第二百十四話 帰り道に死体を拾う
リンデンブルグ、ウィルリッヒ王子からの忠告により、俺達は既に戦争に突入している事が分かった。こちらが先制して準備を進めているのではなく、既に敵側はこちらのあちこちに侵入しているというのである。
もちろんアイドナの予測演算では、その確率が九十九パーセントと出ていたし、俺もボルトンの一件がパルダーシュだけの訳はないと思っていた。ようするに我々は後手にまわっている状態で、いつその引き金を引くかは、相手の手にゆだねられているという状態だ。
シュトローマン領を抜けて、リンセコート領に入った時にマージが言う。
「敵に見張られているようじゃ、こちらの対応はだいぶ遅いさね」
念のため、人質として一緒について来たヴァイゼルが頷いた。
「まさか、我々もそのような状態だとは気づかなかったのですじゃ」
出て行った時は一頭だった馬が二頭になり、俺とメルナはあえて鎧の面を下ろしている。
馬上で話をしている時、ヴァイゼルがピクリとした。
「またれよ」
俺達は馬を停めた。するとヴァイゼルが杖を掲げて何かを唱える。
「噂をすればなんとやら。ひいふうみい。北の森に三人ほどおりますなあ」
「感知魔法かい。相変わらずそう言うのは得意なんだねえ」
「王宮魔術師ですからな。軍事的な能力を求められますわい」
「して、見張りはどんな状態かね?」
「木こりや猟師の類では無いですなあ。あと、冒険者ならば三人で木の上に登ったりはしますまい?」
「なるほどねえ。領地の境ごとに見張りを置いてるわけだね」
「そうなのです。国境にもおりました」
「王子は大丈夫かい?」
「フロストが付いております」
「まあ、そうだね」
そしてアイドナが俺に通知して来た。
《見張りがいるのなら、この二頭の馬に意識を引きつけさせましょう。二人を殺害、一人を生け捕りにする事が最善です》
そして俺が、ヴァイゼルに聞く。
「敵に気づかれているのか?」
「ふぉっふぉっ。わしの気配感知は優秀でなあ、敵はこちらには気づいておらん」
「二頭の馬で見張りを引き付けてもらいたい」
ヴァイゼルが目を丸くして言う。
「森で一人戦うのかね? 恐らく敵は隠密。隠形に長けた者じゃぞ?」
「問題ない。意識をひきつけさせてくれるだけでいい」
するとマージがヴァイゼルに言う。
「任せていいさね。コハクなら大丈夫」
「わかりもした」
そして俺は直ぐに馬を降り、二頭の馬は街道を進んで行った。
《森に潜伏します》
どうする?
《気配、体温、心拍をオリハルコン強化鎧で遮断し、遮音ステルスモードにします》
よし。
アイドナに魔力コントロールを任せ、ヴァイゼルが言っていた方向へと進んで行く。
《三体の人間を確認。サーモグラフィ表示に切り替えます》
赤と黄色の表示で、三体の人間が木の上に浮かび上がる。
《演算処理で破壊優先を決定。ガイドマーカーを表示、身体強化モードに入ります》
バンと体の中で筋肉が膨れ、更にオリハルコン鎧の重さを全く感じなくなった。
《敵より認識不可能な侵入経路を表示》
その時、サーモグラフィで映っている三人の人間が、木の上を東に向かって移動し始めた。
《マージ達を見つけたようです》
引き付けてくれているようだな。
《行動開始》
アイドナが示すラインに沿って、高速で移動し、最後尾にいる人間の数メートル後ろを走る。
《レーザー剣を》
腕のケースからレーザー剣が出て来て、俺はそれを握りしめた。
《跳躍》
ボッ! 一気に最後尾の奴の後ろに現れて、瞬時にレーザー剣を出して首を斬り落とす。全く手ごたえも無く首と胴体が離れ、そのまま俺はその木を蹴って、前方の木に飛び移った奴のそばに出た。ヴァイゼルの言うように、手練れらしいが俺の方が一歩早い。
シュン。
そいつの体は、真ん中で半分になって落ちていく。最前列を走っている奴が、ようやく異変に気が付いて追うのをやめ横に逸れた。だが俺は腕を前に差し出して、ギミックのクナイを打ち込んだ。
バシュン!
そいつは避ける事も出来ずに、クナイを胴体に食らって落ちていった。そのままその脇に飛び降りて、レーザー剣を喉元に突き付ける。そいつが反撃しようと、懐に腕を突っ込んだので腕を斬り落とした。
「ぐう」
「観念しろ。もう仲間二人は死んだ」
「くっ!」
《服毒しました》
なに?
そいつは一瞬の後に、絶命してしまった。
毒か。
《そのような任務なのでしょう》
どうするか?
《この死体を持って行きましょう。後の二人は埋めてください》
わかった。
俺はジェット斧を取り出して穴を掘り、そこにバラバラ死体を全部放り込んで埋めた。お面を外して、口笛を吹く。
ピィ!
「さて」
死体を引きづって森を出ると、マージ達が近寄って来た。ヴァイゼルが驚愕の表情で言う。
「三人いたと思うたが、もう仕留めたのですかな?」
「残念ながら生け捕りには出来なかった。腕を斬り落とした、一体の死体を持って来た」
「ははは、剣聖フロストの言う意味が、今日初めて分かりましたわい」
マージが言う。
「どうだい? 驚いただろう? これが救世主の力さね」
「御見それしました。コハク殿が本気なら、たしかに我々は皆殺しになるのでしょうなあ」
そこで俺は言う。
「むやみに殺す事は無い」
「肝に銘じますのじゃ」
そうして俺は、メルナに言う。
「ヴァイゼルの馬に乗れ。俺が死体を乗せて運ぶ」
「うん」
「さあ。お嬢ちゃんこっちへ」
そう言ってメルナがヴァイゼルの前に座り、俺達は死体を持って自分達の領地に戻るのだった。