第二十話 アイドナの人間指標
俺がヴェルティカと共に、騎士団の屯所に向かって歩いているとアイドナが言う。
《昨日の仕合によって相手の戦力が掌握できました》
戦力?
《現在はこの世界で剣の力だけが知りうる情報です。また戦闘だけではなく、会話や認識力などから算出し掌握したもので、これらのデータをもとにすれば今後の行動指針となるかもしれません》
それを生かす事は出来るか?
《もちろん。ではまず分かりやすく視覚化出来るようにしましょう、戦闘及び会話などから割り出したものです。各データを数値にいたしますのでご覧ください。まずは…》
名前 メルナ
体力 10
攻撃力 10
筋力 10
耐久力 10
回避力 10
敏捷性 10
知力 10
技術力 10
《子供であるメルナの現在の数値をこのように仮定します》
ふむ。
《ではヴェルティカを表示します》
名前 ヴェルティカ
体力 28
攻撃力 21
筋力 18
耐久力 19
回避力 9
敏捷性 10
知力 101
技術力 11
《いかがでしょう?》
説明がいるな。
《体力とは文字通り命の強さのようなものです。攻撃力は剣や素手で戦った時の力、筋力は純粋な体に備わった力、耐久力は戦闘時に守りきる力、回避力は相手の攻撃を避ける力、敏捷性はその者の素早さ、知力は知能、技術力は生存の為に身に着けている技》
なるほど。
《あくまでも現在入っているデータからの推測演算ですが、誤差は±1となります。またマージが使用したような魔法に関しては未知数の為、数値化は困難となっております。あくまでも戦闘に特化した数値ですので、通常生活時の数字とはなりません。知力のみ理解力と捉えてください》
ヴェルティカは理解力が異常に高いと?
《はい》
なるほど。今のところ、この指標が何に使えるか分からんが、努力の方向性は分かりやすいかもしれん。とりあえずはアイドナの出してくれた指標に基づき行動してみる事にしよう。しかし回避力は子供のメルナの方が上なんだ?
《現状の動作を見る限りでは》
そして俺とヴェルティカが騎士達の屯所に来る。しかし昨日は訓練をしていた騎士達がいない。
「騎士はどこに?」
「あら、いつの間にかこんな時間になっていたのね」
「というと?」
「騎士団は市中の見回りに出ているわ」
「見回り」
「通常、私兵を抱えているのは王や公爵、うちのような辺境伯くらいなもので、普通の伯爵や子爵の兵は一般市民として生活している事が多いの。でもうちは方針として、平時は騎士でも仕事をするようにと、お父様が決めたのよ。市民が自警団など組織するぐらいなら、他の仕事に集中してもらった方が良いと。自警団の代わりに騎士団が市中の警護を行っているの」
「合理的でいいじゃないか」
「そう? 厳しすぎない?」
「普通に思える」
「そう…コハクがそう言うならそうなのかも」
「俺は何者でもないがな」
「いえ。あなたはきっと何かを秘めているわ」
買いかぶりすぎだ。自分でも何が出来るかさっぱりわからない。
「俺が外に出る事は可能か?」
「そうね。あなたは大切な人だから、出るならば護衛をつけなきゃならないわ」
「護衛? 父親が許すだろうか?」
「…ゆるさないわね」
ヴェルティカがしばらく考えて俺に言う。
「私が行くわ」
「偉い人の娘なのにか?」
「町娘の格好をして出れば、あまり気づかれないでしょう」
「そういうもなのか?」
「そういうもの!」
ヴェルティカが俺の手を引いてマージの家に戻る。そしてヴェルティカがマージに言った。
「服を借りるわ」
「なんだい? 藪から棒に」
「コハクに都市を案内するの」
「そう言う事かい。ならこれを身につけて行きな」
そう言ってマージがペンダントを取り出した。ヴェルティカがそれをつけて礼を言う。
「ありがと。これなら一回は大丈夫ね」
「まあ何もないだろうが、念には念を」
「はい」
そのまま俺はヴェルティカに手を引かれて裏木戸へと回った。そこには白髪白まゆ毛の騎士がいた。
「こりゃお嬢様。お忍びですかな?」
「おんじい。紹介するわ、コハクよ」
「おんや? 使用人かなにかかい?」
「いいえ、客人よ」
「これはこれは失礼仕った。わしはパプス、裏木戸の門番を仰せつかっておる」
「パプス。俺はコハクだ」
すると白いまゆ毛の下からチラリと目が見えた。俺をジッと見ているようだが何を考えているのかは分からん。
「こりゃまたマージが喜びそうな」
「それはいいから、外に出して!」
「お嬢様くれぐれもお気を付け下され。わしが外に出して怪我などされたら、首が飛びますわい」
「おんじいには迷惑かけない」
「コハクよ。いざという時はお嬢を頼んだよ」
いざと言う時?
《荒事という意味でしょう》
「危険な所には近づかない。ただ市中を見て回るだけだ」
「ふむ。では頼むとしようかのう」
パプスがようやく裏木戸を開けてくれる。するとアイドナが言った。
《ちなみにパプスを数値に現わします》
名前 パプス
体力 54
攻撃力 48
筋力 31
耐久力 18
回避力 29
敏捷性 41
知力 68
技術力 89
なるほど面白い。年寄りの割には素早いと言う訳だ。技術力も高いし門番としての役割は果たせそうだ。
《そのようです》
裏木戸をくぐり俺とヴェルティカが裏路地に出て、そのまま表通りに出た。わっと人が溢れ、忙しそうに行き来している。ヴェルティカに気が付く人もおらず、俺達は人ごみに紛れるのだった。