第二十一話 都市を探索してみる
この世界の町並みは、明らかに前世とは違う情景だった。大都市に来たからと言っても、近代化するわけではなく木造中心の建物が立ち並んでいる。俺が生きていた世界の、AIが作り出した無機質で画一的な建造物とは違いバラエティに富んでいる。
思わずきょろきょろと見回してしまうが、建物だけでなく人もいろんなのがいるからだ。皆それぞれがオリジナリティあふれる独特の格好をしている。途中で立ち寄った村々は、皆質素な格好をしており似たようなものだったが、それとは明らかに違う人種がいっぱいいた。
「めずらしい?」
ヴェルティカが聞くので、俺は頷いた。いろんな情報がありすぎて、もし俺にアイドナが入っていなければパンクしていたかもしれない。素粒子ナノマシンAI増殖DNAが搭載されていて良かった。
だがそれでも、ここにいるのは全てノントリートメントである。一瞬たりとも気を抜けない。
「何か見たい物はある?」
分からない。だが気になる物はある。
「管理している機関はあるのか?」
「管理? 何を?」
「人間を」
「うーん。言っている意味が分からないけど、行政を行っているのは我が家よ」
「お父さんが?」
「というか。辺境伯邸にいる代官や文官達が、行政を取り仕切っているわ」
「人を管理している?」
するとヴェルティカが何かを思ったらしい。
「みんな奴隷じゃないわ。そしてコハクも、もう奴隷じゃない。だからだれもコハクを管理したりしない。もしやりたいことがあれば自由にやっていいわ」
「やりたいこと…」
それが分からない。やりたい事とは? 前の世界ではAIに管理されて、生産活動やデータ管理などを主に行っていた。生まれてから日々ずっとその生活を繰り返していた。だからマージやヴェルティカが言っている、『やりたい事』が何なのか全くわからない。
「あ、ただね」
「なに?」
「戦争に負けたり、お家が取り壊しになったりすれば、奴隷になって管理されちゃうかもしれない。だから貴族はそうならない為に、最善の努力をして国の防衛や運用をしているわ」
「戦争? 戦争が起きるのか?」
「そうね。時には戦争も起きるわ、その時は兵士達の出番ね」
やはりノントリートメントは争いをする。そうなった場合の対処法を持っておかねば、いつかまた自由を取り上げられるのだろう。また牢屋に入って買われるのを待つのは嫌だ。
「ここにも奴隷商はあるのか?」
「無いわ。お父様は奴隷制度については反対なの。奴隷を雇って誰かに何かをやらせるより、自分達で出来る事は自分でやれ。っていう主義で、とにかく奴隷を無駄だと思っているわ。それについてだけは、私も賛成なの」
「それで、ヴェルティカは奴隷に対してこんな扱いなのか」
「というか自分を奴隷と言うのやめなさい」
「わかった」
そして俺が何気なく道を曲がろうとした時だった。ヴェルティカが言う。
「そっちはダメ」
「なぜだ?」
「そちらの奥は治安が悪いのよ」
「治安が悪い?」
「流れ着いた者や、貧困者が多く住み着いていてね。普通の人が入ればどうなるか分からないの」
これは俺が生きていたAI都市には無い事である。どこに行っても安全で、危険な場所など無かった。
「わかった」
俺はヴェルティカに言われるとおりに、その裏通りにはいかなかった。俺だけならば間違いなくここに入っていただろう。少し進むと、やたらと人の出入りが多い建物が見えて来る。他の建物よりも大きく、より様々な人種がいるようだ。
「あれは?」
「冒険者ギルドよ。大きな都市ならどこにでもあるわ。国家とはまた別の組織で、様々な依頼が集まりそれを解決する人達があつまっているの」
俺はそれに興味が湧いて来る。なんとなく自由な感じが伝わってきたからだ。
「入れるか?」
「もちろんよ」
俺達が冒険者ギルドに入ると、エントランスにはいろんな恰好をした奴らがいた。人種も様々で、背の高い奴や筋肉隆々の奴、杖を持った女や斧を持った小人まで居る。こんな光景は未だかつて見たことがない。
「なんて自由なんだ」
「冒険者は自由ね」
《数名の視線を確認しました。用心してください》
突然アイドナが警告を鳴らし、視界に赤でマーキングされた視線が見える。
「見られているな。出よう」
「それはコハクが珍しいからよ。黒髪に黒瞳の人間は珍しいわ」
《数名の体温が上がっています》
アイドナの言うとおり何人かの上半身が赤い、何か動きが出る前に行こう。
「もう見た」
「え、ええ」
俺が先に冒険者ギルドを出て、ヴェルティカが慌ててついて来る。
「どうしたの?」
「俺に対し特別な感情を向けてくる奴がいた。あそこにいれば何かあるかもしれない」
「そんな事が分かるの?」
「確定ではないが」
「そうなんだ」
何が起きるわけでもないかもしれない、だがアイドナが異常値を確認した時は速やかに撤退だ。と、思っていたのだが、それとは違う事態が起きてしまう。
ガシャン!
と、男が建物の入り口から転げてきた。
「きゃっ!」
「な、なんだ?」
俺とヴェルティカが立ち止まっていると、建物の入り口からデカい女が現れて言う。
「うちはね! 娼館じゃないんだよ! わかるかい! うちの子のケツを勝手に撫でまわすんじゃないよ!」
「わ、わかった! すまない!」
そして、男はとっとと走り去ってしまった。
「まったく。マナーのなってない奴は嫌いだよ!」
そう言って女がチラリとこちらを見た。
「おや? 珍しいねえ黒髪に黒い瞳かい?」
「あ。ああ」
するりと女の視線が、ヴェルティカに降りた。
「あらあら! お嬢様! なんだって町娘の格好なんかでいらっしゃるんです?」
「バレちゃった」
どうやら顔見知りらしかった。逞しい女は破顔一笑しヴェルティカに言う。
「そちらは従者ですか?」
「客人です」
「おお! そうですか! 良かったらどうぞ寄っていらしてください!」
するとヴェルティカが俺に聞いて来た。
「どうする?」
「入ってみよう」
俺とヴェルティカは、デカい女に誘われるままに店に入っていくのだった。