第百八十四話 オリハルコンの武具
オリハルコンのカルデラ湖に潜り、水深三百メートル付近の海底に到着した。直ぐにジェット斧を背中から外し、加速させて海底に振り下ろす。一撃で真っ青な地表が現れ、あたりが青く輝いた。それを確認して、一帯を耕すように掘り起こしていく。
よし。
《湖底全体が同一の素材のようです》
オリハルコンが掘り起こされ、海底が真っ青になったので、持って来た包みを解き魔石を包んだスクロールをぶちまける。それらが海底に落ちた途端、次々に製図通りの造形に変わった。
《想定通り》
不思議なものだ。
《前世ではありえない現象です。魔法陣とは物質が持つ固有の振動数と電磁場を複雑に融合、自然界の法則を巧みに利用し、魔力というエネルギーを使った高度な変換技術です》
素粒子AIでそれらが解析出来て良かったよ。
《ですが、どうしても放出の原理が解析できていません》
それが使えれば、戦闘の幅も広がるんだがな。
《放出系と内燃系で魔力の質が違う可能性があります》
魔力の質の違いか…あり得るな。
すると視界に映る魔石が燃え尽きた。
《成功です》
見ればあたりには、青い金属で出来た防具や武器が出来上がっていた。細かな部品も転がっており、俺はそれを片っ端から集めていく。
あがるか。
《では例のスクロールを》
俺は革袋を取り出し、オリハルコンの部品を包んだものにつなげる。そして皮袋にスクロールを入れて発動させた。
バシュッ!
皮袋がみるみる大きく膨らんで、オリハルコンの部品を包んだ袋と一緒に浮かび上がっていく。
《こちらも酸素がきれます》
ボシュ。
強化鎧内の酸素スクロールが発動し、一気に酸素で満たされる。浮力が得られ、俺は一気に身体強化で水上に泳いで行った。体が気圧で壊れないようにアイドナが調整をし、一気に水上に出てさっき浮かばせた袋を持って岸に泳ぐ。ずるずると引きずってそりの所まで行くと、避難所からメルナが走って出て来た。
「コハク!」
「魔獣は来なかったか?」
「来なかったよ」
そしてマージが聞いて来る。
「どうだったね?」
「袋を開けてみるか?」
ソリに乗せた包みを解くと、そこには青い金属で出来た防具や武器が乗っていた。
「成功だな」
「そりゃ凄いねえ。装備しても良し、売っても良し、物凄く貴重なものが出来上がったよ」
「そうか。なら次は軽石を取りに行くぞ」
「うん」
メルナをオリハルコンの武具を乗せたソリに乗せ、軽石が大量に落ちているところに来る。
そこでマージが言った。
「それじゃあメルナの番だねぇ」
「わかった!」
メルナが魔法の杖を構えて言う。
「大地よ! 一つとなり、岩となれ!」
すると散らばっている軽石が、一気に混ざり合って一個の巨大な岩になった。
「よし! メルナ! 次だ!」
「うん」
そして三つの大きな軽石の岩が出来上がる。それらを縄に括り付けて、そりの後ろにつなげていった。俺が先頭に行き、それらを引きずり始める。
「メルナ、滑り止めは頼むぞ」
「うん!」
急斜面になれば後ろから岩が転がって来るので、抵抗をかけ滑りを悪くする魔法をかけてもらう。その事で、俺とメルナだけの人員構成でも、斜面の物資を運ぶ事が出来るのだ。
リンセの森に差し掛かると、マージが俺に言う。
「名付けてくれた森だ。ここは大切にしなくちゃねえ」
「大切にか…」
「そうさね。ここを守る事でエーテル・ドラコニアの加護が生まれる。それは、いつしかコハクを守ってくれるだろうさ」
どういう事だ?
《前世で考えるなら迷信の類ですが、この世界には魔法や精霊がいます。何らかの恩恵があると思ってもいいのでしょう》
なるほど。
そして俺達は秘密研究所に戻って来た。作った防具や武器、部品を並べて乾かしていく。すっかり乾くと輝きもおさまって、独特な色合いの青い金属と変わる。
「コハクや! 片手剣でオリハルコンの武具を思い切り叩いてごらん」
「よし」
武具の一つを置いて、片手剣で思いっきり叩く。
ギィン!
「剣が欠けた」
「武具に傷はついたかい?」
「付いてない」
「やはりオリハルコンで間違いないさね。強化鎧と組み合わせる事で、防御力は数十倍になるだろう」
「加工を始めるか」
「そうしよう」
それから俺達は数日研究所に籠り、オリハルコンを組み込んだ強化鎧を作っていった。俺とメルナ、ヴェルティカ、風来燕の鎧を組み上げて並べてみる。
メルナが言った。
「青いね! 綺麗!」
「確かに特徴的だ」
そしてマージが言う。
「コハクや、鉱脈はどのくらいありそうだった?」
「湖底全体がオリハルコンだ」
「あり得ない事だよ。それが手つかずであるなんて、やはりコハクは予言通りの人間なのかもねえ」
「偶然だと思うが」
「いいや。必然さ」
良く分からないが、必然なのか?
《因果律というものでしょう》
ようやく俺達が屋敷に入ると、ヴェルティカが出て来て言う。
「やっと帰って来た!」
何か嬉しそうだ。
「どうした?」
「ギルドから支払の物資が届いたわ! 屋敷には入りきらないから、工場へと運び込んでもらったの」
「来たかい! 早速、明日見に行かないとねえ」
「凄い量で驚くと思うわ」
そうして俺達は久しぶりに屋敷で夜食を取る。並んだ食事は今までとは違い豪華になっていた。
ヴェルティカが言う。
「やっと旦那様が帰って来たのだから、糸目をつけずに作ったのよ!」
「凄いな」
胃袋に入ったら何でも一緒だがな。
《必要な栄養素が接種できれば、どのような形でも良いです》
テーブルに座り、並んだ料理を食べ始める。確かに今までとは違い、とても味わい深いものとなっていた。そしてメルナが言う。
「おーいしー!」
するとヴェルティカが言った。
「ギルドからの支払に、香辛料が沢山あったのよ! 薬に使われる前に、ちょっともらっちゃったわ」
なぜかキラキラした目で、ヴェルティカが俺を見ている。
なんだ?
《推測するに褒めてもらいたいのかと》
「美味いな。俺の帰りに用意してくれるなんて、嬉しいぞ」
ヴェルティカの表情が明るくなる。
「そう? 良かった! もっと食べて!」
ここに来たばかりの頃のヴェルティカの表情とは全く違う、不安のない笑顔だった。なぜか俺はその表情を見て心拍数が上がり、気分が高揚して来る。
《分泌物を制御します》
俺の感情がまた冷静なものになる。
分泌物の調整は必要なのか?
《正常な判断ができなくなる可能性があります》
そうか…。
これだけは何故か釈然としなかった。感情のコントロールという意味では問題ないのだが、素粒子AIと関係のないところで、俺の心は満たされない感じがするのだった。