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第百八十五話 田舎男爵領の開拓

 ウィルリッヒ達との会合から三週間が経過し、その間にもう一棟の工場を経てなければならないほど作業員が増えてしまった。


 軽石石鹸の岩を持って来て砕き、それを製造レーンに流して粉から石鹸を作る作業。薄めた魔法薬を樽で持って来て、それをスクロールで作り上げた陶器の瓶に詰め込んで、蝋で蓋を固める作業。結構手間暇がかかり、それらを短期で大量生産するにはまだまだ従業員が足らなかった。


 だから外で出来る作業は外でやっている。ヴェルティカが言うには、これは田舎だからできる事であって、都会だと匂いや騒音の関係上だめらしい。


 ガン! ガン!


 俺は工場周辺の荒れ地を、ジェット斧を使って更地にしていた。その掘り起こしたところを、メルナが土魔法で基礎作りしている。その周りでは伯爵領から来た大工が、せっせと住居建設をしていた。宅地はかなりの広さになったが、まだ足りず急ピッチで広げるには理由がある。


 俺達が作業しているところにヴェルティカが来る。


「コハク! メルナ! ご飯よー。大工さんもどうぞー」


 俺達が行くと、ヴェルティカが敷きものを敷いて弁当を広げてくれる。


「おいしそー!」


「汗をかいたから水を飲んでおけ」


「うん」


 大工達も嬉しそうに言った。


「すまなんだ! 奥方様! このような事は伯爵領ではねえことだ」

「依頼主が飯を用意してくれるなんて、聞いた事がねえ」

「本当に良いのですか?」


「その分、いい仕事をしていただければと。パルダーシュでは、このようにしていましたから」


「都会の考え方は違うんだねえ」

「ありがてえ!」


 そう言って大工達も料理に舌鼓をうち、美味そうに食っていた。


「しっかし、男爵様の力は凄いねえ。あの荒れ地があっという間に更地になっちまった」


「大したことはない」


「いやいや。基礎作りだけでも、凄く時間がかかるんですよ。それをあっという間にこんなに広げちまった。小さい魔法使いさんも、本当に凄いと感心してるんでさあ」


「えへへへ」


 褒められたメルナが嬉しそうだった。そしてヴェルティカが言う。


「それにしても、ドワーフさん達はいつ来るのかしら? 急ピッチでやってはいるけど」


「里から来るのに、どのくらいかかるか聞いていなかったな」


 それを聞いた大工達がざわめく。


「しっかし、ドワーフが里を離れてこんなところに来るなんてねえ」


「不思議な事なのですか?」


「頑固で知られたドワーフですよ。まあ、ドワーフを喜ばせる手が無い訳でもないですがね」


「なあに?」


「酒です。酒を飲ませりゃドワーフは大抵喜びます」


「お酒。なるほど」


「大酒飲みが多いですから」


 そして、昼飯を食べ終わった大工達は直ぐに仕事に戻って行った。


 俺はヴェルティカに言う。


「酒はどうするんだ?」


「伯爵領から買うわよ」


 だがメルナにぶら下がっているマージが言う。


「酒…ねえ」


「どうした?」


「なあに、ドワーフと言えば滅茶苦茶大酒飲みで有名なんだよ。彼らが自分達の給金で買うにはたかが知れてるだろ? だったら酒を造っちまえば良いと思ったのさね」


「何故そう思う?」


「この領地は麦と芋しか作ってないけど、麦と芋があれば酒は造れるんだよ」


「どうやって?」


「製麦、 糖化、発酵、 蒸留、 熟成という過程で作られるのさ。蒸留器さえあれば、大体の部分は魔法で加速する事が出来る」


「なるほど」


「ドワーフに仕事させるにゃ、美味い酒と相場が決まっているからねえ」


 俺は開拓中の荒れ地を見ながら、そこに住むであろうドワーフの事を考える。


 アイドナ、酒の作り方は分かるか?


《はい。その出来栄えを良くする方法や、人間の味覚に合うように調整する方法はデータベースにあります。こちらの世界に来てから飲んだ酒も、全て解析してデータストックしてます》


 そうか。


「マージ。酒を造れば、農民から高く作物を買い取る事が出来るんじゃないのか?」


「そうだねえ。後はドワーフの働きっぷりで帰ってくるだろうしねえ」


「ならば。酒造りをしよう」


「それならば男爵邸の隣りに、魔法で蒸留所を作っちまおうか?」


「そうする」


「いつからやるね?」


「ここの整地のやりかけを終わらせたら、今日直ぐにでも」


「せっかちだねえ」


 それを聞いていたヴェルティカが言った。


「じゃあ午後はそっちに行くのね」


「そうだ」


「まったく…うちの旦那様は働き者なんだから」


 それから俺とメルナはやりかけの整地を、急ピッチで終わらせる。


「メルナ。魔力はどうだ?」


「まだ全然大丈夫」


 それを聞いてマージも言う。


「凄い魔力量になったねえ。まだ器が膨らんでるようだ」


「えへへ」


 それから俺達はヴェルティカに断りを入れ、男爵邸に戻って隣の草原を更地にし始めた。屋敷が建つくらいの広さを開拓し、土魔法で岩を立ち上げていく。それらをレーザー剣で成型して柱にし、既に生成していた木材を天井に貼り付けた。その上に土をかぶせて行き、メルナが土魔法で固めて屋根を作る。陽が落ちて来た頃には、ちょっとした土蔵のような建物が完成する。


「もう眠い」


「魔力切れか。仕上げは明日にするから、今日はもう休むといい。台所で使用人から食い物をもらえ」


「うん」


 メルナが屋敷に戻って行った。だがそんなところに、慌ててヴェルティカが戻って来る。


「コハク!」


「どうした?」


「ドワーフさん達が来ちゃった!」


「えっ!」


 まだ準備は途中だった。住むところもままならないのに来てしまったらしい。


 そしてヴェルティカが言う。


「ドワーフさん達も旅中に使った天幕は持っていたけど、うちにあるだけの天幕を全部持って行きましょう。溢れた人は工場に泊まってもらうしかないわ。そしてうちの使用人から、毎晩泊まる人を連れて行った方が良いわね。世話をする人がいないと、新しい土地に来て困るだろうから」


「わかった。今日はどうする?」


「炊き出ししなくちゃ。皆に言って来るね」


 俺とヴェルティカが屋敷に戻り、ヴェルティカが使用人に説明をする。俺は倉庫から天幕をすべて集めて、庭の荷馬車に乗せた。荷馬車に常時置いている馬を括り付けていると、その間に鍋やら食材を持った使用人達がぞろぞろと出て来る。


 荷馬車をひいて、工場についたころにはすっかり夜になっていた。工場の周りに大量の灯りが見え、俺達が慌てていくと風来燕のボルトが来た。


「コハク! 帰ったぞ!」


「思ったより早かったな」


「おう! 大移動だったがな。アーンが説明したら、さっさと荷物をまとめてついて来たんだよ」


「アーンは凄いんだな」


「随分信頼されてたぜ!」


 俺とヴェルティカが慌てて、アーンの所に行く。それに思いの外、凄い人数のドワーフがいる。


「アーン!」


「おお! 紹介するっぺ! これが父ちゃんと母ちゃんだっぺ! こちらはうちの師匠だっぺ!」


 と紹介された人らは、小さくて男が毛むくじゃら、女はまるで少女のようだった。


「あなた様が、お師匠様かい? あの信じられない魔法陣を書いた人だっぺ!」


 なるほど全く同じ訛りだ。


「そうだ」


 そしてヴェルティカが答える。


「これは、わざわざ来ていただきましてありがとうございます。実はまだ受け入れ準備が中途半端で、大工さんが家を作っているところなんです。今日はとりあえず天幕と、工場を利用していただけますとありがたいです」


「それはそれは気遣い、ありがとう様だっぺ!」


「それで…何名くらい、いらっしゃるのです?」


 それにはアーンが答えた。


「全員で三百七十三人だっぺ」


「そんなに…。さっき聞いておけば良かった」


「奥様は悪くないっぺよ!」


「いずれにせよ、皆さんの食事を作ります! 旦那様! 屋敷からありったけの食材を持って来て!」


「わかった」


 俺は荷馬車をひいて、再び屋敷へと走る。屋敷に戻って使用人にそれらの事を告げると、皆が総出で食材をかき集めた。倉庫は空になり、メルナが寝ているので屋敷に二人メイドを残し工場へと向かう。


「こっちへ!」


 ヴェルティカに言われて、焚きだしの為に火を焚いているところに行き食材をおろした。それから俺はヴェルティカと風来燕に告げる。


「山でクローラビットを狩って来る」


「んじゃ俺達も行くぜ」


 俺は風来燕を連れて、ドワーフの胃袋を満たすために夜の山へと狩りに向かうのだった。

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