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第百九十一話 シュトローマン伯爵との会合

 俺たちはフィリウスと一緒に、ロパロ・シュトローマン伯爵の元へと出かける事になった。使用人が早馬で訪問する事を伝えに行き、喜んでお会いしたいと言う返事をもらって来る。


 この男爵領に来る前に、フィリウス達がシュトローマン伯爵領を通過していたために、いつ来るかと首を長くして待っていたらしい。なんとシュトローマン伯爵は、わざわざ使者を送って来たのだ。そして俺達はシュトローマン伯爵邸にて、おもてなしを受ける事になったのである。


 フィリウスが言う。


「なんだか物凄い期待値が高いな」


「このあたりには、男爵しかいないでしょう? だから伯爵は辺境伯との繋がりを欲しがっていて、以前からずっと会いたいって言われていたのよ」


「ヴェルの手紙にも書いてあったな。この魅力のない辺境の地では、地位の高い貴族がいない。だから北の果ての辺境伯とはいえ、繋がりは願っても無い事なのだろう?」


「ええ」


 そしてマージが言う。


「よろしく頼むよフィリウスや。伯爵をこちらに引き込んじまえば、周辺の男爵達もコハクに媚びを売り始めるだろうからね」


「まあ、適当にするさ。それよりもコハクの希望は、その南の峠に見つかったダンジョンなんだろう? そこに何があるのかは、いずれ教えてくれるんだよな?」


「もちろん教える。というか見てもらった方が早い」


「わかった。そのダンジョンの権利を、格安で譲り受ければいいのだな?」


「そうしてもらいたい。このあたりの人間が、あのダンジョンの価値を分かるわけがない」


「そんなにか?」


「いずれわかる」


 俺達が伯爵邸に行く時とは違い、馬車が数台多い。それだけに良く目立ち、人々が道端にどけてじっと見ていた。


「しかし寂しい土地だ。王がいくら良い土地をコハクに下賜すると言っても、公爵や伯爵らが反対したらしいからな。奴隷上がりの人間が、貴族になる事も良しとしていなかったようだ」


 だがマージが言う。


「それのほうが、非常に好都合だったよ」


「好都合?」


「何もない田舎に閉じ込めてしまえば、何もできないとでも思ったんだろう? だけど、それだけにひっそりと事を進められるさね。コハクがやろうとしている事は目立つからねえ」


「私はそれの方が怖いけどね」


「しかも領地が手つかずなあまりに、豊富な物資に恵まれていてねえ……。冒険者に荒らされてないのが、逆に功を奏した感じだねえ」


「そして……最近見つかったダンジョンか」


 会話の途中で馬車が停まった。どうやら伯爵邸に到着したらしい。


 コンコン!


「はい」


 スッと馬車のドアが開かれると、シュトローマン伯爵夫婦が綺麗な挨拶をしていた。俺達が馬車を下りると、ひときわ大きな声でロパロ・シュトローマンが言う。


「これはこれは辺境伯様! 遠路はるばる、ようこそおいでくださいました! 」


 フィリウスにとっては、ついでなのだがな。


《ロパロにとっては、願っても無い繋がりです》


 そしてフィリウスがロパロに言った。


「いやいや。突然の来訪で迷惑じゃ無かったかな?」


「いえ! そのような事はございません!」


「うちの妹が嫁いだ先のお隣さんだからね、一度顔を合わせたいと思っていたのだよ。こうして会えたのも何かの縁、リンセコート領との繋がりを深くしていただけるとありがたい」


「リンセコート領?」


「ああ、そうか。王からの認可はもらったとはいえ、まだ広まってはいないか。実はうちの妹が嫁いだ先の名前が決まってね、リンセコート男爵と名乗る事になったんだ。コハク・リンセコート男爵と、妻のヴェルティカ・リンセコートとなったんだよ」


「そうでしたか! とても良い名だと思います! ささ! 立ち話もなんですから、どうか迎賓館の方へとお越しくださいませ!」


 そこでフィリウスが言った。


「その前に」


 そう言って後ろを振り向くと、アランが一頭の毛並みのいい馬を持ってくる。


「お近づきのしるしに、この馬を差し上げます」


「なんと! このような立派な馬を! 身に余る光栄でございます!」


「是非可愛がってあげてください」


「はは!」


《流石は辺境伯といった所でしょう。これで一気にロパロの人心掌握が出来ました》


 なるほどね。


 俺達はロパロについて中に入っていく。今まではこんな立派な部屋に通された事は無かったような気がするが、物凄い大広間の長テーブルがある部屋だった。


 挨拶が終わって席に座ると、直ぐにフィリウスが言う。


「そういえば。うちの妹がね、とても美容にうるさくてね。自作で石鹸を作ったのだけれど、それが非常に良い品に仕上がったと言うんだ。そうだろ? ヴェルティカ」


「はい」


 そしてヴェルティカが化粧箱に入った石鹸を、隣りに立っているメイドに渡す。メイドが頭を下げ、ロパロの所に持って来てテーブルに置いた。


「ぜひ奥様に使っていただけますと、うれしいですわ。とてもすべすべの肌になりますのよ」


 するとロパロの嫁が喜んでいる。


「まあ。お嬢様のお肌はとても美しいですから、これは楽しみでございますわ」


「凄く良いものです。気に入っていただけたら、毎月お送りしますわ」


「うれしい! とてもいい香りの石鹸でございますね」


「手放せなくなりますわ」


《伴侶の人心掌握も出来たようです》


 こうやって籠絡していくのか。


 それから皆で食事をし歓談を始める。最初は料理や酒についての話となり、次第に話題は、パルダーシュ復興と王都の事件についてとなった。ロパロはよほど情報に飢えているようで、真剣にそれらの話を聞き取っていた。


「流石は辺境伯様でございますな! その窮地から領地の復興をあっという間に成し遂げてしまうとは、普通の貴族ではそんな事は出来ますまい」


「運が良かったよ。私が王都に武者修行に出て、武神オーバース将軍の目に留まったのが大きかった。そのおかげで、陛下へのお目通りも出来るようになったからね。オーバース様の御屋敷には、足を向けては寝れないだろうね」


「四大将軍のお一人ともご縁があるとは!」


「それも、うちの騎士団長が顔見知りだったというのが大きい。全て私の力ではないよ」


「いえいえ。やはり人徳というものでございましょう!」


 そして話は、パルダーシュ領とリンセコート領に物流に及ぶ。そこでフィリウスが言う。


「シュトローマン伯爵領は、通過地として利用させてもらう。三領での物資の流通を、活発化しては如何かな? お互いの良いものを、お互いの領で流通させてはどうか?」


「願っても無い! 是非そのようにさせてください!」


「では、そうさせてもらおう」


「はは!」


 だがそこでフィリウスが、さも何かに気が付いたように言う。


「あっ! ……でも」


「は? 何かありましたでしょうか?」


「そう言えば、南の峠で新しいダンジョンが見つかったそうで」


「は、はい。ギルドでは騒ぎになっておりました。危険で手が付けられないかもと」


「うーん」


「どうかなされましたかな?」


「そんな危険なものがあるところに、うちの商人達を送るのもねえ」


「あ、いや。それでも危険な魔獣は外には出てきていないと」


「あー、出来ればそのダンジョンは、辺境伯領の管轄にしてもらえないかねえ。お互い商売をするにあたって、懸念材料は無くしておいた方がいいんじゃないのかな?」


「そ、そうですが……あまり意味をなさないダンジョンのようです。冒険者も潜れないと言っておりましたし……」


「まあ、それならば、うちの兵団を派兵して掃除しよう。王宮の手を煩わせるのも申し訳ないし、なんなら少しの金銭をお支払いして譲ってもらおうか?」


 するとロパロは、ここを商機と思ったのだろう。大きな声で言う。


「いえいえ! 辺境伯様の兵団で、あのダンジョンを綺麗になさるというのであれば、金銭などは不要にございます! 何卒お好きになさっていただいてよろしいかと、私の領地ではありますが不安材料ではございましたので、むしろお願いいたしたく思います」


「わかった。ならば、うちの管轄でやらせていただこう。うちの兵団が入り込んでも良いのかな?」


「はい! いかようにでもしてください!」


「ならお互いの為に、うちが一肌脱ぐとしよう。妹の住んでいるそばに、そんな物騒なダンジョンがあるのはいただけない」


「是非!」


 おお! タダでもらったぞ!


《英才教育の賜物でしょう。上級貴族のやり方をインプットしました》


 それからフィリウスとロパロは覚書を交わし、ダンジョンの討伐を引き受けた。その後のフィリウスは淡々としたもので、是非、伯爵邸に泊ってほしいという申し出を断っていた。もっと視察するところはあり、それほど時間がないとかなんとか言っている。


「わかりました! では、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます!」


「周りの男爵達にも、ヨロシク伝えてくれるとありがたい。妹夫婦とも是非、仲良くしてくれとね」


「もちろんでございますとも。リンセコート男爵の誕生を、皆でお祝いいたしましょう」


「よろしく頼む」


 そうして俺達はさっさと伯爵領を後にした。馬車に乗りこみ門をくぐって、伯爵領の街中を走り始めるとヴェルティカが言う。


「ありがとうございましたお兄様」


「なんとも御しやすい人だったね。よっぽど貴族との関係に飢えているようだ」


「それでも流石だわ! お兄様は、もうすっかり辺境伯になったのですね」


「どうだろうね。虎の威を借るなんとやらだよ」


「そんな事は無いわ」


 そこで隣に座ったビルスタークが言う。


「お嬢様。お館様は、そんなことよりドワーフの里に興味があるんですよ。というか、私もですがね」


「慌てなくても連れて行くわ。ドワーフって本当に凄いんだから」


「ドワーフが、人里に里を作るなんて前代未聞ですからね」


「ふふっ。コハクを神と崇め奉っているのよ」


「神? そうか、コハクをか」


「そうよ」


 フィリウスが俺を見るので、俺は手を振って答えた。


「神じゃない。ただ、俺の混合魔法陣が珍しいらしい」


「あれはコハクにしか書けないんだろ? じゃあ神の力だと思ってもおかしくない」


「俺は人間だ」


「分かっているよ。人間だから妹を嫁に出したんだ」


「ああ」


「……」


 なんか突然微妙な空気が流れた。フィリウスもビルスタークも、静かになって声を出さなくなる。するとそれを察したマージが言った。


「まあ……聞きづらいだろうねえ。フィリウスなんか聞きたくもないだろうしねえ」


「ばあや……私は」


「跡継ぎの事を聞きたいんだろう?」


「まあ…」


 するとヴェルティカが顔を赤らめて言う。


「いいのよ。私達は私達のペースがあるの、今はいろいろあって忙しいからそれどころじゃないのよ」


「だ、そうだよ」


 だがフィリウスが嬉しそうな顔をして言った。


「いいんだ! それでいいんだよヴェル! 忙しいんだから、そんなに慌てる事は無い!」


 何の事だ?


《跡継ぎ。いわゆる子孫の事です》


 必要なのか?


《ノントリートメントは結婚をすれば、必然的に子作りをするものと思うようです》


 それから俺達は野営をしつつ、次の日の午前中のうちに男爵邸へと戻ってきた。一度支度を整えて、直ぐにフィリウス達を連れてドワーフの里へと向かうのだった。

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