第百九十四話 ドワーフの里周辺開発と貴族の来訪
俺とドワーフ達はまた大量の木を伐採して運び、ドワーフの里の外側に木々を積み上げた。既に加工を始めており、伯爵領の貧民街から流れて来た人々にも住宅建造を手伝わせている。自分達が将来住むところなので、一生懸命ドワーフの指示を聞いて働いていた。
ヴェルティカがアーンに相談する。
「貧民街からきた人達の中で、仕事の出来る人を選抜していってほしいの」
「わかったっぺ! 奥様!」
「先に私が、貧民街の人に伝えるわね」
「な、なるほどだっぺ!」
ヴェルティカが言うには、まず貧民には目標が必要という事だった。目標が無いと、ただ生きられれば良いという緩い目的になってしまい、技術の向上が見込めないだろうと言う。
「じゃあ貧民街の人達を集めて」
「そうするっぺ!」
ぞろぞろと貧民街の人達が集まって来る。皆が集まったところで、ヴェルティカが話し始めた。
「仕事中にごめんなさいね。ちょっと皆さんに、お話があるのだけれどいいかしら?」
皆がうんうんと頷いている。
「これから仕事を覚えていってもらうのだけれど、最初は住宅づくりから始まります。この住宅は将来皆さんに貸し出す事になるので、そのつもりで一生懸命に作ってください」
「「「「「「はい」」」」」」
「そして仕事ぶりを見て、技術的に秀でている人を選び、先に工場屋外の仕事についてもらいます。そこでは川から水を汲んで来てもらったり、皮をなめしたり石を砕いてもらう仕事となります」
「「「「「「はい」」」」」」
「そこで仕事ぶりの優秀な人は、工場内で働いてもらう事になるでしょう。そうなればさらにお給金は上がり、暮らしぶりが良くなると思います」
貧民たちがザワザワし始める。そして一人の女が手を挙げた。
「あの! もっと給金が貰えるようになるんですか!」
「そうです」
「給金をもらえるだけでもありがてえのに……」
「工場でもっと技術が上がれば、もっと高度な仕事に移ります。そうすればもっと給金が上がります」
すると貧民街の人らの目つきが変わって来た。自分達が普通の市民として向かい入れられただけではなく、頑張りによってはもっといい暮らしができると知ったからだ。
「本当ですかい?」
「本当よ。でも厳しいドワーフの目があるから、その評価は優しくありませんよ」
「あたしらに出来るでしょうか?」
「出来るわ。人間頑張れば何でもできる! それにドワーフがしっかり教えてくれるから、あなた達だけの責任じゃないわよ」
そしてヴェルティカがアーンを見る。
「うちらが教えるっぺ! だけんど、手を抜いたらすぐに分かるっぺよ!」
「そういうことよ。皆さんお分かりいただけました?」
「「「「「「頑張ります!」」」」」」
「ではお願いしますね」
「「「「「「はい」」」」」」
凄いものだな。
《ヴェルティカは、ノントリートメントの人心掌握に長けているようです》
流石は辺境伯の娘といったところか。
《これはマージの教えと言った方が正しいでしょう》
なるほど。
それからの貧民たちの動きは明らかに違った。皆がもっと一生懸命になり、必死にドワーフの言っている事を聞くようになった。
「じゃあ俺もやるか」
「お願いね旦那様」
「ああ」
「風来燕の皆もよろしくね」
「わかりやした!」
「まかせてください」
「「おう!」」
俺はここに、井戸を掘る。ジェット斧である程度までくりぬいた所を、オリハルコンで作ったスコップを使って掘り進んでいくのだ。掘り起こされた土や岩は、強化鎧を着た風来燕達が、綱と桶を使って掻きだしていくのである。
《オリハルコンという素材は優秀ですね。身体強化の力でも壊れる事は無い》
物凄く彫りやすい。
数時間ほど掘り進むと、水が出て来た。
「水が出たぞ!」
すると上からメルナが言う。
「水の深さが一メートル以上になるまで掘ってって!」
「わかった!」
更に三メートルほど掘り進むと、水深が一メートル五十センチぐらいになった。
「なったぞ!」
「じゃあ、飛び降りるよ!」
鎧を着たメルナが飛び降りて来た。
ドプン!
そして鎧に仕込まれたマージが言う。
「壁を土魔法で固めて行くよ。コハクは外に出ておくれ」
「わかった」
俺が穴を這い上がっていくと、マージが上に向かって言ってくる。
「コハクや! あたしらを少しずつあげて行っておくれ!」
「わかった」
メルナが土魔法で壁面を固め、俺が綱で少しずつメルナをあげる。一番上まで固めたところでメルナが出て来て、地面に手を着き土魔法をかけた。一気に土が盛り上がり、円柱状の井戸が出来上がる。
そしてマージが言った。
「よーし。それじゃあ水を汲んでみようか」
スルスルと桶を垂らし、ロープを引き上げてみると綺麗な水で満たされた。
それを見てボルトが言う。
「おお! こりゃ飲めるのかい?」
「もうちょっと時間をおこうかね。まだ濁りがあるだろうから」
そしてアーンを呼びつけた。
「どうしたっぺ?」
「井戸が出来た」
「も、もうだっぺか!」
「そうだ」
「流石は師匠だっぺ」
「これは生活用水になる。貧民たちに使ってもらうから、管理方法を考えてやってくれ」
「わかったっぺ!」
そこをアーンに任せ工場に行く。俺が管理をしているメイドに、ヴェルティカの居場所を聞いた。
「ヴェルティカはどこだ」
「奥で面接をしていらっしゃいます」
「面接?」
俺がそこに行ってみると、面接が終わった人が出てくるところだった。
「あら。井戸掘りは終わっちゃったの?」
「ああ」
「凄いわね。普通なら数週間はかかるのに」
「面接をしているのか?」
「ええ。ここでの仕事っぷりのいい人を、酒蔵で雇おうと思っているの」
「なるほど。それで信用の出来る人間を探っているのか?」
「そう」
「分かった。なら俺はメルナと風来燕と共に研究所に行こう」
「わかったわ」
俺とメルナと風来燕がドワーフの里をでると、後ろから馬車が走って来るのが見えた。
「なんだ?」
「どうしたんだコハク?」
「ボルト、あれを見ろ。馬車が走って来るぞ」
「本当だ」
「しかも数台だ」
「なんだって?」
その馬車列は、俺達の前で停まった。すると、馬車の中から顔を出した男が俺に聞いて来る。
「男爵の家はどっちだ?」
「この街道の先だ」
「わかった」
そうして馬車列は、俺の家の方に向かっていった。ボルトが苦笑いで言う。
「ここに本人がいるのに」
するとメルナが言う。
「多分……コハクが泥だらけだからだよ」
「あーなるほどねえ。人夫だとでも思ったか」
「うん」
俺達が屋敷に戻ると、さっきの馬車がずらりとならんで居た。俺が門をくぐって中に入っていくと、使用人が慌てて出て来る。
「お館様! はやくはやく!」
手を引かれて俺が玄関を入ると、身なりの良さそうな奴らがエントランスに居た。
「あ、さっきの!」
「何か用か?」
「リンセコート男爵にお目通り願いたい!」
「俺だが」
「なっ! し、失礼した! そんな泥だらけだから分からなかった」
「井戸掘りをしていたんだ」
「領主自らが井戸掘り?」
「人手が足りないもんでな」
「そ、そうか。実はシュトローマン伯爵から聞いて来たんだ。なんでも優先的にパルダーシュ辺境伯と取引を始めるとか」
「ああ。妻がパルダーシュの人間だからな」
身なりのいい男達は顔を合わせた。その中で端正な顔立ちをした男が言う。
「私達は、シュトローマン伯爵についている男爵と準男爵だ。言ってみれば、リンセコート卿とは同じ立場となるものだ」
「そうか」
すると今度は髭の男が言う。
「我々も、パルダーシュ辺境伯との取引に加えてもらえないだろうか?」
どうするか?
《ヴェルティカを呼んだ方がいいでしょう》
「ならば、妻も同席の上で話をさせてもらいたい。パルダーシュ辺境伯の実の妹だからな」
「わかりもうした!」
俺が使用人を呼ぶ。
「この人らを迎賓館に」
「はい」
使用人に連れられて男爵と準男爵たちが出て行くと、ベントゥラも馬を駆り屋敷を出て行く。
そして俺が使用人に聞いた。
「この場合どうすれば?」
「お茶とお茶請けを出して、お館様がお相手を」
「わかった」
俺が男爵と準男爵が集まっている場所に行く。すると、皆が立ち上がり俺に挨拶をしたので俺もそれに返した。
「座ってくれ」
「あ、ああ」
皆が座り俺もテーブルに着く。
「凄く立派な迎賓館ですな。これはパルダーシュ式ですかな」
「いや。ドワーフに作ってもらった」
すると他の男が言う。
「ドワーフが移住したと聞くがそれは本当かな」
「本当だ」
男爵達がざわつく。
「いったいどうやって」
「勝手に来たんだ。そして勝手に住み着いた」
「そんな馬鹿な」
「嘘ではない」
すると、また他の男が聞いて来る。
「リンセコート卿は、王覧武闘会の優勝者なんですよね?」
「そうだ」
「シュトローマン伯爵が、自分の事のようにお話をされてましたので」
「そうか」
使用人がパルダーシュのお茶と、家で作った菓子を持って来た。それを一口飲んで皆がざわつく。
「なんという品質」
「それはパルダーシュからもらったお茶だ」
「素晴らしい」
「こちらの菓子も非常に美味しいですな」
「それは、この土地で採れた芋と麦で作った焼き菓子だ。うちの妻が作った」
とにかくずっと質問をされ続けていると、ようやくヴェルティカがやって来た。入り口で見事なカーテシーの挨拶をし、男爵たちがヴェルティカに見とれている。
「ようこそリンセコート領へ」
「こ、これはご丁寧に! 奥方様!」
「噂に違わずお美しい!」
「突然押しかけて申し訳ない」
「いえいえ。何もないリンセコートへのお客様は大歓迎でございますわ。して御用は?」
「はい」
男爵が先ほどの、パルダーシュと取引をしたいという話をして来た。
「なるほど……ですが、当リンセコート領でお出しできる品は限られていますわ」
そう言ってヴェルティカがチリンとベルを鳴らす。使用人がやってきたので、石鹸と酒を持ってくるように言った。少しして使用人が贈答用の木箱に入れられた、石鹸と酒を持ってくる。
「こちらです」
「なんと…このような立派な贈答箱は見たことがない」
「…手間暇がかかっていて高額ですのよ」
「それはそうでしょう」
そして使用人がグラスを持って来て並べ、贈答用の酒を開けて注いでいく。
「まずはお近づきのしるしに」
皆がグラスを交わして、酒に口をつけた。
「なっ。なんと!」
「このような酒は飲んだことがない!」
「香りも良いし、とても強いようだ」
「当家で作っておりますのよ」
グループの中でひときわ声の大きい男が言う。
「すぐに取引を始めたい! 帰ったらすぐに商人をよこそう」
「うちもだ!」
「こちらもぜひ!」
「ただ…数に限りがございますのよ。早い者勝ちとなるでしょうし、それなりの金額になってしまうと思いますがいかがかしら?」
「それでもぜひ!」
「出来る限りの事は!」
「当家も買いたい!」
「わかりました。それではこちらで、石鹸とお酒の契約書をお作りしますわ。直ぐに納品できるか分かりませんが、契約だけでもいかがですか?」
「「「「「「ぜひ!」」」」」」
「とりあえず必要な数を教えていただけますと助かります。支払は、貨幣だけじゃなく魔石や薬草、魔獣の素材や鉄などでもよろしくてよ」
「「「「「「ありがたい!」」」」」」
あっという間に商談が決まった。
それから男爵と準男爵には、酒と石鹸を土産に持たせて帰ってもらう。
「びっくりしたわね」
「いきなりだったな」
「生産が間に合わないわ。貧民街の人達の成長を早めてもらうように、アーンに言わなくちゃね」
「そうだな」
《生産能力を高める為にも、早くシュトローマン伯爵領のダンジョンを抑える必要があります》
一度動き始めた歯車は、どんどん大きくなり地域一帯を巻き込む流れになって来た。未知の敵がいつ攻めて来るか分からないが、俺達は確かな手ごたえを感じ始めるのだった。