第十九話 ゴミ扱い
ヴェルティカに連れていかれた父親の部屋で怒声がおきた。
「魔力も属性も無しだと! そんなもんに金貨五十枚も使ったのか!」
ヴェルティカが怒鳴られているのだ。俺とメルナは肩をすくめるしかない。
「いいえお父様! 金貨五十枚程度で来てくれたのです!」
「何処の世界に奴隷に金貨五十枚も使う奴がいるんだ!」
「コハクとメルナは奴隷ではありません!」
「そんなゴミ返してこい!」
「そんなこと出来ません!」
「賢者はなんと言っとるのだ!」
「珍しいと」
「め、珍しい? それだけか!」
「世紀の大発見だとも」
「馬鹿馬鹿しい! とうとうプレディアは耄碌したのか!」
「いいえ! ばあやは、はっきりしてます!」
「そんなもんに何の意味がある!」
「待ってくださいお父様! コハクはアランに勝ったのですよ?」
「ちょっと剣が使えるくらいなんだ!」
「いいえ、それだけでも価値はあります!」
「何が世紀の! ゴホゴホゴホゴホ!」
するとヴェルティカの母親が言う。
「あなたもうおやめください。お身体に触ります! ヴェルティカ、ひとまずは退出しなさい。そしてあなた達も」
「わかりました」
俺達はヴェルティカに連れられて、父親の寝室を後にした。マージの言った通り、えらい言われようだったが、俺とメルナに言い返す事は出来ない。むしろ父親の言っている事の方が、正しくさえ聞こえてくるからだ。
「まったく! なんなのかしら! 全然わかってない! ごめんねコハクもメルナも気にしないで」
「気にはしていない。むしろヴェルティカが大丈夫か?」
「ごめんなさい。動揺していたみたい」
《ここが逃げ出すチャンスかもしれません》
「あの。もし邪魔なら、捨ててもらってかまわないが? 俺とメルナは適当に生きていくが?」
「気にしないで。あなたは素晴らしい人なのだから」
「あの物語に書いてあったのが俺だとは限らない」
「いいえ。ばあやが確信を持っています。むしろ魔力判定の後で、それが確信に変わったと」
意味が分からない。俺に何の力も備わっていないと判断したなら、あの父親の様な反応になるはずだ。マージが言った通り、案の定俺達はゴミだと言われた。
俺達が賢者の家に行くと、マージが楽しそうに待ちかまえていた。
「どうだいコハク、メルナ。ひどかったろう?」
「怒っていた」
「だろうねえ」
ヴェルティカはまだ怒り収まらぬようで、マージに言葉を吐き捨てる。
「あの人は何も分かってない!」
「これこれ、父親をそんな風に言うもんじゃない」
「ゴミ! って言ったのよ! 何も分かってないくせに!」
俺がヴェルティカに言う。
「俺は聞き流したんだから問題ない」
「でも!」
「まあ。ゆっくりお茶でも飲みな」
「お兄様が帰って来れば分かるはずだわ!」
「それはどうかねえ…。あれはあれでだいぶ堅物だけどねえ」
「でも、私の言う事は聞いてくれる」
「ヴェルティカの事は目に入れても痛くないほど可愛がっているからねえ」
とにかく俺は、憤慨しているヴェルティカに声をかける。
「まずは落ち着いた方が良い。脈拍及び体温の上昇が著しい」
「えっ? 何それ」
「頭と上半身の体温があがっている」
するとマージが言った。
「なんだい? そんな事が分かるのかい?」
《ノントリートメントにサーモグラフィは使えません。言動を撤回したほうがいいでしょう》
そうなのか…。
「いや、頭に血が上ってると言いたい」
「ふーん。なるほどねえ」
マージは見透かすように俺をジッと見つめる。
「で、俺達はどうしたらいい? また奴隷に売るか?」
「馬鹿な事を言うんじゃないよ。たったの金貨五十枚できてもらったんだ。おまえさんの本当の価値を見抜くものがいたら、莫大な金を払っても買うだろうさ」
《恐らくこの老婆は、バグであるあなたの能力に気が付いています》
えっ? バレてるって事?
《いいえ。能力の詳細は知らずに、あなたの特異な性質を朧気に掴んでいるようです》
この老婆はヒューマンか何かか?
《ノントリートメントです》
わかるものなのか?
《わかりませんが、声質からは確かに確信を持っているようです》
じゃどうしよう?
《この老婆に聞いてください》
「なら、俺達は何をしたらいい?」
「なーんにも。好きにするがいいさ。ガイロスが捨てると言っても、あたしが拾ってやるさね」
「私だって守るわ」
「そうか」
「当面は好きにするといいさ」
「なら騎士達のもとへ行く」
「随分気に入ったんだねえ?」
「体を鍛えていて損はない」
「なら行くと良い」
そして俺が部屋を出て行こうとすると、メルナもついて来る。するとマージがメルナに言った。
「あんたはちょっと教えたいことがある。ここに残りな、美味しい飲み物でも飲みながらゆっくりお話しようじゃないか」
「どうする? メルナ?」
「じゃあ…いる」
「そうか」
俺がメルナを置いて家を出るとヴェルティカもついて来た。
「私にはあなた達に責任があるわ。しばらくは一緒にいる」
「そうか」
そして俺はヴェルティカを連れて訓練している騎士団の元へと行くのだった。