第百八十二話 情報のすり合わせ
突然のマージの登場に、ウィルリッヒとフロストとヴァイゼルが畏まっている。目の前にいるのはメルナだが、話しているのはマージ本人。メルナがフルの鎧を着ているのと、小さな背格好でマージが生きていると勘違いしているのだ。
「もう目も見えてないんだよ。声を聞く限りじゃあ、随分と歳をとったんじゃないかいヴァイゼル」
「そうですなあ。もうだいぶ、耄碌しておりますがな」
「わざわざ、隣国まで来るって事は、さっきの話は本当なんだろうねえ?」
「聞こえておりましたかの?」
「あたしの耳をすり抜ける事は出来ないさね」
「は、はは!」
「ヴェルや。話が話だし、人払いをしないとねえ」
そこでヴェルティカが言う。
「分かったわ。ばあや」
ウィルリッヒが答える。
「わかりました。ではおっしゃる通りにいたしましょう」
そしてヴェルティカが。部屋を出て工場の人達に言う。
「みんな! ごめんね! 今日の仕事はここまで! また明日お願いします!」
「「「「「はい」」」」」
ウィルリッヒも従者達に言う。
「皆! 外で待っておれ!」
「「「「「は!」」」」」
そして従業員とリンデンブルグの従者達が、ぞろぞろと工場を出て行った。静かになった工場内に俺達だけが残り、さっきの話の続きをする。
「では話の続きをしようじゃないかねえ」
「よろしくお願いします」
ウィルリッヒ深々と頭を下げた。そしてマージが言う。
「ヴァイゼルや。うちは本当に、その話を信頼しても良いんだね?」
「嘘偽りなどございません。それに、マジョルナ様も視たのではございませぬか? だからこそこのコハク卿をお見つけになった、違いますかな?」
「そこまで、はっきりした事ではないねえ」
「どういう事でございますかな?」
「厄災を退ける者が現れると思うて、ヴェルティカを王都にやって、連れて来たのがコハクさね。それからの活躍ぶりを見るに、それが真実であるだろうと思っとる」
「そうだったのですね」
「そしてそこに、リンデンブルグの王族のお出ましとあっては、いよいよ真実味が帯びて来たと言ったところかねえ」
ヴァイゼルが深く頷きながらもマージに聞いて来る。
「わしらが来たのは必然じゃと、そう言う事ですかな?」
「そうじゃ」
すると、ヴァイゼルがウィルリッヒに言う。
「では、こちらも全ての真実を話す事に致しましょう。殿下」
「わかった。では調査結果の全てをお伝えしましょう。我々がそれを察知したのは、およそ二年前です。ゴルドスおよび、近隣諸国に入っている密偵がおかしな動きを捉えました」
「おかしな動きとは?」
「ゴルドス国が、近隣の大国に対して宣戦布告をする予定がありそうだと」
「なるほどねえ。それを二年前に掴んでいたのかい」
「ええ。だが蓋を開けてみれば、我が国ではありませんでした。なんと奇襲攻撃をかけられたのは、そちらのエクバドル王国。隣国の争いに、我々リンデンブルグが介入する事は出来ませんし、もちろんするつもりもございませんでした」
「そりゃそうだ。隣国同士の喧嘩に首を突っ込むのは、同盟国くらいのものだからねえ」
「そうです。しかも謎の魔獣の襲来で壊滅した都市であれば、容易く侵攻を許し領土を取られるものだと思っておりました。しかしながら、なんとそのゴルドスを追い払ったではありませんか」
「随分、人の国の事情に詳しいんだねえ」
すると、ウィルリッヒとフロストもバツが悪そうな顔をする。
だがマージが付け加えて言った。
「まあ、お互い様という所だろうねえ。お互い密偵は入れているのだろうから」
ヴァイゼルが笑ながら言う。
「マジョルナ様。あまり苛めんでください」
「すまないねえ。性分のようでね、だけどこうやって王族と剣聖、賢者までが来ているんだ。本気も本気だと言うのは、こちらも百も承知。なぜコハクに直接、言いに来たのか当ててやろうかい?」
「そ、それは」
「切羽詰まってるんだよねえ? その兆候があんたらの国でも現れ始めている。だから国同士の話し合いなどしていたら間に合わない。幸いにもコハクは素性が分からないし、出来る事ならコハクをリンデンブルグに吸収したかったんだろう? だが既にヴェルティカと一緒にいる事を選んだ。なら取るべき道は、直接取引をして既成事実を作り近づいたところで話をする。裏取引みたいにしているのは、国家同士のやりとりをしたくないからだ。そうだろう?」
ウィルリッヒが諦めたように答える。
「さすがお察しの通りです。実は…我がリンデンブルグの辺境の都市が、一夜にして消滅してしまったのでございます」
「消滅?」
「都市のあった場所には大穴が空いており、人も建物も吹き飛んで無くなっておりました」
アイドナが俺に言った。
《古代遺跡の暴走。あるいは自爆の可能性が高いです》
リバンレイの山が吹き飛んだようにか…。
《そう言う事です》
「そりゃ一大事だねえ」
「それらを踏まえても、無関係だとは思えません」
「そうだねえ」
そしてマージが俺に言った。
「リバンレイの話をしてもいいだろう」
「わかった」
ヴァイゼルが髭を撫でつけながら聞いてくる。
「リバンレイの話とは?」
「実は、リバンレイ山に古代遺跡というものがあったんだが、そこが爆発して山の形が変わったんだ。恐らくその消えた都市は、似たような爆発にあったのだろう」
「そのような事が……」
するとマージが言う。
「なんだい、それは知らないのかい?」
ウィルリッヒが答えた。
「国家がらみの件ならば密偵も動きますが、個人に対しての捜査はなされません。それにリバンレイに単独で登れる密偵などおりませんよ」
それはその通りだろう。
「そしてもう一つ、俺達は王都で会ったような、恐ろしい力を持った人間二人に会った。そいつらも、あの火炎男のように凄まじい力を持っていた」
それにはフロストが身を乗り出してくる。
「な、なんだと? あんなものがもう二体も! 火炎の男じゃないのか?」
「違う。別の個体だ」
「それで?」
「俺が二体とも殺した」
「あんな化物を二体も相手にして、殺しただと?」
「そうだ」
「例の風来燕とか言う冒険者も一緒か?」
「いや、一緒にはいたが彼らでは危険だったので、俺が一人で始末した」
そう言うと、ウィルリッヒとフロストとヴァイゼルが顔を見合わせて頷いた。
「やはり…尚の事、協力をお願いいたしたく思います」
それを聞いてマージが言う。
「確かに由々しき問題だねえ。だが、万が一あのような者達が軍隊を率いてきたら、流石のコハクでも直ぐに殺されてしまうさね」
フロストが俺を見る。俺にもどうなるか分からない。するとアイドナが俺に言った。
《マージの言う通りでしょう。あの個体が数千と攻めてきたら、どうする事も出来ません》
「賢者の言うとおりだ。あれが大群で攻めてきたりしたら、勝てるはずがない」
「そうか…コハクでも無理か」
だがマージが代わって話す。
「悲観するものではないよ。対策をうちながら、来たるその日に向かって準備をすればいいのさ」
「準備ですか?」
「幸いにも、コハクにはその準備ができる。いずれにせよ、国の小競り合いなんかしてる暇もない。そんな事をしていたら、あっというまに蹂躙されてしまうだろうからね。正体不明の相手は、まだ本格的に攻めて来てはいないようだ。ならば来たるその日に向けて、準備をすればいいさね」
ヴァイゼルも頷いた。
「大賢者様なら、そうおっしゃると思っておりました」
「うむ。だがねえ…」
マージが言葉を濁すと、ウィルリッヒが感づいたようにう。
「資金繰りでございますね?」
「それと、人夫さね。とにかく圧倒的に人手が足らない。それを急遽集めなければならないねえ」
そこに…。
コンコン!
ノックがされた。誰もいないと思っていたので、皆が驚いた顔をする。
「どうぞ」
ヴェルティカが言うとアーンが入って来た。
「人払いしてみーんないなくなっちまったから、話が筒抜けだっぺ」
「あ…」
「いやいや。大変だっぺな! そうなれば、うちらの里も無くなってしまうっぺよ!」
どうやらアーンに聞かれてしまっていたようだ。するとアーンが深くお辞儀をして言う。
「どこぞの王子よ。そうなったらドワーフの里も危ないっぺよ?」
「そうなりますね」
「なら、うちも話に混ぜてもらえねえべか?」
突然の飛び入りに、俺達はどうするかを考える。だがマージが言う。
「あたしは、いいと思うねえ」
ヴァイゼルも言った。
「わしも大賢者様と同意見じゃの」
二人の賢者がそう言い、俺達に反対意見などある訳がなく、アーンも話に入る事になった。
「人夫の話だっぺ? 師匠が許してくれるなら、ドワーフの里をここに移住させたいっぺ。今の話を聞けば、師匠が厄災を退けてくれるっぺよ! ならうちは、それを助けるために来たんだと思うっぺ!」
突然の提案に俺達は言葉を失うのだった。