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第百八十六話 ドワーフの自主性と過剰なヴェルティカの仕事

ドワーフが到着した次の日の早朝、アーンから申し入れがあった。


「あの。師匠」


「なんだ?」


「出来れば住宅や工場建設をしたいって、みーんなが言うっぺ」


「自分達の住む場所をか?」


「木の切り出しも、木材乾燥もやるっぺよ」


「木を切るなら俺がやる。何本いる?」


「無理を言っても良いべか?」


「言って見ろ」


「千本だっぺ」


「斬るだけなら一日もかからん。運ぶのに数日かかるんじゃないか?」


「流石師匠だっぺ! そんな直ぐにけ?」


「ああ。リンセが住む山以外にも、領内には沢山の山や森がある」


「是非、うちらに運ばせて欲しいっぺ」


「そうか? なら頼む」


 そこにヴェルティカがやってきて言う。


「出かけるなら、朝ごはんを食べてからにして。あいにく芋と肉しかないけれど」


 アーンの母親が言う。母親と言っても少女のようだが。


「自分らの食べ物は、自分らで何とかしなくちゃと思ってたっぺ! なんと気配りの良い奥様だっぺ」


「これから一緒にやっていこうって言う仲間だもの、当然の事ですわ。とにかく食べて!」


 敷物を敷き、そこに煮た芋と焼いた肉を置いてドワーフ達が食べた。ドワーフは頑固とか聞いていたが、全くそのような感じには見えなかった。


《天工鍛冶師の採択が絶対なのでしょう》


 アーンの影響か。


《そのようです》


 確かに昨日からずっと見ているが、アーンの言う事を皆が素直に聞いていた。ドワーフ達の食事が終わる頃、荷馬車で寝ていた大工や工場の従業員達が入れ代わりでやってきた。


「あ、ごめんなさい。残り物だけど、まだあるから食べて」


「すまねえな奥様」

「このあたりにゃ、小さな食事処が一軒あるだけだから助かる」

「肉と芋か! 力が出そうだ」


 大工達が食事を始めた。そこで俺が大工達に言う。


「みんな聞いてくれ! ドワーフも建設に加わる! 一緒にやってくれ!」


 すると大工達が色めきだった。


「ど、ドワーフと一緒に仕事ができるのかい?」


「そうだ」


「そいつはありがてえ! 長年の修行より、ドワーフの仕事を見りゃ一発だって言われるんだぜ! 俺達に、そんな機会を与えてくれるのかい?」


「ドワーフが、自分らの住み家は自分らでやりたいと言うんだ」


「何てえ幸運だろう。言葉は悪いが、こんな片田舎でそんな幸運に巡り合えると思わなかった」


「それはよかった。よろしく頼む」


 そこに、風来燕達がやって来る。


「コハク、切り出しに行くなら護衛するが?」


「いらん。俺がどうにかする」


「コハクが居りゃまあ安全だろうがな」


「お前達は長旅だったんだ。今日は適当に休んでくれ」


「ありがてえ。流石にくたびれたからな」


「それじゃあ行って来る」


 そして俺は百五十名ほどの男のドワーフを引き連れ、南の山に向かうのだった。俺の傍らにはアーンがついて来ており、アーンの父親と男連中がぞろぞろと列を作る。


「わくわくするっぺ」


 アーンが言うが、俺には何の事か分からない。


「わくわくとは何だ?」


「里を離れて一からやり直す事もそうだけんども、神の如き魔法陣を書いた師匠と、うちらの一族が一緒に仕事ができるのが嬉しいっぺ」


「そうか……」


《これがドワーフ流の誠意でしょう》


 ここまで誠意を見せられたら、流石に教えない訳にはいかんか…。


《ドワーフは嘘をつけないようですし、王都で必要とされる強化鎧の工程は教えていいでしょう》


 そこで俺はアーンに言う。


「じきに魔法陣を教えるが門外不出だ。一族だけの絶対の秘密として、一生守ってくれるだろうか?」


「もっ! もちろんだっぺ! お、教えてくれるっぺか!」


「工場が三棟出来たらという約束だ。これだけ人数が居たら、直ぐに建つだろう?」


 すると百名のドワーフ達が一斉に足を止め、俺に跪いて頭を下げた。


「最高の工場を建て、教えてくださる技術は一族だけのものといたします」


 訛りが無い。俺はそれに答える。


「なら話は早い。ドワーフの里を先に作るとしよう」


 アーンの父親が言う。


「お気遣い痛みいるっぺ! みんな! 聞いたか! お師匠様がこう言ってくれているんだ! ここはひとつ気合を入れてやるとするべ!」


「「「「「「「おーーーー!」」」」」」」」


 ドワーフが一致団結している。俺達は一時間かけて南の山へと到着した。北東のリンセがいる山からは離れており、ここにはリンセが生息していない。木を切り出したとしても、エーテル・ドラコニアの怒りを買う事はないだろう。


 森に入り、俺がジェット斧を背中から外す。ドワーフ達は俺のやる事を目に焼き付けるようにして、じっと見つめている。


 ブン。


 振ればジェットが加速し、スパンッ! と大木が切れて横倒しになる。


「うおおおおお! 凄いっぺ! 大木が一瞬で切れたっぺ!」

「流石はアーンのお師匠様だっぺ!」


 だがそれから、俺も驚く事が起こる。なんとドワーフは、一人で大木を引きずり出したのだ。


「凄いな。一人で運ぶのか」


「当たり前だっぺ! ドワーフの男は力持ちだっぺ!」


「想定より早く千本集められそうだな」


「そうだっぺ!」


 それからあっという間に百五十本を切り出し、ドワーフ達は大木を引きずって列を作った。そして、俺が最後に二本切りだす。


《身体強化》


 俺が二本の大木を掴んで引きずり出すと、ドワーフ達がどよめきをあげる。


「なんと! あのような魔法陣を書く上に、こんなに力持ちだっぺか! ドワーフ顔負けだっぺ! 師匠のような力持ちは、ドワーフにもいねえっぺ!」


 アーンの言葉にドワーフ達も頷く。だがこれは、ロックサラマンダーとグリフォンの魔力を使った身体強化で、魔獣の力を借りているだけだ。


「身体強化のおかげだ」


「それでも凄いっぺ! なあ、とうちゃん!」


「みーんな尊敬の目でみてるっぺ! ドワーフの男らは力持ちに敬意を表するっぺよ」


《功を奏したようです。ドワーフの価値観は単純です》


 そうか。


 そして俺達は、なんと一日で千本の木材を集める事が出来たのだった。集まった頃には夕方となり、大工達は手先が見えなくなるので切り上げる時間となる。


 そしてヴェルティカが領内を走り回ったらしく、食材を用意していた。


「夕方も芋と肉だけど許してね。今日、早馬を出して伯爵領の商人に文を出したから、明日の夜にはもう少しまともな食事がとれると思うわ」


「奥様! 充分だっぺ!」


「そう言ってくれると助かるわ」


 晩御飯を食べ終わる頃、ドワーフと宿泊予定の使用人が三人きた。俺達はひとまず、ドワーフ達をその三人に任せる。残っている使用人と風来燕とも話し合いをせねばならず、ヴェルティカもずっと働き詰めだった。


「ヴェルティカ、疲れてないか?」


「言ってられないわ。こんなに協力者がいるのに、私も頑張らなくちゃ」


 だがヴェルティカの足取りは重く、疲労困憊のようだった。


「ヴェルティカ、俺におぶされ」


「大丈夫」


「いいから」


 俺が立ち止まって腰を落とすと、ヴェルティカが俺の背に乗った。ヴェルティカをおぶさり、俺は黙々と男爵邸へと向かって歩く。星が出てきており、あたりは薄暗くなっている。


《ヴェルティカが睡眠状態になりました》


 起こさないようにしよう。


 俺達が屋敷に付くと、メルナが声を出そうとするが俺は口に指をあてた。


「寝てる」


「そっか…疲れてるんだね」


 そして使用人達もやってきて口々に言った。


「お嬢様は、ほとんど休んでおられません。帰った夜には帳簿に目を通し、朝は早くから食事の支度をします。このままお眠りになっていただきましょう」


「そうしよう」


 そして俺はゆっくりとヴェルティカを寝室に連れて行き、そっとベッドに横たわらせる。


《オーバーワークです。ヴェルティカに雑務が集中しています》


 俺がふがいないからだ。


《採用を急ぎましょう。業務が急激に拡大した為であり、誰の責任でもありません》


 そうか。


 そして俺が寝室から出ると、使用人達も心配そうな顔をしていた。


「寝ている」


「お嬢様は本当に頑張り屋さんで、パルダーシュの復興でも寝ずに頑張っておられました。もっと私達に仕事を投げて下さればいいのに、いずれパルダーシュに帰る人達だからと抱え込まれているのです」


 使用人の言葉を聞いてアイドナが言う。


《彼らに教育を任せましょう》


 教育?


《最低限読み書きが出来れば、ヴェルティカの補助は出来ます》


 なるほど。だが、信用という意味ではどうする?


《領内の若い子を集め、純粋培養しましょう》


 どういう意味だ?


《田舎過ぎて人間が毒されていないです。無償で教育をして育ててしまえば、従順に働くと思います》


 わかった。


 そして俺が使用人に言う。


「急いで全員集めてくれ」


「はい!」


 食堂に十二人の使用人が集まった。


「皆に協力してもらいたい。ヴェルティカに業務が集中しすぎているのは分かっていると思う。そこでヴェルティカの補助をする人間を育てようと思う。幸いにも、ここの使用人は全員が読み書きできるから、ここで読み書きの学校を始める。領内の若い子らを集めて、ヴェルティカの支援ができるように読み書きを教えてもらいたい」


「素晴らしい…。旦那様は御変わりになられましたね。私達も協力を惜しみませんので、どうかヴェルティカお嬢様を楽にしてあげてくださいまし」


「もちろんだ」


 そして俺の男爵領に、また新しい事業が立ち上がるのだった。

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