第二百二十話 神殿ダンジョンへの潜入
まだ朝の薄暗い中、俺達は装備を整え、それぞれの荷物を持って宿屋の前に集まる。そこにウィルリッヒたちが待っていて、俺達に挨拶をして来た。ウィルリッヒもフロストもフルプレートメイルを着て、ヴァイゼルはいつも通りに魔導のローブを羽織っている。
「一緒に潜るのか?」
「途中までね。浅い階層くらいは確認しておきたいから」
「なるほど」
宿屋の主人が出て来て、ウィルリッヒにへこへこしている。金払いが良く、いいお客さんらしい。
「ではお気をつけて」
「悪いね」
そして俺達がぞろぞろと宿屋を後にした。まだ街には人がまばらで、俺達はそれほど注目を集めていない。そこでようやくウィルリッヒが聞いて来る。
「それぞれが背負子を背負ってるんだね」
「今回は大きなダンジョンだと聞いているからな」
「それは旅の荷物が入ってるんだ?」
「ほとんど入っていない。攻略用の物資が詰まっている」
「なるほどねえ」
神殿に近づくたびに人が増えて来て、ダンジョンに潜り始める人らが集まっている。高い城壁の前の門に辿り着き、ウィルリッヒがギルドマスターからもらった紙を門番に差し出す。門番はそれに目を通して、ウィルリッヒに言った。
「聞いております。本当にこの人数で?」
「そうだ」
「大丈夫なんですかねえ」
「分からない。とにかく潜ってもらう事になった」
「分かりました」
そして俺達が敷地に入っていくと、周りの冒険者達が俺達に注目して立ち止まっていた。それらのステータスをチェックしたアイドナが言う。
《そう強いものはおりません》
ここで一番強いのは俺達ということか?
《別物でしょう》
なるほどな。
そのまま進んで行くと、壊れた石の柱が立っておりその奥に入り口が見えて来る。そこには鉄格子のような巨大な扉があり、その一部が開くようになっているようだった。またウィルリッヒが紙を提示すると、そのままダンジョンの入り口が開けられる。中にも冒険者達はいて、これから潜る準備をしている。まだこのあたりは人の気配もあり、危険ではないらしい。
するとウィルリッヒが説明してくれた。
「地上階に魔獣はいないからね」
「なるほど」
「彼らの中には、これから潜る冒険者や戻って来た冒険者に、高値で治療薬を売るものもいるのさ。解毒剤なんか早く必要だったりするからね」
「うまい商売だ。命には代えられない」
「そう言う事さ。低階層にはそういう輩もいるから注意だ」
「俺達に必要はない。薬も全て自前で作ったものを持ってきている」
「あの、高性能の薬かい?」
「そうだ」
厳密には全く違う。リンデンブルグ帝国におろしている魔力薬は薄めたものだし、治癒役も全て薄めて出している。俺達が持って来たのは、俺とマージで作った原液だ。どっちも一発回復の効き目がある薬で、出来るだけメルナの回復に頼らずに行く事にしている。
「そりゃ心強い」
「ああ。だが低階層の魔獣を相手にするつもりはない。既に潜られた事のある十二階までは、ほぼ走っていくことになるだろう」
「へっ? 走って?」
「そうだ。だからついてこなくてもいい。そちらはそちらのペースでやってくれ」
「十階層の手前あたりからは、高ランク冒険者でも手こずるんだけどね」
「相手にしない」
「そういうことか」
そしてヴァイゼルがウィルリッヒに言う。
「わしとフロストもいる事ですし、ついていってみますかの」
「彼らに?」
「身体強化をほどこしますがな」
「そうか」
ヴァイゼルがウィルリッヒとフロストに身体強化魔法をかける。そこでマージが言う。
「こちらは尋常じゃないからねえ。遅れるんじゃないよ」
「これでも王宮魔導士長。何とかしますがな」
「がんばりな」
「はい」
そして俺達が一気に走り出す。すると身体強化されている、ウィルリッヒ達もついて来た。潜って見てすぐにわかる。このダンジョンは先に潜った、シュトローマン領のダンジョンとは全く違っていた。シュトローマン領のダンジョンは洞窟のような形状だったのに対し、このダンジョンは建物のように通路や区画がはっきりしている。地下の居住区に、魔獣が住み着いたという感じなのだろう。
地下三階に付いた時に、俺は一度止まる。
ウィルリッヒ達もどうにかついて来ていた。
「はあはあはあ」
「なるほどな。神殿ダンジョンと言われる理由がわかった」
「はあはあ、そう……でしょ」
「ただし、たいした魔獣が居ない」
「昼になれば、めちゃくちゃ冒険者が入るから、結構討伐しちゃってるんだよね」
「なるほど」
「まだ走るのかい?」
「走らねば時間がかかってしまう」
するとそこでアーンが言った。
「本当に強い魔獣は居るんだっぺか。出来れば素材を持って帰りたいんだけど」
それを聞いて、フロストが苦笑いする。
「強い魔獣に会いたいと言う冒険者はいないんですけどねえ」
「お師匠様がいるっぺ。どうとでもなるっぺよ!」
「随分信頼しているんだ」
「お師匠様は間違いないっぺ」
するとそれを聞いていたマージが言う。
「天工鍛冶師の能力が分かって来たねえ」
「なんです?」
「ひとつは真理眼だろうねえ。本物が分かる、どれが正解でどれが間違いか分かるというものさね」
ヴァイゼルも感心している。
「ほう。真理眼とは、それはそれは希少な能力」
「だから、天工鍛冶師なのさね」
「人間にも適応するとは」
「そう言う事さ」
そして俺達が話をしていると、アンデッド数体がこちらの方に向かって来た。
「止まると寄って来るな」
そこでガロロが言う。
「蹴散らしていくのじゃ!」
「そうしよう」
ガロロが爆裂斧をふるうと、アンデッドの一団が吹き飛んだ。それを見てフロストが言う。
「力を入れたようには見えない」
「実際さほど入れてないのじゃ」
「新兵器という事ですか」
「そうじゃ」
ウィルリッヒ達の驚きをよそに、俺達はまた走り出す。冒険者の数も少なくなっていき、オーガなどが顔を出し始めるが、全部無視して一気に走る。だが地下七階で、ウィルリッヒ達がギブアップをした。
「もうついていけんのじゃ」
それにマージが言う。
「まあ無理する事は無いさね。帰りは大丈夫かい?」
それを聞いてフロストが言う。
「こちらの事は心配なさらずに、対した魔獣はおりませんでしたので。ただ……こんなダンジョン攻略があっていいものかとも思いますな。安全を全く度外視しているようにも感じる」
それに俺は首を振った。
「いや。危険性がないから走っている」
俺の脳内で、アイドナが瞬間演算で判断している。危険性ゼロのまま地下七階まで降りて来た。
「それが、分かると?」
「わかる。だが皆の、装備があってこそだ。メルナやフィラミウスが鎧を着ていなければ、もうついては来れなかった」
「物凄い性能の鎧だ」
「まだまだだよ」
ウィルリッヒ達は顔を見合わせて苦笑いをした。そしてウィルリッヒが言う。
「私達はここまでだ。あとは任せるが、あの謎の生命体がいるかもしれない。充分気を付けてほしい」
「わかった」
そこで俺達はウィルリッヒ達と別れ、一気に走り出すのだった。走りながらボルトが俺に笑って言う。
「面食らってたぞ。走ってダンジョン攻略なんてないって」
「安全は確保している」
「まあ、俺達もだいぶ慣れたけどよ、レイの旦那たちはびっくりでしょう?」
レイが答える。
「ああ……これをダンジョン攻略と言っていいのかどうか」
「形式など無い。危険なものが居れば止まる」
「分かりました」
そして一気に十階を突破したところで、ようやく風景が変わって来た。そこは洞窟になっているようで、それでも削岩されている雰囲気は所々に残っている。既に冒険者を見かける事は無く、次第に魔獣の密度が上がって来た。
「十二階まで降りる」
「「「「おう」」」」
俺達が十二階に到達すると、背中の曲がった筋肉で丸まったような奴らが群れを成していた。俺達はそれをスロープの上から見ており、まだ相手はこちらに気が付いていないようだった。それを見てベントゥラが言う。
「オークにも似てるが……なんだ?」
だがステータスはオークよりも上。それがあちこちに住み着いているようだった。
「お館様。これらが、騎士の行く手を阻んだのでしょう」
「そろそろ準備するか」
そうして俺達は背負子から、資材を取り出し始めるのだった。