第二百十話 国を二分する物別れ
この貴族達の状況を見て、王と将軍が前室で言っていたことが俺にも分かった。話し合いは一向に前に進む事はなく、それぞれがそれぞれの言いたい事を言っているに過ぎなかった。この状態では理解や納得などするはずもなく、自分らにどんな厄災が降りかかるのかも想像だにしていない。
フィリウスが俺に耳打ちをする。
「無理だ。我々は、我々の出来る事をやるしかないだろう。王派と公爵派に分かれてしまっているし、自分らの利権や支援金などの事にばかり頭がいっている」
《フィリウスの言うとおりです。解決はしません》
そんな単純な事も分からんのか。
《共有のかからない、ノントリートメントの悲しい所です》
考える力も無い。
《相手の言っている事が信用できないのです。何か裏があって言っていると勘ぐっています》
何も裏など無いのにか?
《それがノントリートメントという人種です》
しばらく王や貴族達が話をしていると、その情報源について言及され始めた。それを見ていたフィリウスが、思わしくない顔をする。
「まずいな。この流れは良くない」
「どういうことだ?」
「王派が追い詰められている。じきに矛先が来る」
フィリウスが言ったか言わないかのうちに、王の口から俺の名前が出た。
「コハク・リンセコート男爵! 前へ!」
フィリウスが苦々しい表情をした。
「くっ」
「仕方がない。行って来る」
「すまぬ。この状況では力になれん」
「かまわん」
そうして俺が貴族を搔き分けて、一番前に出て行った。
「コハクよ! おまえが見た物を伝えてほしい!」
「はい」
俺が壇上にあげられ、王の隣りで貴族の方を振り向いた。そこで、すぐに横やりが入る。
「男爵ですと? このような重要な場で、男爵に何の発言をさせようと?」
ハイデン公爵が、皮肉っぽい笑いを浮かべつつ言った。
「まあ聞いて欲しいのじゃ!」
一応、貴族達が静まる。そして俺が話し始めた。
「俺はパルダーシュが魔獣に燃やし尽くされるのを見た。王都にも魔獣が現れて、大勢の人が死ぬのを見た。そこに居た化物が、リバンレイに現れたのを見た。それらは結界石を破壊し、魔獣を突然出現させる術を知っている。それを防ぐ事は出来ず、起きた後でどうにかするしかない。エンシェント級のドラゴンが、この王城に張り付いたのを見たんだ」
それを聞いたハイデン公爵が笑いながら言う。
「だが、それらは簡単に退けられたのではないのか? 張りぼての魔獣だったのではないか?」
「それは違う……」
俺は王を見る。王が頷いたので俺はそのまま答えた。
「王都には防衛機能があったからだ、防衛機能を持っていないパルダーシュはほぼ壊滅し、ヌベの村は消滅してしまった」
「それは騎士団が無能だったからであろう! 各貴族はきちんとした騎士団をかかえておるわ! ただ魔獣にやられっぱなしな訳がなかろうよ!」
「違う! 騎士団では……普通の人間では太刀打ち出来ない!」
「まったく……男爵風情に何を言わせるかと思えば、世迷言ではないですか!」
王が言う。
「世迷言などではない! わしの城に、間違いなくエンシェント級の龍が居たのじゃ!」
「信じられませんねえ」
どうやらあの時、王都に居た貴族は王についているようだが、そうではない貴族達はハイデン公爵に味方しているようだった。
今度は西の辺境伯である、ラングバイが声をあげる。
「我が領の騎士団は三万もいるのですぞ。それを易々と破れるはずがないでしょう」
「数の問題ではない」
「そんな馬鹿な。それにあなた……男爵という地位を頂いたようですが、元は奴隷の身分だったのですよね? 王覧武闘会で優勝したから、陛下に男爵へと召し上げられただけなのでしょう? それをこんな大事な貴族達の話し合いで、堂々とほらを吹くのはどうかと思いますがねえ。どうやって陛下や将軍達を丸めこんだかは知りませんが、我々はそう簡単に騙されませんよ」
「違う」
「違いませんねえ」
《無理です》
俺は王に跪いて言った。
「申し訳ございません。無理かと」
「うむ……」
そこで将軍から声がかかった。
「またれよ!」
トレランが手を挙げている。王が呼ぶと、トレラン、オーバース、クルエル、オブティマスが壇上に上がった。
「男爵の言っている事に嘘偽りはない! 我々は確かに魔獣と戦った!」
「エンシェント級の龍とですか?」
すると今度はオーバースが取って代わって言う。
「エンシェント級ドラゴンは、そこのコハクが単騎で撃破した」
すると一斉に反王派の貴族が笑い声をあげた。
「それではまるで、男爵が一人で、一軍並の力を持っているような口ぶり」
「間違ってはいないが?」
「信じられない」
そしてハイデン公爵が後ろから言う。
「起きるかも分からない不確定な厄災、何処の誰かも分からぬ者との戦い、一人で古代龍を殺す力を持つ男爵、一夜にして消える魔獣。こんなもの、どう信じればいいのです?」
「どうもこうも、信じてもらうしかないのです」
「ふうっ。王よ! この話は一度持ち帰りという事にしては如何でしょうかな? 頭を冷やせば皆もそのうち気が付く事でしょう」
「先延ばしでは遅いのだ!」
「では! いつ起きるのです! 厄災とやらはどこで起きるのですか! 正体不明の敵はいつどこから来るのです! 教えていただきたい! 夢物語はこんな場でするものではない!」
「ハイデン……」
「まずは、終わりでしょう。このような話は、一日で片が付く事ではございませんでしょう?」
「それではダメなのだ」
するとハイデンは貴族達の方を向いて言う。
「貴殿らは大丈夫か? このような雲をつかむような話をする国で安心できるのか? 一度正気に戻って、話し合った方が良いのではないだろうか?」
「賛成!」
「私も!」
「私もです!」
大きな声が上がり、半分の貴族が手を挙げた。それを見て王ががっくりと項垂れる。それをトレランが支え、静かに王の座へ座らせた。
だがオーバースが、前に出て大声で言う。
「後悔しますぞ! この決断がどうなるか! あなた方は分かっていない!」
ハイデンがくるりと振り向いて言う。
「ですが、過半数は反対です。これでは決まりませんよね」
「それは……」
そして王が力なく言う。
「よい、オーバース。これがこの国なのじゃ」
「しかし!」
「よい!」
強く言い放ち王が再び立ち上がる。
「今日の事はきっと後世に語り継がれるであろう。エクバドル王国の過ちは、この日この時にあったと。それを胸に帰るが良い! いずれ分かる時が必ず来るであろう!」
ハイデンが笑いながら言う。
「そうですな。その時が本当に来るかは疑問ですが、まずは夢から目覚める事をお勧めいたします。では私達は、これにて失礼いたします!」
ぞろぞろと、追随する貴族達が出て行ってしまった。王派は残ったが、どうしたらいいのかと迷っているようだった。
そこで王が言う。
「残ったものだけで話をするほかはあるまい……」
だが一人の貴族が言う。
「これでは、国が二分してしまうのではありませぬか?」
そして王は、俺をチラリと見て貴族達に言った。
「もう…遅いのじゃ。我々は先を見て、生き延びる道を選ばねばならん」
「……」
そうして残った貴族で話し合いが続けられた。
この国は、この日を境に大きく変わっていくのだった。