第二百三話 自国の王子がやって来た
見習い騎士団の訓練場は、ドワーフの里から離れた場所に重機ロボットが整地して作った。そこに兵舎も作り、騎士団はそこで寝泊まりする事になる。パルダーシュからの騎士達は、素人を鍛えるために日々訓練を続けてくれていた。俺も時間がある時は合流し、訓練に参加している。見習い騎士は、木剣や斧を振り回し組手を行っていた。
「少しずつ、いい動きになってきている」
俺が言うとレイが答えた。
「皆やる気があるのが良いですね」
「そんなに酒がうれしいんだな?」
「ドワーフは特にそうですね。人間の男達は肉が食えるのが嬉しいみたいです」
「今日も大量に料理を用意してある」
「とにかく体を作らねばなりませんから。しっかり食って力をつけてもらいましょう」
そんな話をしていると、訓練場にヴェルティカがやって来た。
「訓練中にごめんね」
「そろそろか?」
「ええ」
「わかった」
今日は王宮からの使者がやってくる日で、強化鎧の完成品を引き取りに来る予定だった。アーンが魔法陣を彫れるようになったため、手作業ではあるが数を作れるようになったのである。
そして俺達が屋敷に戻ると、ベントゥラが伝えに来る。
「使者の馬車列が来たぜ!」
「わかった」
俺とヴェルティカは正装をして門の外で待ちかまえる。しばらくすると、道の向こうから長蛇の列をなして馬車が来る。
「あんなにか?」
「なんでかしら?」
馬車の両脇には騎馬や騎士が多数いて、仰々しい感じがする。そこでヴェルティカが言う。
「まさか……」
「なんだ?」
「王族が来てる?」
「なるほどそれでか」
するとヴェルティカが笑う。
「コハクはいつも冷静ね」
「話をすることは決まっている」
馬車列が屋敷に到着し、御者が下りて挨拶をした。
「突然ではありますが、王子がおります」
ヴェルティカが俺を見て言う。
「では、お出迎えを」
俺とヴェルティカが、立派な馬車の前に跪いて開くのを待った。その周りに騎士達が集まり、同じように膝をついた。
扉が開くと若い男が下りて来る。可愛らしい顔をしていて、随分若く見えるが一応大人らしい。透き通るような金髪と、抜けるような白い顔が高貴な身分を表していた。
そこでヴェルティカが言った。
「よくぞおいでくださいました殿下。かような片田舎に足をお運びくださったこと感謝いたします」
そいつはとても上品な鎧を着ていて、剣も何もかもがピカピカだった。
「随分と田舎なんだね?」
《トークスクリプト展開》
俺が話す。
「身分の低かった私などには、もったいない領地にございます。日々王国の為に精進し、お役に立てるように努力を惜しまぬようにしています」
「おお! コハク! 王覧武闘会の優勝者だ! 楽にしてくれ」
俺とヴェルティカが立ち上がり、正式に挨拶をする。
「このような場所に、わざわざ殿下がいらっしゃるとは夢にも思いませんでした」
「いやあ。王覧の優勝者が治める領地だし、陛下が代わりに見て来てくれって言うから」
そしてヴェルティカが言う。
「殿下がお休みになるような、立派な場所ではございませんが、どうぞ従者様と一緒にお入りください。男爵領などに王家の方がいらっしゃることは想定しておりませんで、本当にみすぼらしい建屋でございます」
「気にしなくても良い。ただの視察だ」
「はい」
そうして俺達は、迎賓館に王子と従者を呼び入れた。改めて俺が王子に挨拶をする。
「コハク・リンセコート男爵と申します」
「それは丁寧に。プルシオス・オム・エクバドルだ。プルシオスと気軽に呼んでくれたまえ」
「畏れ多い」
「かまわないよ。というよりも、王覧の優勝者とは親しくありたい」
「ではプルシオス殿下とお呼びしても?」
「それでいい」
「はい」
そしてヴェルティカが呼び鈴を鳴らした。するとメイド達がめちゃくちゃ緊張しながら、軽い食べ物と飲み物を運び込んで来る。それを緊張気味にテーブルに並べていき、そそくさと壁際に張り付いた。
「珍しい食べ物だ」
「このような田舎ですから、大したものは御座いませんが」
するとプルシオスはヴェルティカに言う。
「パルダーシュのお嬢様には、この土地は厳しくないかい」
「滅相もございません。むしろ長閑で非常に住みやすく、人々も純粋でとてもいい所ですわ」
「本当に?」
「はい」
「本心?」
「左様でございます」
「ならよかった。父上はこんな領地しか用意できなかったことを、心苦しく思っているんだ。本当はもっと豊かな大きい土地を下賜するつもりでいたのに、ちょっと貴族達との関係も複雑でね、ここしか用意できなかったという事なのさ。だから顔を出すのも気が引けたようでね、僕が代役になったわけさ」
そこで俺が答える。
「王家の方がいらっしゃるようなところではございませんので、殿下に来ていただいただけでも非常に光栄でございます。王家より天工魔導士を差し向けてくださったことも、非常にありがたかったです」
「うっ」
するとあからさまに、プルシオスの顔色が悪くなる。
「どうかなさいましたか?」
「あれは……大人しくしているのかい?」
「いえ。むしろ元気にしております」
「元気? 大丈夫なのかい?」
「大丈夫とは?」
「暴れたりしていない?」
「一切ありません」
どういうことだ?
《こちらの知らないアーンを知っているのでしょうが、真意は分かりません》
プルシオスが言う。
「それならいいんだ」
「これより、アーンが引き連れて来た、ドワーフが作った里にお連れしようと思っていますが?」
「いや! いいよ。僕はコハク卿の気持ちの確認と、強化鎧の引き取りさえできればいいんだ」
「ですが」
「本当に!」
「わかりました」
そして俺とヴェルティカが顔を合わせる。
プルシオスは慌てたようにテーブルのお菓子をつまんだ。
「ほう! 美味しいね! これは特産かい?」
「この地の芋と麦を使った菓子にございます」
「いいね! これはいい!」
「素朴で、お口に合わないかと思いました」
「いや。凄く美味いよ」
「それはよかった」
アーンの話をしてから、何故かプルシオスは慌て始めたような気がする。
《あからさまに発汗。心拍数の上昇を感知》
なんでだろう?
《恐らく、アーンと何かあったと思われます》
なるほど。
そうして、それほど深い話になっていないのにプルシオスが言う。
「では。そろそろ行こうかな」
ヴェルティカが慌てる。
「何かお気に召しませんでしたか?」
「いやあそんな事は無いよ! 菓子は美味いし茶も美味い。だけどもう行かなくちゃ」
「かしこまりました」
プルシオスが従者に命じ、直ぐに屋敷を出る事になった。大層な行列を作って来たのに、何故かもう帰るつもりらしい。
「では。私達も馬車でまいります」
「そうだね」
王家の馬車に続いて俺達の馬車が走り出し、直ぐに強化鎧の引き取り先であるドワーフの里に来た。そこでヴェルティカがもう一度、プルシオスに尋ねる。
「本当に里を、ご覧にならなくてもよろしいのでしょうか?」
「ああ。魔導鎧は、騎士と従者が荷馬車に運べばいい。僕はここにいるよ」
「わかりました」
だが突然後ろから、ドドドっ! と走って来る音がする。俺とヴェルティカが振り向くと目の前をサっ! と何かが通り過ぎて、ドガっとプルシオスの方から音がする。
「王子! 会いにきてくれたっぺか!」
アーンがプルシオスに思いっきり抱き着いていた。
だがプルシオスの顔が、みるみる青くなっていく。
《チアノーゼが起きています。酸欠です》
俺がグイっとアーンを引きはがすと、ぐでんとしたプルシオスがペタリと地面に座り込むのだった。