第百八十七話 魔導士用強化鎧試験と神の御業
物作りに関してドワーフという種族は、まるで工業用ロボットのようだった。精密で速く、あっという間に物を作り上げていく。特質すべきは、製図などを必要しないといった点だ。住宅に使う木材も、何も書いたりせずに加工していくのである。更にはその腕力が強く、一人で加工した木を担ぎながら登っていく。
更には成形の魔法陣が使えるために、微調整は全て魔法陣を書き込んで調整するのだ。
《働き蟻のようです》
お互いがやるべき事が決まっているようだな。
《すれ違う時もぶつかりませんし、まるでベルトコンベアのような流れ作業です》
数日で住むところがほぼ完成し、住みながら住居を建てているのである。里の周辺には高い木の塀が組まれており、入り口は二カ所に限られている。それによって、製造物や原料を盗まれたりするのを防ぐらしい。
俺が荷馬車をひっぱりつつ、ヴェルティカと新型強化鎧を着たメルナの三人でドワーフの里に来た。槍を持っているドワーフの男二人が通してくれる。
「お館様がいらっしゃったっぺよ!」
すると中から、アーンと数人のドワーフが寄って来た。
「師匠。どうだっぺ!」
「いいんじゃないか? 大工達もその技術に大層喜んでいたぞ。給金を普通に払ったが、それ以上の物を得たと言って喜んで帰って行った」
「そいつは良かったっぺ!」
ドワーフの村は想像以上の出来栄えで、どの住宅も凄く堅牢そうだ。工場も既に三棟目に取り掛かっており、あっという間に出来上がってしまうだろう。うちの領内にもう一つの村が出来上がり、ドワーフ達は工場にも出入りし始めていた。
そしてヴェルティカがアーンに言う。
「石鹸を使ってみたのだけれど、また何かしたかしら? びっくりするほどの泡立ちになっていたわ」
「ああ。削り粉の粒を十分の一以下に細かくしたっぺ」
俺が聞く。
「あれ以上細かくなるのか?」
「そうだっぺ」
「凄いな」
「それより見て欲しいものがあるっぺ!」
そう言ってアーンが、俺達をリンセの工場へと連れて行った。テーブルの上にいろんなものが並んでいて、それらを俺に見てくれという。
それを見ると俺よりも、ヴェルティカが色めき立つ。
「な、なにこれ! 素敵! ええっ!」
「帽子とマントだっぺ。コートにしようとすると、必要な頭数が増えるっぺよ。だけど、マントと帽子を組みにすれば、少ない頭数で作る事が出来るっぺ。それにこの方が、より一層暖をとれるようになるっぺ。あとは、従来の服の首の部分に使うだけでも充分あったかいっぺよ」
「アーン! 着てみていいかしら?」
「もちろんだっぺ!」
ヴェルティカが、リンセのマントと帽子をかぶると印象ががらりと変わる。それを見たアーンが目を丸くして言う。
「奥様! すっごく美人になったっぺ! 元がいいと、こんなにも美人になるんだっぺか!」
「そ、そうかしら?」
「そうだっぺ!」
他のドワーフ達がうんうんと頷いていた。
そしてヴェルティカが俺を見る。何か言わなければならない気がしてくる。
「似合ってるぞ」
「本当! 嬉しい」
「それは試作品なので、奥様に来てもらうっぺ!」
「ありがとう!」
なるほど、どうやらノントリートメントは衣装を良くすると機嫌が良くなるらしい。
《ヴェルティカの心拍数、体温共に上昇しているようです》
褒めるというのは大事なんだな。
するとアーンが言う。
「もう商品の原料が無くなって、皆が建築の方に回ってるから、工場は明日にでも終わるっぺ」
《そろそろ頃合いかと》
わかった。
「アーン。王城から魔導鎧についての質問状が来たんだ。天工鍛冶師が来たからには、魔導鎧を作る事が出来るようになっただろうと。そこで王国が持つ鉱山から、この領に鉄を入れこむ事になった。だからこの場所に、鉄工所を作ろうと思ってる」
「鉄工所だっぺか?」
「町工房では作るのに限界がある。だから工場と同じような規模で、俺が岩を生成して工場を作ろうと思っているんだ」
「す、凄いっぺな」
「場所はどこがいい?」
「ならいい場所があるっぺ!」
俺達はアーンに連れられて、ドワーフの里敷地内の空き地を見せられる。
「よし。ここか」
「そうだっぺ!」
《それでは魔導士用強化鎧の試験を開始します》
ああ。
これはオリハルコン製魔法使い用の、鎧の試験でもあった。オリハルコンには様々な特性があり、とりわけ魔力に対して親和性が高かったのである。メルナ用に作った新型強化鎧からはパイプが出ており、それを荷馬車に積んで来た巨大な地龍の魔石につなげてある。
マージが言う。
「これは……ほれぼれするような鎧だっぺな。お師匠様が作ったんだっぺか」
「そうだ」
するとアーンが、周りのドワーフ達を大声で呼ぶ。
「おーい! みんなあ! お師匠様の美しい鎧を見るっぺ! 凄いぺよ!」
ドワーフ達がぞろぞろとやってきて、メルナが来ている青い鎧を目を見開いて見ていた。
するとマージがメルナに言う。
「では試験と行こうかね」
「うん」
予定された敷地に行くと、メルナがしゃがみ込んで地面に両手をあてる。
「コハク! 良いよ!」
「よし!」
荷馬車に置いてある、地龍魔石の箱についているレバーを引く。
強力な魔力がゴウゴウと音をたててメルナの着ている、オリハルコン製新型強化鎧に供給された。するとメルナのオリハルコン鎧が、青く光り輝いてくる。
「「「「「おおお!」」」」」
ドワーフ達が色めき立っている。
なにせ地龍の魔石である。土魔法との相性は百パーセントといっても良い。
そしてメルナが詠唱した。
「我が声は大地の鼓動なり! 今から、この地に極大の土魔法を解き放つ!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! バグゥゥゥ!
一気に山が盛り上がり、勢いあまってせっかく作った木の外壁を壊してしまった。
だがその光景を見たドワーフは怒るどころか、滅茶苦茶、歓声を上げて喜んでいる。
「素晴らしいっぺ! 凄い魔法だっぺ!」
「そうだっぺなあ! こんな魔法を初めて見たっぺ!」
「わしらの壁が一気に壊れるほどの威力だっぺ!」
そこで俺がアーンに言う。
「すまん。壁が壊れた」
「これは凄いっぺよ! 向こう側に入り口を作らなければ、これ自体が壁になるっぺ! 凄いっぺ!」
「それじゃあ、俺はこれからこれを加工していく。木造じゃ製鉄所は燃えてしまうからな」
「分かったっぺ!」
《精密な製図を作成しましたので、その通りにジェット斧とレーザー剣で成形してください》
わかった。
俺はジェット斧とレーザー剣を手にし、アイドナが引いたガイドマーカー通りに山を削り始めた。
「「「「「「「「「おおおおおおお!」」」」」」」」」」
ガゴン! ガズン! ジュパー!
「あんなに乱暴にやってて、何て正確無比なんだっぺ! 流石はお師匠様だっぺ!」
《微調整をサポートします。細かい所を気にせずにやってください》
俺は手早く次々に山を削っていった。一日かけて二階建てくらいの高さの、製鉄所が作られる。内部には溶鉱炉に使える窯も作っており、巨大な鞴が設置できる場所もできた。天井には煙突が二つ用意され、熱がこもりすぎないように調整する。
「ふう。終わった」
全て終わって後ろを振り向くと、三百七十三人のドワーフ達が、観客席に座るかのように囲んで見ていた。シーンと静まり返っており、俺がドワーフ達の前に行くと、皆が額を地面につけるようにして頭を下げた。
「な、どうした?」
「お師匠様は……神様だったっぺな。神様じゃないとこんな事は出来ないっぺよ」
「神じゃない。人間だ」
「い、いや。これは神が自らの手を下した御業っぺよ」
「みわざ?」
「奇跡だっぺ!」
「いずれにせよ。これが鉄工所だ、火を起こしてここで鎧の加工を行う」
皆の目がうるうるとしている。俺はそんなに凄い事はやっていないつもりだが。
《やはりもの作りという点に置いて、あなたはドワーフの尊敬を集める力があるようです》
アイドナの力だ。
《結果が全てです》
「アーン」
「ははぁ!」
「あとはこの工場で鉄を加工し、鎧を作ったところで俺が強化用の魔法陣を教える。それでいいか?」
「もちろんだっぺ! 死に物狂いで、魔法陣を覚えるっぺ!」
「よろしく頼む」
それから少しの日数を数えた頃、王都から次々に鉄が運び込まれてくるのだった。既にドワーフたちが火おこしの鞴を動かし、ゴウゴウと燃え盛る炎で鉄を溶かし始める。いよいよ俺がアーンに、強化鎧用の複合魔法陣を教える時が来たのだった。