第二百八話 緊急招集された貴族達
リンセコート騎士団発足から一ヵ月ほど経った頃、王より全土の貴族に緊急招集がかかった。俺達はパルダーシュのフィリウスと合流して、久しぶりに王都入りし、宿場町から王宮に向けて歩いているところだった。王都に沢山の貴族が集まっている為、王覧武闘会の時のような賑わいを見せている。
《あの王子は、上手く王に伝えられたようです》
数年かかるかと思ったがな。
《まだ話が進んだとは限りません。招集がかかったという事は、これから話し合いがもたれるという事です》
フィリウスが話をしている。
「コハクが殿下に話を伝えたのが、一月ほど前か。この対応の早さは、異例中の異例かもしれん」
ヴェルティカがそれに答える。
「本当だわ。コハクとも話していたんだけど、半年以上先かと思っていた」
「やはり、王都の魔獣襲撃が効いているのだろうな」
「でしょうね」
王宮の高い城壁が見えて来て、門の前に長蛇の列が出来上がっていた。すると列の方から、大きな声がかけられる。
「おお! フィリウス様! こちらです!」
声をかけて来たのは、シュトローマン伯爵。どうやら場所を取っていてくれたらしい。だがフィリウスがシュトローマン伯爵に言う。
「私が割り込んでしまったら、後ろに並んでいる方々に申し訳が無い」
「いやいや。私が後ろに周ればよいだけですから!」
「それでは、並んでいるシュトローマン卿に申し訳がない」
「いえいえ! ぜひこちらへ!」
そう言って、半ば無理やりフィリウスとビルスタークとアランがそこに連れていかれ、シュトローマン伯爵が俺達の方に来た。
「では、リンセコート殿。我々は後ろに並ぶとしましょう」
「わかりました」
俺達は最後尾にシュトローマンと並ぶ。その後からも続々とやってきており、俺達の後ろにも列ができていく。
そしてシュトローマンが言う。
「しかし、なぜこのような招集がかけられたのでしょうな?」
もちろん俺はなんとなくわかっている。だがこんな所で話すわけにもいかないので、しらばっくれる事にする。
「なぜでしょう?」
するとシュトローマンが俺に耳を寄せて来る。
「戦争でもしようと言うのでしょうかね……」
「どうでしょうね」
「もしそんな事になったら、私達はパルダーシュとリンセコートと共に参戦しますよ」
「頼もしい」
俺の返事に、シュトローマンがまんざらでもないような顔をした。
《この男、凡庸なようですが処世術を知っているようです。こちらの影響力が高い事を見抜いての、発言だと思われます》
俺達と一緒の方が有利。そう考えているという事か?
《はい》
「いずれにせよ。このような事は、私が家督を継いでから初めてです。上級貴族様がずらりと並び、内容もはっきり伝えられていないようです。生まれてこの方、このような光景を見たことがない」
「そうですか」
シュトローマンと話をしていると、後ろに並んだ貴族が声をかけて来た。
「お久しぶりです。シュトローマン伯爵」
俺達が振り向くと、小太りの貴族が居た。取り立てて際立ったものも無く、シュトローマンと比べても目に輝きが無い男だった。
「おお! これはこれは、西のラングバイ辺境伯様ではございませんか!」
シュトローマンは階級が上の者に対しては、媚び諂うような姿勢をとる。そしてラングバイが言う。
「此度のこれは、いったい何事なのでしょうな? 馬車で乗り入れる事も出来ぬとは」
「知らされておりませぬが、まさか有事でも起きたのでしょうか?」
「まさか。この太平の世に戦争など意味がない、有事などあり得ませんよ」
「それでは、このような事をする理由がわかりませぬ」
「取り越し苦労というもの。さしずめ貴族を集めたパーティーでもするのでしょう」
知った顔で言うラングバイは、軽くふんぞり返って続けた。
「それにしてもシュトローマン殿。辺境拍の前に伯爵が並ぶというのは、どうかと思うのだが?」
それを言われ シュトローマンはぺこりと頭を下げて言った。
「どうぞどうぞ! コハク卿、われわれは後へ」
「わかりました」
そうしてラングバイの後ろに周ると、ラングバイ辺境伯は前の貴族にまた話しかけている。同じようにして、また一つ前へと移って行った。
すると門の方から、王宮の騎士団がやってくるのが見える。
「騎士が来た。なんでしょうなあ」
シュトローマンが気づいて言う。すると騎士団は大きな声で言った。
「リンセコート男爵はいるか! コハク・リンセコート男爵!」
俺が手を挙げると、騎士団が急いでやって来た。
「リンセコート男爵。我々と来ていただきたい」
「いや。並んでいるし」
「王の命にございます」
周りが俺の方を見てざわついている。
「一緒にシュトローマン伯爵もいるんだが」
「では! シュトローマン卿もご一緒に!」
「前の方には、一緒に来たパルダーシュ辺境伯もいるのだが……」
「では、パルダーシュ辺境伯も御同行いただきます!」
「わかった」
そして俺とシュトローマンの一行が列を出て、列を追い越して行く。ラングバイが羨ましそうな顔をしているが、俺達は特にそれに気にしないようにした。途中でフィリウス達も合流して、三つの貴族が先に中に入って行く。並んだ貴族達からは、不公平だなどという声も上がっているようだが、王の命令なのでと説明しているようだ。
門をくぐると、玄関先では貴族と家族だけが中に入れるようだった。お付きの者や関係者は、別の場所に移されるらしい。
そして一緒にいるビルスタークが言う。
「ではお館様。我々は風来燕とシュトローマン伯の騎士と共に別の場所へ」
「わかった」
そしてビルスタークがメルナに優しく言う。
「メルナも、こちらにおいで。どうやら兄弟は別なようだ」
「うん」
そうして俺とヴェルティカ、フィリウス、シュトローマンとシュトローマンの伴侶が中に入った。そのまま奥に通されて、今度は伴侶も別の部屋へと分けられるらしい。ヴェルティカが俺に言う。
「じゃあ、コハク。話は後で」
「ああ」
三人が騎士に連れられて先に行くと、騎士はフィリウスとシュトローマンに言う。
「お二人は謁見の間へ」
「わかりました」
「はい」
「コハク卿はこちらへ」
「ああ」
俺だけが切り離されて、また奥へ行くと、見張りの騎士が道を開けた。結局俺一人になり、廊下の奥の部屋へと連れていかれる。
「コハク・リンセコート男爵をお連れしました!」
すると中から扉が開く。
「どうぞこちらへ」
中から使用人が出て来て、俺を奥へと導いた。すると、そこに王とプルシオス王子が居た。
「しばらくじゃな」
《跪いてください》
俺はすぐに跪き頭を下げる。
「しばらく見ない間に、騎士らしくなったようじゃ」
「ありがとうございます」
「まあいい。楽にして面をあげよ」
「は!」
俺が顔を上げると、王がわざわざ俺のところにやって来た。
「すまぬな。もっと良い領地を下賜するところだったが、辺鄙な所に追いやってしもうた」
「いいえ。ありがたいばかりでございます。むしろやるべき事が出来ております」
「プルシオスから聞いてはいる。あのバケモノと似たものに、また遭遇したようじゃな」
「はい」
「やはり、こちらに刃を向けるつもりなのじゃろうか?」
「その動きが見られます」
「いったい、あれは何者なのじゃろう」
「わかりません。ですが未知の種族であることは間違いありません」
「狙いはやはり、古代遺跡かの」
「目下の目的は恐らくそうだと思われます。古代遺跡を使った先に、狙いがあるかと考えています」
「その先……国取りか?」
「もしくは破壊のみ」
「なぜじゃ?」
「わかりませんが、国盗りなら、王都を根絶やしにする様な魔獣を使っての攻撃はしません」
「……そのとおりであろうな」
王とプルシオスが目を合わせた。そしてプルシオスが言う。
「コハク男爵から聞いた事を直ぐに、父に話した。一ヵ月という期間で、これだけの貴族を集めるのは、この国では異例な事なんだよ。それでもこのような機会を設けたのは、あの魔獣襲撃のような事が、他で起こったらいずれこの国は壊滅する。我々はそう結論付けたんだ」
「そう思います」
「しかしながら、無理やり貴族を集めるので精一杯。その事を、全貴族に納得はさせられないだろう。だからコハク男爵に来てもらったんだ」
王族にもいろいろと事情があるらしい。
《ですがその事情を踏まえていたら、皆殺しされるでしょう》
だな。
アイドナの予測演算では、バケモノが攻めてきた場合、少数でも普通の領軍では勝てないという事。その為の強化鎧ではあるが、供給が追いついておらず、現状は俺の領とパルダーシュと王都のみがそれに対応できるだろうと考えられた。
すると王が、入り口にいる騎士に声をかける。
「四大将軍をここに!」
「は!」
扉が開くと、トレラン、オーバース、オブティマス、クルエルの四人が入って来る。入るや否やトレラン将軍が俺に声をかけて来る。
「久しいの」
「はい」
オーバースはニヤリと笑い、オブティマスは無表情でクルエルが苦笑いの顔を浮かべる。
そして王が言った。
「さて、これより貴族達にどう説明するかの話をしたい。貴族の大半は、パルダーシュや王都で起きた魔獣襲撃を体験しておらぬ。まるで他人事のように捉えておるのだ。だが既に我々の本丸である、王都が襲撃されたという事実がある。どうするべきか、円卓を囲んで話し合いをするとしよう」
そして王と王子、四大将軍と俺は円卓に座り話し合いを始めるのだった。