第二百十九話 神殿都市で捕らえられていた男
太り気味の貴族風の男は、ウィルリッヒ達にへこへこしていた。特に怪しいところは無いが、変な汗が噴き出して来ている。
《心拍数が上がっているようです。緊張によるものかと》
なるほど。
何故かウィルリッヒ達を恐れているようだが、特にウィルリッヒが恫喝したりしているわけでは無い。太っちょは、とにかく汗を垂らしながら俺達を奥へと連れていく。そのまま地下へ続く階段を下りていくと、なんと地下牢へと到着したのだった。
そこで太り気味の貴族が言う。
「この全員で入るので?」
「何かあるといけないからね」
「わかりました」
そして俺達は、ぞろぞろと地下牢に入っていく。するとその奥には、番をしている騎士が二人いた。
「ウィルリッヒ。重要人物でもいるのか?」
「念のため見張らせているんだよ」
「なるほど」
そして太り気味の男が番兵に言った。
「どうなってる?」
「大人しくしています」
「そうか」
そして太っちょが言う。
「殿下。お下がりください」
「ああ」
「開けろ」
そして番兵が錠に鍵を挿して回した。
ガチン! という音と共に扉が開くと、中から異臭が漂って来る。それにウィルリッヒが聞いた。
「風呂やトイレは?」
「全部中で、でございます。危険でして」
「そうか」
そしてウィルリッヒがフロストに言う。
「万が一は押さえてね」
「はい」
だが、それを聞いて俺が代わりに言う。
「なら俺が先に入ろう」
すると、フロストがにやりと笑って言った。
「助かるねえ。危険な事はなるべく避けたい」
「わかった」
そして俺が中に入ると、奥に体を丸めて座っている男がいた。男はボロボロの服を着て、ボサボサの前髪の下からこちらをぎろりと睨んでいるようだ。俺が無造作に近づいて行くと、次の瞬間、男がこちらに飛びかかって来た。鎧のギミックを使おうと思ったが、ガシャン! と音を立ててその男が止まる。見れは鎖で壁に繋がれていて、こちらには来れないようになっている。
すると、後ろからウィルリッヒが言う。
「おーい。そいつはどうかな?」
名前 ???
体力 211
攻撃力 164
筋力 248
耐久力 233
回避力 218
敏捷性 300
知力 65
技術力 228
《身体能力はビルスタークより上、知力と技術力は下。ノントリートメント、人間です》
「違う」
「そうなの?」
「強いが、人間だ」
「なーんだ。そうか」
「そもそも、アイツらの仲間なら、こんな警備では捕らえておけない」
「そうなのかい?」
「こっちの国じゃ、もっと厳重で多くの騎士と魔導士が見張っている」
「そうだったのか」
その男はぎろりと俺達を見て言う。
「珍しい鎧の奴らだ。俺を処刑しに来たのか?」
そこで俺はウィルリッヒに尋ねる。
「これは何をしたやつだ」
「この町の結界石に手を付けようとしていた」
すると男が下を向いて黙る。それを見てウィルリッヒが困った顔をする。
「ずっとこんな調子らしくてね、私も困ってるんだ」
なるほど、そう言う理由で捕らえられているという訳か。今度は、男が顔を上げて言った。
「どうせ重罪なんだろう? 早く殺せ」
だがウィルリッヒは飄々と言う。
「だから。理由が分かれば減刑もあるってば」
「いや。殺してくれ。それでいい」
そしてウィルリッヒが、またこっちを向いて手をひらひらさせる。
「こんな調子」
するとフェイスを降ろしたメルナの鎧から、マージが言う。
「ヴァイゼル。自白の魔法はどうだい?」
「効かないのですじゃ」
「なるほどねえ……」
何故か男は何も言わず、殺せと言うだけらしい。もし殺さないなら、解き放てと言ってるようだった。
ウィルリッヒが聞く。
「なんで結界石を触ろうと思ったのか、どうしようと思ったのか教えてくれると良いんだが」
「……」
なるほど。
「でも、答えないんなら仕方ないな。またそのままいてもらうか」
すると今度は太っちょ貴族が慌てる。
「ええ! まだ、こ奴をここに置いておくのですか! 直ぐに処刑したほうが楽なのに」
「結界石は無事だし、動機が分からないと何ともできないな。殺したらもう真相がわからないしね」
「うぐぐ。は、はい」
太っちょは観念した。何故太っちょが焦っていたのかが分かった。この男をどうにかしてほしいと思っているからだ。
そこでマージが意味深げに捕らえられた男に言う。
「どこの誰に頼まれたかだけでも、教えてくれると良いんだがねえ。例えば髪の色が変だったとか」
すると男は一瞬だけ、ピクリと動いた。
《軽い動揺。心拍数の上昇と軽い怯え》
そこで俺は男に言う。
「何を怯えている?」
だが、逆上したように叫んできた。
「怯えてなどいない!」
「いや、どう見ても動揺しているだろう」
叫びをあげた事に、ハッとして男が口を閉じた。どうやらマージの陽動に引っかかってしまったようだ。
《体が強張っています。恐らく、自白するつもりはないのでしょう》
そうか。
そして俺はウィルリッヒを見て言う。
「これ以上は分からん」
「充分だよ。少しは進展したようだ」
「それならよかった」
そうして俺達が牢屋を出ると、男が大声で言う。
「殺せ! そして殺したことを世に広めてくれ!」
俺達は一瞬立ち止まる。そしてウィルリッヒがそいつに言った。
「なにか言う気になったら、それも検討するよ」
「くっ!」
そうして牢屋の扉が閉じた。俺達はそのまま牢獄を出て、ウィルリッヒが太っちょの貴族に懐から出した袋を渡す。
「まだ、拘留しててくれ。これは維持するための金だ」
だが、太っちょが言う。
「いや……殿下。正直金ではないのです。あれを置いておくと、不吉な感じがするのです。それに最近は、この屋敷の周りを見慣れぬ者が歩いているようで」
「なら好都合だ。ここに金貨が入ってる。冒険者を雇って護衛にあたらせよ」
それ以上、太っちょは言えなかった。
「はは!」
「じゃ。ちょっとこの人達と野暮用があるから、また来るよ」
「は!」
そう言って俺達はその屋敷を出た。するとウィルリッヒが俺に言う
「そうかあ。バケモノじゃないか」
「人にしては強い部類だ。だが、フロストで十分対応できるはずだ」
「だよねえ。エクバドルの舞踏会で豹変した、剣聖ドルベンスみたいな感じもしないしなあ」
「そう言う事だ」
「ま、とりあえず、この都市に滞在する事になりそうだし、コハクたちがダンジョンに潜る間に、いろいろと考えておくことにするよ」
「それが良いだろう」
そして俺達が更に中心の方に歩いて行くと、古い石造りの神殿が出てくるのだった。それを見てウィルリッヒが言う。
「あれがダンジョンの入り口さ」
神殿の周りは壁に囲まれ、入り口では騎士が出入りする奴を監視しているようだった。思っていたのとは違い、本当に街の真ん中にあった。
「これで魔獣は出てこないのか?」
「周りの壁にも、結界石が張られているんだ。都市は中と外から守られてるのさ」
「そう言う事か」
そうして俺達は、一旦ウィルリッヒが用意してくれた、宿場へと足を向けるのだった。