第百八十一話 リンデンブルグ帝国の真意
リンデンブルグの賢者ヴァイゼルは、どうしても俺に興味があるらしく、いろいろ質問をしてくる。
「魔法が使えないと?」
「身体強化しか出来ん」
「そんなに膨大な魔力量で…かい?」
「俺の魔力量が見えるのか?」
「ふむ。鑑定眼のスキルをもっているからのう」
どうやらヴァイゼルも、アイドナのように何かが見えているらしい。
《どの程度の詳細でしょうか?》
「どこまで見えるんだい?」
「魔力の大きさじゃよ。そこなヴェルティカ様も、メルナ嬢にも見えるのう。もっと大きいのが天工鍛冶師様じゃな。じゃがそれらとは、比べ物にならんほどの魔力がコハク卿に見えておる」
「魔力の大きさか…」
「といった方が、分かりやすいじゃろうと思う」
「そうか」
「魔法を習ってこなんだかの?」
「習ってない。出し方も知らない」
「まあ、ここまで大人になれば、手遅れかもしれんがのう。幼き時に体で覚えねばイカン」
「そうか」
そこでウィルリッヒが言う。
「さて、話は尽きないだろうが、契約の話もしたいんだ」
「うむ」
ヴェルティカが、工場の管理の為に置いているメイドに言う。
「お客様と商談をします。お茶の準備を」
「はい」
商談室に入り、ウィルリッヒとヴァイゼルが対面に座る。後ろにはフロストと従者が控えており、ウィルリッヒは自分の従者に向かって言う。
「代金を」
「は!」
そして俺達に向かって言った。
「さて、代金の支払と、次の契約のお話をしましょう」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」
約束通りに残り半分の代金が支払われた。それを確認しヴェルティカが俺に言う。
「旦那様。サインを」
「ああ」
俺が覚えたこの国の言葉で、受け取り書にサインをした。そしてウィルリッヒが新しい依頼書を出して、テーブルの上に広げる。そこには、また物品を購入する旨が書かれていた。
「また、こんなに買ってくださるのですか?」
「ええ奥様。わが国ではかなり評判がいいのです。そして前金でまた半分を置いて行きます」
「ありがとうございます」
金が積まれ、ウィルリッヒが前のめりになって言った。
「実はここからは、書面では残せないお話なのですが」
やはりきた。
「では…」
ウィルリッヒの雰囲気に、ヴェルティカが反応し使用人に目配せをして、部屋から出て行くように言う。同じように、ウィルリッヒも従者達に部屋を出るように言った。
俺とヴェルティカ、ウィルリッヒとフロスト、そしてヴァイゼルの五人が部屋に残る。
「ここからが、本題という事でよろしかったでしょうか?」
「ええ」
「では、お伺いしましょう」
まあそうだろう。
これはマージとヴェルティカとも話していた事で、大国がただ買い物をしに来る訳はないだろうという話だ。しかもわざわざ王子がやってくるなど、真意は他にあると見て間違いない。俺達の信用を勝ち取る意味でも、商売の取引をして既成事実を作ってから、という事にしたのだろうと推測している。
「パルダーシュと王都の事件は、私達も良く知っております。魔獣が突然現れて、都市を襲撃するなどあり得ない事です。以前も話したと思いますが、それらは他国が糸を引いている可能性が高いです」
「ゴルドスですか?」
「いえ。あれは先兵でしょう」
「ゴルドスが先兵ですって? ではどこです?」
「恐らく聞き覚えは無いと思います」
「聞き覚えが無い?」
ウィルリッヒは神妙な面持ちになった。
「ギアノスといいます」
「聞いた事はないです」
「そうだと思います。実はゴルドスという名前も、ギアノスという名前も共通点があります」
「どんな?」
そこでウィルリッヒがくるりと横を見て、ヴァイゼルに説明を求める。
「ふむ。それらの名は古代文明に影響があるらしいのですじゃ。名前ができる由来が似たようなものでのう、その国の役割に根ざしたものらしいのです」
「役割に根ざしたもの?」
「そうじゃ。ゴルドスという国では、金が良く取れたそうなのじゃ。それでゴルドスとなった」
「ギアノスというのは?」
「調べたところによると、何かを作っている国だったらしいのじゃ」
「不思議な名前ですものね?」
「ふむ」
そこで俺が聞く。
「ギアノスという国は何処にある?」
「海の向こうじゃな」
「海の向こう?」
「どうやら渡って来たらしいのじゃ」
「船でか」
すると皆がこちらを向いた。俺はおかしなことを言ったのだろうか?
「何かを知っとるのか?」
「いや。海を渡って来たというのなら、船を使ったのだろうと思ったのだ」
それを聞いてウィルリッヒが頷く。
「やはり…」
「やはり?」
「もしかしたら、コハクは海を越えて来たんじゃないか? と言う話になっている」
《どうやら文明的に、海を越えて違う大陸に行くことがなさそうです》
しまった。
「他の大陸はあるのじゃが、そんなに簡単には行き来出来んのじゃ」
「それが渡って来たという事か?」
「そうじゃと思う。定かではないがの」
「なるほど」
そしてウィルリッヒが言う。
「万が一そうだとすれば、我々よりも優れた文明があるという事だ」
「確かに、そうなるな」
「私達はコハク卿がそこから来たんじゃないかと思っていた」
「違うはずだ。全く覚えがない」
「そうですか」
ウィルリッヒは少し沈黙し、話を続けた。
「万が一、彼らが攻め込んで来たら、このあたりの国は一気に蹂躙されてしまうでしょう。そう思っていた矢先の、貴国のパルダーシュや王都の事件。あんなことが我が国で起きたら、恐らくなすすべもなく滅びてしまう」
そこでフロストが言った。
「闘技場で見た。あの火炎の男、あれは体を斬られても生きていた。人の言葉を話す魔獣などではなく、あれは多分他の国からきたものだろうと思うのだ。きっとあれに対応できる力は、我々にない。そう思っていたが、コハクはいとも簡単に斬って捨てた」
見えて来たな。
《はい》
そしてウィルリッヒが言う。
「コハク卿は、あの暴挙を防ぎました。我々は、たまたまそれを知る事となった」
「そう言う事か」
リンデンブルグ帝国が、俺達に接触を図ってきた理由がようやくわかった。
「どうか…いずれ来る未知の国の侵略から、私達を守って下さらないだろうか?」
あまりの事に、俺もヴェルティカも唖然としている。
だが…そこに。
鎧をフル装備したメルナが入って来た。そして仕込まれているマージが言う。
「久しいねえ。ヴァイゼル」
「はっ? ま、マジョルナ大賢者様?」
「おや、声を覚えていたかい?」
「何故に、そのような鎧姿で?」
「パルダーシュの襲撃で、酷い怪我を負ってしまってねえ。このような姿での無礼をご容赦いただけないかねえ」
するとヴァイゼルだけでは無く、ウィルリッヒとフロストもメルナに頭を下げていた。どうやらマージはそれだけの人物らしく、俺にはメルナの焦る雰囲気だけが伝わってくるのだった。