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第百八十九話 追い風が吹く領への招待

 俺は一日一回だけ、朝方にドワーフの里を訪れて、アーンに指導をするのが日課になっていた。


 だが天工鍛冶師のアーンが毎日取り組んでも、アイドナが合成した魔法陣は容易に真似をすることが出来なかった。ほぼ形は覚えたらしいが、正確に刻むことが困難らしい。


「うーん。どうしても魔力がしっかり流れないっぺ」


「だが、形を覚えただけでも凄い」


「それだけではダメだっぺな。削りとなると細かいところが違って来るっぺ」


 アイドナが確認をすると、エラーが出ている部分が赤く表示される。


「ここと、ここと、ここ……あと……ここと……」


 と、俺が十カ所以上を指摘した。


「ありがとうだっぺ! 自分じゃ気が付かないっぺよ」


「うまくいったと思ったら、また見せてくれ」


「わかったっぺ!」


 アーンは失敗したその魔導鎧を、迷いなく溶鉱炉に放り込んだ。鉄の塊にして鎧を作り直す材料にするためだ。こんな事を何百回と繰り返しているようだが、一度も成功していないのである。


 この毎日の指導が終わると、俺は細かい魔石とスクロールを大量に背負って、メルナと一緒にオリハルコンのカルデラ湖へ登ったり、秘密研究所で新型の強化鎧の製造をしている。


 ヴェルティカは、ドワーフの里や工場に来ることを減らして、商いに専念してもらうようになった。そのおかげで、ぼちぼち国内に向けての出荷が始まるまでになる。


 風来燕も新型のオリハルコン鎧により、自分達だけで大型の魔獣が安全に狩れるようになっていた。魔石のストックを増やしており、だんだんと物資が潤沢に回るようになって来た。


 だが今日は、他の大事な用事があった。ドワーフの里の入り口で、風来燕とヴェルティカとメルナが馬車に乗って待っていた。


「遅くなった」


「いいえ。コハク、これは大事な事よ。王家の依頼を進めるのを、おろそかに出来ないわ」


「分かっているさ」


 そしてボルトが言う。


「んじゃ! 行くぜ!」


 ボルトが馬の手綱を引き、馬車が出発した。


 出かける理由は、ヴェルティカがパルダーシュ辺境伯である兄に、書簡を送ったのが始まりだった。本来はこちらから出向いて、リンデンブルグ帝国との密約を伝える予定でいた。どこまで話せるか分からないが、この大陸に脅威が迫っていると分かった以上、彼らとの意思の共有と協力体制が不可欠という事になったのである。


 こちらが行くといったのだが、フィリウスはどうしても、この領を見に来たいと言ったのだ。どうやら妹の嫁ぎ先の環境をきちんと見て、ヴェルティカが困って無いかを調べる予定でいるらしい。


 そこで俺達は、男爵領の入り口までパルダーシュの一行を迎えに行くことにしたのである。


「まったく…お兄様ったら心配性なんだから」


 だが、それを聞いてマージが言う。


「そう言うんじゃないよヴェル。あれはあれで、たった一人の家族であるヴェルが大切なんだ。だから苦労していないかを見に来るんだと思うよ。それにきっと手ぶらでは来ないはずさ。こちらからも土産をたんまり持たせてやらないと」


 それには俺が答える。


「用意したもので、喜んでくれるといいが」


 ヴェルティカがニッコリ笑う。


「コハク。あれはもう神具のような物よ。いくらお金を積んだって買えるものじゃないの。だからお兄様達は絶対に喜ぶわ」


「そうか」


《ノントリートメントの風習で、物資の交換は友好の証。特に妹からの物は喜ぶでしょう》


 実用的なものだしな。


《はい》


 それから俺達は数時間かけて、領地入り口の宿場にやって来た。宿場と言っても大した宿はなく、冒険者がふらりと立ち寄れる程度の建物ばかり。パルダーシュに比べれば、ボロ小屋と言われてもおかしくないような建物が建ってる。


 ベントゥラが言った。


「おおい! どうやらおいでなすったぜ!」


 それを聞いて俺達は馬車から降り、道向こうから向かって来る馬車列を迎え入れた。豪奢な馬車が停まり、ドアをあけてフィリウスが飛び出して来る。


「ヴェル!」


「これはお兄様。お元気そうで」


「ん? なんだ? 少しやつれたんじゃないか? 良くしてもらっているのか?」


「もちろん。とても楽しくさせていただいてます!」


「本当か?」


「本当ですとも!」


 するとその後ろから、馬を下りたビルスタークとアランがやって来た。


「お嬢様。声がお元気そうですな」


 目が見えないビルスタークの元に、ヴェルティカが行って手を取る。


「ええ。ビル、元気よ。募る話がいっぱいあるわ!」


「そいつは今夜のお話が楽しみですな!」


「ふふっ。御屋敷もドワーフに増築してもらったのよ!」


「本当にドワーフが住み着いたのですね?」


「本当なの!」


 そしてアランが跪ずき、ヴェルティカの手の甲に顔を寄せて言う。


「お久しゅうございます。お元気そうで嬉しゅうございます」


「アラン! どう? 鎧に不具合は無い?」


「今回は、それもコハクに見てもらおうかと」


「そうね! それが良いわ!」


 そしてフィリウスが俺に言う。


「コハク。ヴェルに不自由をかけていないだろうな!」


「少し忙しくしてもらっている」


「まあ…夫婦であるからな! 当然そのくらいはあるだろう! だがあまり無理はさせないでくれよ!」


 するとヴェルティカが頬を膨らませて言う。


「とっても良くしてくれてます! 私の旦那様はとても凄いんですから」


「だ、旦那様…」


「そうです! 旦那様です!」


「そんな……」


 するとマージが大笑いする。


「フィリウスや! 間違ってはおらぬぞ! コハクはヴェルティカの旦那様さね!」


「ばあや……」


 ビルスタークとアランが苦笑いしていた。その後方では、使用人や数名の騎士が見守っている。そして俺が言う。


「では、屋敷まで案内する」


「わかった」


 そして俺達が先行し、パルダーシュ一行を引き連れて屋敷へ向かう。田舎の風景にドワーフの里だけが異様で、通過する時にフィリウスが聞いて来る。


「煙がもうもうと立ち上がっているな。あそこだけ異質な雰囲気だが」


「あれがドワーフの里です」


「おお! 本当に領地にドワーフが住み着いているのか!」


 そこで俺が答える。


「まあ、押しかけて来たという感じだが」


「よほど気に入られたのだな。ドワーフが…住み着くとは」


 褒められてヴェルティカがニコニコ顔だ。そして屋敷に到着し、旧家屋の隣りに立った迎賓館を見て、フィリウスが驚いていた。


「ここも異質だ」


「凄いでしょう。ドワーフが作ってくれたのよ」


「王都のホテルに引けを取らんな……」


「お客様用なの」


「なっ。ヴェル達が、ここに住めばいいだろう?」


「いいえ。私達は古い家屋で充分。コハクもこっちに住んだら? って言ってくれたけど、私は古い家屋の方が気に入っているわ」


「……なにか変わったな。ヴェル」


「そう?」


「なんだかしたたかで…しなやかになったというか、凄く頼もしく感じる」


「そう言っていただけて嬉しいわ」


 パルダーシュの一行を連れて迎賓館に入ろうとすると、風来燕の連中が言う。


「あー、こっからは家族水入らずやってくれ。俺達は、リンセの様子でも見に行って来る」


 だがそこでヴェルティカが言った。


「いいえ。一緒に居て。私は、あなた達を家族のように思っています」


「ですが…」


 するとアランが言う。


「おいおい、みずくせえぞ。募る話もあるだろうし、いいだろうが」


「旦那…」


 フィリウスも言う。


「私もあなた方の事は恩人だと思っている。どうか一緒にいて欲しい」


「わかりました。ではお言葉に甘えて」


 そうして風来燕達も同席する事になった。すると訪れた使用人達が言う。


「一緒に来た者達は皆元気でしょうか?」


「ええ。皆が来るのを楽しみにしていたわ。ぜひ顔を合わせて行って!」


「ありがとうございます」


 使用人達が各部屋に荷物を運び入れている間、俺達は食堂に集まって食前酒を飲む事にする。使用人が持って来たのは、オリハルコンのカルデラ湖の水で作った二十年物の酒だ。もちろん二十年寝かせたわけでは無く、二十年分の熟成をメルナが施した酒である。


 そしてヴェルティカが、酒が注がれた盃を持って言う。


「それでは久しぶりの再会に、乾杯をいたしましょう」


 カチンカチンと盃の当たる音が聞こえ、皆がそれを口に運んだ時だった。


「うお!」

「なんと!」

「う、美味い!」


 それを聞いて、ヴェルティカが一段といい笑顔をする。


「こ、こんないい酒を買っていてくれたのかい? ヴェル!」


「いいえ。これは我が酒蔵で作られたお酒ですわ」


「自前?」


「そう。気に入っていただけましたかしら?」


「王都でもこんな酒には巡り合えないぞ! 何だこの芳醇な味わいと甘さは!」


 ビルスタークも驚いて言う。


「しかも…コイツは酔いそうですな。お館様」


「ああ。体が火照るようだ」


「沢山ありますので、土産に樽を持って行っていただこうと思ってますわ」


 それを聞いて、パルダーシュの面々のテンションが一気に上がる。それから俺達は、食事をしながらこれまでの経緯を選びながら話し始めるのだった。

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