第二百十三話 密会
ウィルリッヒ達は、いつものように堂々とではなく、変装し正規のルートを外れて来たらしい。前に会った時よりも慎重で、この場所も密偵が使ったりする場所なんだとか。石造りの地下室には人の気配もなく、一階にいる人間はリンデンブルグ帝国の人間のようだ。
「そこまで俺に言っても大丈夫なのか?」
俺の問いに、フロストが笑いながら言う。
「そんな事など、コハクはどうでもいいと思っているだろう?」
「それはそうだ」
何故、フロストは俺の考えが分かる?
《剣を交え話したことで、おおよその価値観を理解していると推測》
そんな事で理解できるのか?
《恐らくは経験則かと》
なるほど。
次に、鎧を着たメルナに仕込んであるマージが言う。
「で、なぜにここまで慎重になっているのか、聞かせてもらえるんだろうね?」
ウィルリッヒが答える。
「もちろんです。大賢者」
「なんだい?」
するとヴァイゼルが言う。
「その前に、結界と音声遮断をかけますじゃ」
ヴァイゼルが魔法の杖を振り上げて詠唱すると、部屋全体が薄い光に覆われて消える。
「身内にも聞かれたくないのかい?」
「はい。プレディア様」
「あたしをその名前で呼ぶのは、今ではあんたしか居ないねえ」
「ははは。そうですか」
「身内すら疑っているという事で間違いないかね」
「はい」
それにはマージだけではなく、俺も、事の深刻さに声を小さくして言う。
「確かに聞かれてはまずいな」
ウィルリッヒが頷く。
「僕らも最近知ったんだ。というか、そっちのエクバドル王国で緊急招集をやっただろう? それで我々も尻尾を掴んだという訳さ」
「緊急招集で?」
「突然でびっくりしたけど、あれはコハク卿が仕掛けたのだろう?」
「結果、そうなったと言うだけだ」
「凄いよ。国の連中を焚きつけたのは大きい。けどそれで、敵方にもボロが出始めたかな」
室内は静まり返り、外の音も全く聞こえない。マージが声をあげた。
「まどろっこしいねえ。単刀直入に願いたい」
ウィルリッヒが顔を寄せて来た。
「パルダーシュに、ボルトンとか言う執事が居ましたよね?」
「いたねえ」
「あれは本物じゃないのも分かっていますよね?」
「今は捕らえられているさね」
「あれは元々その人間じゃない。それに成り代わっていたと考えています」
「元は本物のボルトンが、存在していたという事かね?」
「はい。我々の考えではという前提がありますが、恐らくヴェルティカ奥様が幼少の頃に接していたボルトンは本物、だけどどこかの段階で入れ替わったのです」
それを聞いて俺が言った。
「俺が最初に会った時は、既にボルトンと名乗っているガラバダだった。だが体を変えて再び会った時、姿形を変えていても俺はそれがボルトンだとすぐにわかった」
三人は沈黙した。そしてフロストが俺に聞いて来る。
「どうやって分かる?」
どう答えたらいい?
《この者達に隠しても意味は無いです。声の成分、発音、骨格、質量、体温で判別》
「声の成分、発音、骨格、質量、体温などを全て照合してそれだと分っている」
「聞いた俺が馬鹿だった。それが出来るのはコハクだけだ」
ヴァイゼルも言う。
「そうでしょうな。不可能です」
マージも言った。
「そうさね。あたしでも無理だったんだからね。それより、話の内容が見えて来たよ」
「流石です」
「貴国じゃ、どう考えてるのさ?」
「何かが潜り込んでいるのは、パルダーシュだけでは無いという事です」
その場が静かになる。
それは想定していた。
《当然の事》
アイドナの演算により、その可能性は示唆されていた。だが、彼らはその事に最近気が付いたようだ。確率として、パルダーシュ辺境領だけに曲者が忍んでいると考える事の方が可能性は低い。
沈黙を破ったのはマージ。
「あたしらは愚かだったね。ボルトンの正体が分かった段階で、それが一つだけと考える方が無理がある。そしてリンデンブルグ帝国では、どのくらい掴んでるんだい?」
「特定は出来ていません。ですが密偵からの報告、結果から推測される事を考え尽くした結果、手引きしている者が確実にいるという事だけが分かりました。親しい間からでも見抜けないような方法で」
「それで、ボルトンの潜り込みに目を付けた訳かい?」
「そう言う事です。ですがそうなって来ると、周りにいる人間は一気に信用できなくなってしまう」
また沈黙が下りる。かなり慎重な話し合いになっており、お互いがお互いを警戒している。
そこで俺が言った。
「安心して良い。ここにいる五人は誰も嘘を言っていない」
それにはフロストが答える。
「もちろんコハク卿は、こちらの味方で間違いないだろう。もし敵方なら我も殿下も賢者様も、もうこの世にはいない」
全員が頷いた。そしてマージが言う。
「声だけで言うならヴァイゼルは間違いなくヴァイゼルだねえ」
「大賢者様の声もお変わりないです。ですが……鎧を着たままなのでその……」
するとマージが俺に言う。
「潮時かねえ」
その言葉で目の前の三人が身構えた。言葉の内容を間違って捉えたらしい。俺が手を挙げて制した。
「……大賢者が言っているのはそう言う事じゃない」
「では、どういう?」
メルナが鎧兜の頭を取った。メルナの顔を見て、三人が唖然とする。
「なっ!」
そこでマージが言う。
「魂の定着さね。ヴァイゼルなら聞いた事くらいあるだろう?」
するとヴァイゼルが崩れ落ちる。
「は、はい。ですが、なんと……やはり、プレディア様は……」
「なに、体が無くなっただけさね。寸でのところで魂を定着させたのさね」
そしてメルナがニッコリ笑って言う。
「おばあさんは、いつも私と一緒にいる」
「そう言う事でしたか」
「魔獣襲撃で、すっかりやられちまったのさ」
「無念です」
「そう悪い事でもないさ。こうなったら眠る事も無くなるし、飲み食いも排泄も何もいらないんだ。まあ……美味いパイ包み焼きと、果実酒が飲めなくなったのは痛いけどねえ」
「大好きでいらっしゃったから……」
「しんみりするんじゃないよ! 今はやる事がいっぱいあるんだからさ」
「申し訳ありません」
だがそこで空気が変わる。ウィルリッヒがホッとしたように言った。
「ヴァイゼルが気になっていたのですよ。あれは本物なのだろうかと」
「偽物なら、死んでまで都市を守らないさね」
「そのとおりです」
「それよりも深刻な事があるね」
ウィルリッヒが眉をひそめて腕を組む。
「そうです。万が一、明日私が入れ替わったら、フロストが別人に変わったら、ヴァイゼルが違う人になってしまったら、この世がひっくり返る大事件となります。フロストとヴァイゼルがもし入れ替わっていたら、今日、私はここに来れなかったでしょうし」
「そうだねえ。皆が皆、コハクのような力を持っているのならいいんだけどねえ」
「そう言う事です。私が帰ったら、父……陛下が別人に変わっている事もあり得るという事です」
「何故そう思ったのか聞かせてもらえるかい?」
「此度の貴国の全貴族招集です。おかしくありませんか? 密偵が調べたところでは、国が二分してしまったようですね」
「その通りさね。あんなことがあったというのに、きっぱりと二分してしまったのさ。というか、あんたらの言いたいことが良く分かったよ」
「くれぐれもお気を付けください。完全な調べはついておりませんが、既に国内に入り込んでいると考えて間違いありません。いや、入り込んでいるというより、元からいた可能性があると思います」
「そちらの国ではどうなんだい?」
「既に数人の目星がついておりますが、尻尾はつかめておりません。ですが、警戒すべき地域というものが分かってまいりました」
そしてヴァイゼルが言う。
「という事で、プレディア様。分かっていただけましたでしょうか?」
「こちらも、調べる必要があるという事だろう?」
「はい」
「それは少々難しい話さね。こっちの国には、ウィルリッヒ殿下のような切れ者が王族にいない。我々男爵が勝手に動くなど考えられない」
ウィルリッヒが言う。
「そうだと思います。そして我々も大手を振って、あなた方と連携を取りずらくなる」
「それについては問題ないさね。資金面では大きく変わるが、国内でコハクとヴェルティカが手を回したからね。既に事業も軌道に乗っているし、周辺地域だけで言うなら万全さ」
「それは凄い。ですが、もう一つお話したいことがあります」
「なんだい?」
「こちらの国の一部で、次の破壊活動が起きると想定されています」
「それは?」
「巡回により結界石の破壊活動が見られました。もちろん直ぐに直しておりますが」
《どこかにワームホールの装置がある可能性があります》
古代遺跡か。
《突き止めるのは容易ではありません。ですが位置関係を見れば、エクバドルでの事件と照合してある程度の範囲を特定できます》
そして俺がウィルリッヒに言う。
「消滅した都市と、その場所との関係を地図で知りたい」
直ぐにヴァイゼルがカバンから紙を取り出した。そしてウィルリッヒが言う。
「そう言うと思ってね。地図を持って来たんだ」
そして国の詳細が記された地図を、テーブルの上に広げた。俺の視界では、アイドナがガイドマーカーを引いて演算を始める。何カ所にも点滅するポイントが現れた。
そして俺が言う。
「ペンはあるか?」
そしてヴァイゼルが俺にペンを渡す。俺は次々に地図に点を書いて行き、帝都の位置との関係性を見ていく。
「まるで我が国を知って居るようだな」
「左様でございますな」
二人の驚きをよそに、俺は全ての線が交わる範囲を特定し一か所を指さす。
「ここは? なにがある?」
「ダンジョン遺跡の周りに都市があるのう」
「ここを探るべきだ」
三人が顔を見合わせた。また険しい顔をしている。
「どうした?」
フロストが言った。
「このダンジョンは、まだ踏破されていない未知の部分が多い」
「騎士団を派兵すべきだ」
「残念ながら、それは過去にもうやった。だが魔獣が強すぎて、騎士団の損失が凄すぎたんだ。それからはギルドに任せたまま、都市の管理は伯爵が行っている」
マージが聞く。
「その伯爵の身辺調査は?」
「実は一人マークしている人物がいます」
「決まりだな」
俺が言うと、三人が俺を見る。
「どういうことだ」
「そこを攻略する。俺の騎士団を使ってな」
「できるか?」
「領地を空けたのではまずい。偽装工作をする必要がある」
そしてウィルリッヒが言う。
「協力させてくれ。なんとしても破壊を食い止めたい」
「わかった」
そうして俺達は、ダンジョン都市の構造について話し合った。そこには大型のギルドがあって、強い冒険者が集い稼いでいるらしい。
「ならば冒険者として紛れよう」
「そうか?」
そこでマージが言う。
「偽のギルド証を用意しておいておくれ。そして一人、信頼のおける者をリンセコート領に置くんだ」
「悪く言えば、人質ですかね?」
「まあそんなところさね」
するとウィルリッヒとフロストが、ヴァイゼルを見た。
「わしですかいな」
「しか、いない」
「わかりもうした。なら、プレディア様から久々に魔法でも習うとしましょうかのう!」
「そうしてくれ」
「決まりさね! さあ、ぼやぼやしていられないよ! 直ぐに動かないと街が焼かれちまう」
「「「は!」」」
話し合いは終わった。そしてマージが言う。
「じゃあ、コハクと殿下は目を合わせてくれるかい?」
「ああ」
「わかりました」
そして二人に変身魔法をかけて、お互いの見た目を入れ替えた。ウィルリッヒに注意事項を告げる。
「これは驚いた」
「一日で切れるからね。注意しな」
「ええ」
「じゃあ、コハク。行くよ」
「そうだな」
そして俺達はそのアジトを抜けて、一路リンセコート領に向けて帰路につくのだった。