬りつけている。だが大鋼鉄蜘蛛の致命傷にはならず、時おり鉄のような硬さの糸を吐き出すのでそれに動きを制限される。高周波ソードであれば糸を切るのは簡単だが、糸を切っているあいだに攻撃をされるのだ。
《味方を下がらせましょう》
「皆下がれ!」
俺の号令に全員が壁際に下がる。
《幻影剣舞を発動》
これは数のいる魔獣に対応する技だ。洞窟に潜るほどに、魔獣の数が増えるのでアイドナが開発をした新技である。次の瞬間、俺は飛び回るようにレーザー剣を振るい始めた。その広場に現れた蜘蛛のあちこちで青い光が回り、次々に蜘蛛を切断していく。かつ蜘蛛は俺が過ぎ去った場所にいる残像を攻撃し、糸で行動を阻害する事が出来ないでいた。
あっという間に始末し、俺は皆のところに戻る。
「皆怪我は無いか」
ベントゥラが言う。
「強化鎧を着ているうちは、斬る事はできないだろうさ。だが連結部の破損をすると致命的だな。今のところ誰も壊れてねえようだが」
「ならば静かにしててくれ。上を掘って皆が入れるようにした」
「「「「おう」」」」
「「は!」」
皆が上に飛び、メルナとフィラミウスとアーンは俺が掴んで飛ぶ。そして俺は皆に背を向けて言う。
「行って来る」
「気を付けておくれよ」
「もちろんだ」
そして俺はその窪みを出て飛び降りた。アイドナのガイドマーカーが発動し、視界の端にはマッピングされたダンジョン地図と、魔獣を察知した時に光るセンサーが表示される。
《では走ってください》
了解だ。
そこからは一気に走って三十階層に降りていく。三十階層にも、大鋼鉄蜘蛛の魔獣が多数いてそれらを破壊しながら走り抜ける。そして広いエリアが出現し、俺はそこでいったん止まった。
地面に穴が空いてるな。
《エックス線透過》
穴の中に、温度の高いものが潜んでいるのが分かった。
《石を投げてください》
俺が石を拾ってその広場に投げてやる。
ズルッ! バグン!
無数の穴のうちのいくつかから、デカいミミズのような物が出て来て食おうとしたようだ。
《超高速移動に移行。疾風迅雷を発動します》
俺の身体強化が更に強化されていた。ピリピリと自分の体が変わっていく。
《石を複数広場に投げたと同時に、ジェット斧を振り回しながら移動します。ガイドマーカーの通りに》
わかった。
石をいくつか拾って、穴だらけの広場に投げたと同時に、アイドナが能力を開放した。
《魔力解放》
ドシュッ! その広場の端から反対側の端まで一気に通り抜けた。壁際に到着して、そのまま後ろを振り返る。すると穴の開いたワームが、何匹も崩れ落ちて行くところだった。
いくか。
《高速移動モード。龍翔飛脚》
ドン!
更に速度を増して、俺は一気に三十階層の魔獣を粉砕していくのだった。確かに人を連れながらはこれは出来ない。俺は高速で三十階層を飛び回り、更に三十一階層への入り口を発見したのだった。