第十八話 自分が価値無しかもしれないと知る
ヴェルティカがえらい剣幕で俺に言い寄って来る。
「怪我したの!」
「いや、大したことはない。仕合で木剣があたっただけだ」
「来て早々、騎士と仕合をしたの?」
「成り行きでそうなった」
するとマージがヴェルティカを制するように言う。
「落ち着きなさいヴェル。体を鍛えたいって言うから、騎士団を訪ねろと言ったのはあたしなんだよ」
「ばあやが? でもだからと言っていきなり仕合なんて」
コンコン!
「失礼します!」
唐突に玄関がノックされ、ビルスタークの声が聞こえてきた。
「いいタイミングだねえ。お入り」
「は!」
ビルスタークは直立で玄関に立っている。それをぎろりと見たマージが言った。
「そんなところに突っ立って何をやってるんだい! 入りな!」
「は!」
ビルスタークは座っているマージの傍らに立ち、頭を下げて言う。
「申し訳ございません! コハクに怪我を負わせてしまいました!」
「あたしのポーションで治ったよ。まったくいきなり素人に仕合なんかさせて、どうしたものかねえ?」
「それは申し訳ございません賢者様。ですが…素人ですと? コハクが?」
「全く戦った事など無い素人さね」
「いや…」
「なんだい?」
「恐れながら申し上げます! コハクは素人などでは無いと思われます!」
「どういう意味だい?」
するとビルスタークは少し渋い顔をして言った。
「コハクは、『本気の』アランに勝ちました。最後は喉元に剣を突き付けての勝利です」
「本気の? 何かの間違いじゃないのかい?」
「この目で見ました。アランも手を抜いていないと証言しております!」
するとマージが俺を、じーっと見つめてニッコリ微笑む。
「凄いじゃないかコハク。本気の騎士に、しかも副長に勝つなんて」
だがそれを怒気をはらんだ声が止める。ヴェルティカだ。
「褒めている場合じゃないわ! ばあや! コハクに何かあったら大変だわ!」
「いやいや。ヴェルよ、コハクとて何もせずにはおれんと思っての事」
「でも!」
なんだか知らないが、俺の事で争いになってしまったので止める事にする。
「まってくれ。お嬢様、俺は別に気にしちゃいない」
「私が気にするの」
「だが怪我はすぐに治った」
「それと、ここでは私の事は名前で呼んで」
「あの、あんたは辺境伯のお嬢様なのだろう?」
「関係ないわ」
その場がシーンとなる。するとマージが笑い出した。
「くっくっくっくっ、あーっはっはっはっ!」
「何か変だったかしら?」
「いやはやコハクを連れて来てくれて正解だよ。突然こんなに楽しくなってきた。しばらくは何の変化もない退屈な毎日だったからねえ、一気に騒がしくなって大いに結構」
「ばあや…」
「いずれにせよビルスタークは下がっていいよ。本人が問題ないと言っているんだ、これ以上何もない」
「は!」
ビルスタークは出て行こうとするが、俺が彼を呼び止める。せっかくやる事が一つ出来たのに、それが無くなってしまうのを恐れての事だ。
「団長!」
「コハク。俺も、名前で呼べば良いよ」
「分かったビルスターク。俺は体を鍛えたいんだ明日もよろしく頼む」
するとヴェルティカが止める。
「コハク!」
「いいじゃないかいヴェル。体を鍛えるのは良い事だし、コハクがこれから何をしたいかを見つけるためにも、やりたい事はなーんでもやっていいよ」
「自由にか?」
「ああ自由にね」
自由。何をしてもいい?
《文字通りそうなのでしょう。自分で決めて良いという事です》
アイドナにまでそう言われて、俺は突然途方に暮れてしまう。今まではAI社会のルールにのっとって、皆と同じことをすればよかった。だが突然自由にしろと言われても、何をしていいのか全く見当がつかない。
「じゃあ明日も体を鍛える為に参加させてもらう」
「わかった。待っている」
そう言ってビルスタークは出て行った。ヴェルティカは若干納得がいかないようだが、俺が生き延びるためには体を鍛えるのは必須なのである。
「それでヴェルは何をしに来たんだい」
「もちろんコハクとメルナの様子を見に来たというのもあるけど、お父様から二人に魔法特性があるか知りたいと言われたの」
「なんだい。ガイロスも随分とせっかちだねえ」
「こう言うのもなんだけど、父が言うには『せっかく高い金を払ったんだから』という事なの。私としてはその理由では反対だったけど、自分としても興味があったので」
「仕方ないねえ。普通は幼少のおりに、教会に出向いてすることなんだけどねえ」
「お願い」
「わかった」
マージは席を立ち、奥の部屋に入っていく。しばらく待っていると、何やら大きな布に入ったものを持ってきた。テーブルの上に何かの台を置いて、その上に袋から出したものを乗せる。それは大きな水晶のようで、人の顔ほどもありそうだった。
マージが座ると、俺にも対面に座るように言って来る。
「それじゃあね。この水晶に触れてごらん」
「こうか」
「それでいい」
そしてマージが何やら呟き始める。しかし特に何も起きないようだ。
「はて? おかしいねえ。もう一度」
マージが同じように何かを呟く。だが結果はさっきと同じ。
「驚いたね! こんなことがあるのかい?」
「なんだ?」
だがマージは俺の言葉を聞き流し、メルナに言う。
「今度はメルナがやってみようかね」
「うん」
メルナが座り手をかざした。そしてマージが何かを呟くと、水晶はうすぼんやりと水色に輝いた。
「水晶は普通で…、そしてメルナは水…」
するとヴェルティカがマージに言う。
「ばあや、どうしたの?」
「コハクには一切の魔力も備わっていない。誰にでも普通にある、何らかの属性が全く反応しないんだ。言ってみれば無属性でもないんだよ」
「え…?」
「すまんが俺は特殊なのか? 何も反応しないとどうなんだ?」
「何の加護も持たず、そして微量の魔力も持たない、属性すらないなんて言う人間はいないんだよ。何の反応もありゃしない、これは世紀の大発見だねえ」
よくわからないが俺は特殊らしい。メルナにすらあるものがないそうだ。どう言う事だ?
《情報が不足しています》
だろうね。前世ではそんな事聞いた事もないし、加護って一体なんだ?
するとヴェルティカが言う。
「なるほど…。だとお父様ががっかりするでしょうね」
「まあ気にする事はないさ。コハク、辺境伯に何を言われても聞き流すんだよ」
「わかった」
どうやら俺は価値がないと判定されたのかもしれない。だが俺は奴隷だったから、価値など元より無かったはずだ。メルナが俺の手を握って慰めているようだが、まったくなんとも思わないのだった。