第百九十二話 最新型オリハルコン武具
フィリウスを連れてドワーフの里に来たが、まず三棟の大きな工場を見て驚いていた。
「これは…工房なのか?」
それにヴェルティカが答える。
「そうよ」
「想像していた物とは違う」
「大規模な出荷に耐えうるような施設を作ったの」
「まあ…大国を相手にするなら、これぐらいは必要か」
「それにドワーフのおかげで、とても効率化が進んでいるのよ」
「確かに作業工程も非常に効率が良さそうだ。パルダーシュにもこれほどの物は無いぞ」
「真似して良いわよ、お兄様」
「そうだな。検討する必要がある」
工場の中ではドワーフと人間の混合組が、あちこちで作業をしており、人間はドワーフの技を一生懸命習得していた。本来ドワーフが人間に教えるなど珍しいらしいが、俺の指示という事もあり必死に教えている。
「凄い事だ……」
「さあ。お兄様、鉄工所に行くわよ」
「ああ」
ヴェルティカは、いつもより、はつらつとしているようだった。意気揚々と外に出て行き、兄が慌ててヴェルティカについて行く。鉄工所の前にはいつも通り、アーンとドワーフたちが居て鎧を並べて話し合っていた。
そしてヴェルティカが紹介する。
「彼女が天工鍛冶師のアーンよ」
「奥様! お客様だっぺか!」
「兄よ」
「これはどうも! アーンだっぺ!」
「ヴェルティカの兄のフィリウスだ。いつもお世話になっている」
「いんやあ! お世話になってんのは、うちらだっぺ! 師匠あってのうちらだっぺ!」
そしてフィリウスが、周りを見渡して言った。
「素晴らしい武具だ。どれも美しく、非常に無駄がない」
「いんや、まだ中途半端だっぺ!」
「これほど見事な武具が?」
「んだっぺ!」
「信じられん。ドワーフの武具と言えば、そうそう出回る事が無く超高級品である業物が多い。見るからにどれもが業物で、こんなに並んでいるのを初めて見た」
するとドワーフたちが顔を見合わせて言う。
「うちらも、少し前まではそう思っていたっぺ。だけんど、それがうぬぼれだと気づかされたっぺよ」
「自惚れ?」
「師匠の神具を見たら、誰でもそう思うっぺ! 足元にも及ばないっぺよ!」
フィリウスが俺を振り向いて言う。
「そうなのか?」
「わからん」
フィリウスが、一つの鎧を指さして言った。
「これなどは、もう王家御用達と言った風格だ」
「それは彫りを失敗したので、一回溶かすっぺ」
「な、なんだと! これほどの物を溶かす?」
「んだ! やり直しだっぺ!」
フィリウスもアランも唖然としている。どうやら巷では超高級な武具となっているようだが、恐らく強化魔法陣を彫っても動かなかったのだろう。失敗作は躊躇なく溶かして、また新たに作り直すのが彼らのやり方だ。
そして俺が言う。
「アーン。失敗したのを見せてみろ」
「はい!」
魔法陣を見ると、ミスは減っているようだ。だがどうしても線の重なりのところで、数百分の一ミリだけ強弱がついてしまっている。間違っているところが、赤く表示されていた。
「指摘していいか?」
「あ! 師匠! ちょっと待って欲しいっぺ! うちが間違いを言うっぺ!」
「わかった」
アーンが魔法陣を指さしながら言う。
「ここと、ここ。そしてここと、ここと、ここだっぺ!」
「正解だ。そうか、動かないところが分かるようになって来たのか」
「そうだっぺ!」
するとアーンの父親が言う。
「お師匠様。これが天工鍛冶師と言われる所以だっぺ! 普通のドワーフには分からないっぺよ」
「なるほど。不具合を見抜く能力か。非常に重要だな」
「んじゃ、直ぐに取り掛かるっぺ! これを溶かしておいて欲しいっぺ!」
「「「はい」」」
ドワーフたちは失敗した鎧を持って行ってしまった。
フィリウスがアーンに聞く。
「昔なら、あれは完成品だったという事で間違いないか?」
「そうだっぺ! 本当に恥ずかしいっぺ! どこぞの国では、国宝なんて言ってるっぺ」
「いや、非常に素晴らしい出来だったが?」
「やめてほしいっぺ! 師匠の前でそんな事を言わないで欲しいっぺ!」
「すまない。失言だったようだ」
「じゃ、これからまた彫るので、ここでお暇させていただくっぺ!」
アーンは一直線に、鎧を持って自分の工房へと引きこもって行った。
フィリウスが言う。
「凄いものを見せてもらった。これは、この大陸初の快挙であることは間違いない」
「そうなのか?」
「これは凄い事になるだろう」
ドワーフの里で見るところはこれで終わったので、次に俺はフィリウスとビルスタークとアランの三人に言う。
「恐らく、じきに強化鎧の量産が始まるだろう。その前に三人には特別な鎧を用意してある」
「以前にもらい受けた強化鎧でも、凄い威力だがな」
ビルスタークが言うが、俺は首を振った。
「それにアランの手足も、新しいものを作ってあるんだ」
「俺のもか…本当にありがたい事だ」
本当にあうだろうか?
《既に三人の骨格、筋肉量、体内の魔力量、動きにおけるまで全てのデータが入っています。先の強化鎧によるデータもありますので、誤差は無い物と考えてください》
わかった。
そして俺は荷馬車から、袋に入った鎧を三つぶら下げて来る。
「まずはビルスタークだ」
「ああ」
そして俺は武具をビルスタークに取り付け始めた。この鎧は甲虫の外殻とオリハルコンを融合させ、更に最大効率化した強化魔法陣を削り入れた物だった。
目の見えないビルスタークが言う。
「ん? 布の服でも着せたのか?」
だがアランが言う。
「団長。真っ青で見事な鎧です。さきほどドワーフたちが、自惚れていたという理由が良く分かりました。俺はこれを表現する言葉を知りません。非常に美しい鎧です」
「鎧?」
そして自分の体を触り、初めて自分が鎧に包まれている事を知った。俺はアランに言う。
「そして、この腰の部分を見てくれ」
レバーを下げてカバーを開く。
「これはなんだ?」
「ここに魔石を入れる。そうすると魔力の補助をするんだ」
「凄いな。そんな物があるのか」
「そうだ」
そして俺はビルスタークに、オリハルコンで作った剣を渡す。またアランが言う。
「とても美しい剣だ。真っ青な…これは装飾品ではないのか?」
「れっきとした剣だ」
ビルスタークを連れて、広場へとやって来る。
「振って見てくれ」
ピュッ!
「ん? 非常に軽いが…これで威力はあるのか?」
「それじゃあ俺がこれから鉄の塊を投げる。それを斬って見ろ。ビルスタークは気配で分かるだろ?」
「わかった」
俺は鉄の塊を十個ほど手に取り、それをビルスタークの真上に投げてやる。
ピュッ! ピュピュン!
ボトボトボト!
アランが鉄の塊を拾って言う。
「団長。物凄い切れ味です。鉄の断面が真っすぐです」
「鉄を…斬るか」
「どうだ? 役に立ちそうだろう?」
それを見てフィリウスが言う。
「どうなっている。この鎧は打撃を防げるのか? 凄く繊細に見える」
そこで俺がフィリウスに、ドワーフが作った鉄の剣を渡す。
「ビルスタークをそれで斬れ」
「ドワーフの業物で? 危なくは無いか?」
「大丈夫だ」
「私とて剣の心得はあるが?」
「やってみろ」
「わかった」
フィリウスが構え、剣を構えたビルスタークに剣を振るう。
ガギン!
「うぐっ!」
剣を振ったフィリウスが呻いた。
「剣を見てみろ」
「欠けている……」
「その鎧は鉄では斬れん」
「なんと……」
そして俺はもう一つ付け加える。
「ビルスターク。兜の面を下ろしてくれ」
「こうか」
ガシャン。顔が隠れ、マスクの顔が現れる。そこで俺はバックパックのレバーを引く。
次の瞬間。
「お! おお! なんだ! これは!」
ビルスタークが驚いている。
「どうだ?」
「朧気に人の形が見える……」
「俺が手を振ってみる」
するとビルスタークが言う。
「手を振っている……コハクか?」
「それはマージに教えてもらった、魔力を感知する魔法陣を取り入れたものだ。魔力を通しておけば、魔力を保有している者ならば見える」
「おお…おお…」
ビルスタークは震えていた。そして俺は次にアランに言う。
「次はアランだ」
「わかった」
アランを椅子に座らせて、肘から先の籠手を外す。もう生える事の無い腕が出て来た。
「取り付けるぞ」
「ああ」
アランの義手を取り付ける。するとアランも驚愕の表情を浮かべた。
「軽すぎんか?」
「これでいい。動かして見ろ」
「凄く軽快だ。違和感が全くなくなった!」
「次は足だ」
足もオリハルコンと外殻で作ったものと取り換える。するとそれもびっくりしていた。
「軽い」
「もっと俊敏に動く事が出来るはずだ」
「強度は?」
「さっき見たとおりだ」
「凄いものだな」
「もっと驚くぞ」
そして俺はアランに全ての鎧を装備させた。そしてバックパックに魔石を入れてレバーを入れる。すると次の瞬間アランが驚いていた。
「これは……」
俺はアランの義手に手を触れる。
「うそ……だろ」
「どうだ?」
「触れている感じが分かる。これも魔法か?」
「鑑定魔法の応用だ。何に触れているのかくらいは分かるようになる」
「信じられん」
二人はその鎧の出来栄えに満足してくれたようだった。最後にフィリウスにも着せると、フィリウスも痛く感動している。
「私でも難なく動かせる」
「それで魔力を供給していない状態だ。腰のレバーを入れれば魔力が入る」
「こうか?」
フィリウスが滅茶苦茶驚いている。
「なんだ。体に重みが無いようだ、まるで羽だ」
「突撃してみろ」
「ああ」
バシュッ! 縮地のようなスピードで遠くまで走る。すぐ、こちらに帰って来て言った。
「使い方を学ばねばな。これでは私の能力がついて行かない」
「まあ頑張って習得してくれ。ちょっと領兵の分までは作れないが、三人はこれでかなり強化される。領兵の強化鎧は王宮に入れながら横流しする」
「横流し? 大丈夫なのか?」
「ドワーフの技術には無駄がない。半分の鉄の使用量で、充分な物が作れるからな。それは王都には伝えずにいる」
「ま…まあ聞かなかったことにしよう」
そうして俺の作った鎧を着て、三人はしばらく体を動かしていた。そしてフィリウスが言う。
「リンセコートに、上等な酒、香しい石鹸に、神級の鎧まで貰ってしまって…なんといっていいのやら」
「いや。俺は三人には特に世話になったんだ。これは当然受け取る権利がある。ヴェルティカも賛成していて、それでもまだ返し足りないくらいだ。俺が貴族になったのも、フィリウスやビルスターク無くしてはあり得なかったからな」
「「「……」」」
三人は黙ってしまう。
アイドナが喜ぶって言ったのに、黙ってしまったぞ? 悪い事を言ったか?
《いえ。目に水分が発生しています。恐らくは感動しているのかと》
それならいい。
そしてヴェルティカが言った。
「さあ! お兄様! 明日は帰られるのですから、今日はうんと美味しい料理でお酒を楽しみましょう! シュトローマン領のダンジョンの為に、兵を連れて来ていただかねばなりませんからね!」
「ああ。尽力しよう。コハク、君はもう元の使用人ではない。義理の弟であり、最高の友としてこれからもよろしく頼む」
フィリウスが手を伸ばして来たので、俺がそれを掴んで握手をした。
「よろしく頼む」
その日の夜は盛大に宴会をし、次の日フィリウス達はパルダーシュへ向かって旅立って行った。
ヴェルティカが言う。
「さっ! もっともっと忙しくなるわ!」
「そうだな。パルダーシュからの土産もあるから、ドワーフたちにも美味い料理を振舞ってやろう」
「ええ」
フィリウスが去ったその次の日から、突如としてリンセコート領が忙しくなっていくのだった。