第二百十二話 帝国の王子とお忍びで会う
リンデンブルグ帝国のウィルリッヒからの書簡には、会って話がしたいという旨が記されていた。どうやら書簡では伝える事が出来ないらしく、会う場所も分かりずらい場所にしたようだ。
いろいろな指定があり、いつだれが領地を出たか分からないようにして欲しいと書いてある。大人数だと目立つし時間がかかるので、二人くらいで出てきてほしいらしい。
「どういう事だろう」
「いつもは堂々と来るのにね」
「何かを、警戒してるという事なのだろうな」
「そう言う事ね」
「しかもかなり急だ」
「出立の準備をしなくちゃ」
「変装というのはどういう事だ?」
するとマージが言う。
「魔法で変えられるさね。あたしがメルナにこれから教えればいいのさ」
「俺とメルナに扮する者は誰が良いかな?」
「コハクはボルトで良いわ。メルナはアーンかしら」
「よし」
俺は直ぐに風来燕を呼びつけて、詳しい事を伝える。護衛について行かなくていいのかと聞かれたが、その必要は無いと伝えた。
「まあコハクなら問題ないだろうが、なんかの罠の可能性は?」
ヴェルティカが答える。
「リンデンブルグの家紋が入っているし、封蝋もされているから間違いないと思う」
「そうかい」
そして俺はヴェルティカに言う。
「留守の間は頼む」
「もちろんよ」
ベントゥラがすぐにアーンを呼びに出かけた。メルナとマージは魔法の話を始め、俺が武器と鎧の準備をし始める。
そして風来燕やアーンを含めて、屋敷で眠る事にした。ほとんど休めたかどうか分からない状態で起き出し、メルナがマージにならった魔法を行使する。
「じゃあ、コハクとボルトは見つめ合って」
俺とボルトが向かい合う。
「万物の法則に従い、その姿を身に宿せ」
すると俺の目の前に俺が現れた。そいつが俺に言う。
「お、俺だ!」
ヴェルティカも言う。
「えっと、こっちがボルトで、こっちが旦那様?」
マージが答える。
「そうだよ。だけど、一日もすれば解けてしまうからね、充分注意する必要があるさね。解除魔法でも解けるから注意が必要だよ」
「わかった」
そしてメルナとアーンも見つめ合い、同じことをして姿を変えた。
「じゃあ、直ぐに出るとしよう」
ベントゥラが言う。
「馬は厩舎に入れてある」
「じゃあ、コハク! 行こ!」
「よし。皆、留守を頼む」
「「「「おう」」」」
俺とメルナは、オリハルコンの鎧を着こみ武器を持って馬に乗った。まだ外は薄暗く、カンテラを下げて出発する。俺とメルナがの姿をした二人が、ヴェルティカと一緒に屋敷の前に立ち見送っていた。
「じゃあ、急ぐぞ」
「うん」
マージが言う。
「周りを良く警戒しておいた方が良いねえ」
「わかった」
馬を走らせて村を出ると、アイドナが俺に言って来た。
《なるほどです。どうやら森に監視がいるようです》
なるほど。
《その目を欺くための策なのでしょう》
どうだ? ついて来ているか?
《いえ。こちらを確認はしたようですが、追跡はしてきません》
ボルトに変装しているからか。
《そのようです》
俺達の馬は、数時間で領地の境に到達しシュトローマン伯爵領に入る。指定されたとおりに、北のパルダーシュ方面に向かって走り、数時間が過ぎた頃に分かれ道が来る。既にシュトローマン伯爵領の端だ。
「メルナ。これを右だが、そろそろ休もうか?」
「うん」
俺は問題ないが、半日も馬に揺られてメルナが疲れたようだ。下りて回復薬を飲ませ、二人で体を動かしてほぐす。太陽はもう真上に来ており、約束の夕刻まであと四時間くらいだ。
《変装は明日の朝に解けるとして、屋敷からあなたが抜けた事を知られるのは数日後かと》
恐らくは問題ないだろう。
《早く会って用件を聞きだしましょう》
分かってる。
近くに小川があったので、馬に水を飲ませ草原に連れていく。馬はその辺りの草を食い始め、しばらくして俺達はまた出発した。
この道は街道とは違い細く、この先数時間した所に細々とした宿場町があるらしい。俺達の馬は速足のペースで進み、森林部を過ぎた頃に畑が見えて来る。
「このあたりか」
「何か見えるかい?」
「畑がある」
「農村があるんだろう。となればそろそろさね」
農村が見えて来た。そこを通り過ぎて、一時間ほどした山の麓に数件の建物が見えて来る。
「見えた」
メルナが言う。
「えー、こんな所にいるのかなあ?」
確かにボロボロの宿が数軒あるだけで、こんな所にいるのかは怪しかった。俺達が村に到着すると、腰の曲がったボロいマントを着た老人が突然近寄って来る。
「おお。どこぞの旅人かね」
夕日が沈みかけており、馬も疲れ果てた様子。
だが俺は次のように言った。
「燕が低く飛ぶねえ。雨でも来るのかね」
そこで、そのボロボロのマントの奴が言った。
「良く来たね。さあこっちだ」
《ウィルリッヒです》
なるほど。
そしてボロボロの宿の主人に馬を預けて、俺達がその宿の中に入っていく。すると部屋に行くのではなく、地下に続く石階段を下りていくのだった。
カツンカツンと音を立てて、下に行くと重厚な扉を開けて中に入る。
「よお、風来燕のあんちゃんかい?」
中にはフロスト・スラ―ベル一人が居た。
そしてウィルリッヒがするりと背を伸ばし、マントを剥ぎ取る。
「風来燕のボルトを送ってよこしたのか?」
だが俺は首を振る。 そしてメルナが魔法の杖を取り出して言った。
「本来の姿へ戻らん!」
俺がふわっと自分になる。メルナは鎧兜を着たままなので、変わったかどうかは分からない。
ウィルリッヒが目を丸くして子供のように言う。
「おお! なにそれ! 変身!」
「大賢者の魔法だ」
「凄いね」
コンコン。ノックしてもう一人が入って来る。こちらこそ正真正銘の老人で、マージの知ってる賢者ヴァイゼルだった。
「わしも、もっと精進せねばなりませんな」
ウィルリッヒが羨ましそうに言った。
「覚えてよ。じい」
「大賢者様と違って、そこまで器用では無いのですじゃ」
そしてメルナではなく、マージが言う。鎧の面を下ろしているので、メルナだとは分からない。
「ヴァイゼルや。攻撃魔法や防御魔法だけが魔法ではないのじゃ」
「は、はい! 師匠、精進いたします!」
そして俺達は、再び相まみえるのだった。