第百七十九話 活躍の報酬と進化した工場
シュトローマン伯爵領のギルドに戻り、ギルドマスターに今回の調査結果を報告していた。
「ていうか、それを二日で行って来たのが信じられん。通算で五日程度しかかかってないんだぞ」
ギルドマスターの言葉にボルトが答える。
「だから各階層の魔獣はほとんど討伐できていないし、十階層以上はぬしみたいな魔獣だらけで、単独パーティーではどうしようも無かった」
「いや。十九階層まで二日で行って戻って来るなんて、Sランクパーティーでも無理だろう。それにあんな所にそんな深いダンジョンがあったなんて、今まで全く知られてなかった。そこで地龍を討伐して来たというのだから、やはり神殺しの二つ名は伊達じゃない」
「走ったからな。とにかく走った」
「いやいや。走ってダンジョンに潜る奴らなんかいない」
「まあ、それがうちのスタイルだから」
「だから風来燕。燕のような速さでって事か?」
「えっと、それは違うような…気がする。とにかく依頼はこなした! だが最奥の地龍を討伐したからと言って、あのダンジョンには気軽に潜らない方が良い。無駄に冒険者が死ぬ恐れがある」
「分かった。危険区域に指定するとしよう」
「そうしてくれ」
そしてギルドマスターは、ドサリと三つほどの麻袋をテーブルに置いた。
「報酬だ。全て金貨が入っている。地龍を討伐したとなれば、この倍を払わねばならんが、今のところギルドにはこれしか現金がない」
そこで俺が言う。
「他は、魔石と薬の素材で支払ってもらって構わんが?」
「本当ですか? 男爵殿」
「どちらかというと魔石や薬の素材がいる。残りは、魔石と素材で支払ってくれ。後日男爵領に持ってきてくれればいい。あの地龍の討伐素材は置いて行くが、魔石は全て我が男爵領で貰っていく」
「わかりました。それではそのようにさせていただきます。目録を用意させますので、少々お待ちいただけますでしょうか?」
「かまわん」
ギルドマスターが、事務官をよび報酬に換算した魔石と薬草の目録を書くように言った。
そしてギルドマスターが言う。
「しかし。本当に良く生き延びて来た。単独パーティーでの地龍討伐など聞いた事がない」
「幸運だったんだ。こちらの攻撃が上手く急所にあたったらしくてな」
「いや。間違いなく実力だろう。幸運で十九階層に潜って、地龍を討伐されたんじゃかなわん」
「俺達が出来たからと言って、他の冒険者が真似をすると間違いなく死ぬと思う」
「そりゃそうだろう! 冒険者にはきっちりと共有しておく」
「よろしく頼む」
そしてギルド員が目録を書いて来て、俺達はその書簡と金貨が詰まった麻袋を三つもらい、ギルドマスターの部屋を出る。まだ一緒に潜った冒険者達が残っており、俺達が出てくるのを待ってたようだ。
「「「「「「おおおおおおお!」」」」」」
歓声が上がり、皆から声をかけられた。それだけの偉業を成し遂げたらしい。王都の魔獣達に比べればどうという事は無かったが、ここの冒険者達にとっては神業のように思われているようだった。
ボルトが冒険者に言う。
「うちらはしばらく依頼は受けねえと思う。それとあのダンジョンは二、三階層でやってた方がリスクがねえ。オーガの群れやスケルトンナイトの群れはごめんだろ? あと十階層以上潜れば、すぐに主級に殺されちまうと思うぜ」
すると今回、冒険者のまとめ役をやった、Bランク冒険者のリーダーが言う。
「それだけでも分れば全く違うぜ。得体のしれないダンジョンに潜るよりは、ある程度の情報があった方がありがたいからな。目安は十階層という事が分かっただけでもありがたい」
「まあ八階層あたりまでは、マップを書いてギルドに置いておく。後日、届けさせるようにするから待っててくれ」
「ありがたい」
そうして俺達は、外に待たせていた馬車に大量の魔石と、もらった金を積んで乗り込んだ。
馬車が出発すると、マージがしゃべった。
「地龍は、全部持って帰りたかったけどねえ」
「まあ証拠は残さないとダメですからね」
「だよねえ」
だが俺は非常に満足していた。巨大魔石を八個と特大魔石を一個、細かい魔石を大量に確保できたからだ。これでようやく秘密工場と、オリハルコンの採掘に着手出来る。
俺達が一日かけて男爵領に戻り、最初に工場に立ち寄る事にした。
「コハク! お帰りなさい!」
「おかえり!」
ヴェルティカとメルナが、工場から飛び出して来た。何故か物凄く嬉しそうな顔をしており、俺は何事かと聞いてみる。
「工場の様子はどうだ?」
「きてきて!」
俺が二人に手を引かれて、工場に入っていくと直ぐに分かった。
「なんだこれは?」
「でしょ!」
そこには、山積みになったリンセコートと特性石鹸が置いてあったのだった。
「こんなに作ったのか!」
「それが…」
するとそこに、天工鍛冶師のアーンがやって来た。
「あっ! 師匠! 帰ったっぺか!」
「ああ」
「どうだっぺ!」
どうと言われても、何事か分からない。それで俺達はひとまず、工場の端に設けられた食堂に行って話を聞く事にした。
三人の話をまとめると、どうやらアーンが製造工程の見直しをし製造員に作り方を伝授したら、ものすごく効率が上がったらしい。それと教え方が良かったのか、評判を呼んで従業員が二倍になったそうだ。
ヴェルティカがいう。
「アーンは凄いのよ。領民のほとんどは字も読めないのだけど、字が読めなくても誰でもできるようにしたの。それに製造魔法があるから、あっという間に仕上がっちゃうの」
そしてメルナも言った。
「わたしも魔法を教えてもらった!」
そこで俺が聞く。
「そんな簡単に教えてもらっていいものなのか?」
「当たり前だっぺ。あの魔導鎧の魔法陣をかける師匠がいるのに、うちが出し惜しみしてる場合じゃないっぺ」
《嘘ではありません。これは本心で言っているようです》
本心か。
《それほど、こちらで開発した魔法陣に驚いたのでしょう》
それを教えてもらう為なら、自分の知識などどうという事は無いと?
《そうです》
なるほど。
《この鍛冶師は、まだ使えます。丸めこんでください》
「よし! よくやったであるな! だがまだまだ、こんなもんじゃダメだ!」
「コハク?」
俺の言いざまにヴェルティカがキョトンとしている。
「工場はこの三倍の生産量にする必要がある!」
するとそれがアーンに火をつけたようだ。
「分かったっぺ! 三倍にしたらいいんだっぺな!」
「そうだ! 工場を三棟建てられるまで頑張ったら教えてやる!」
「おお! そいつはありがたいっぺ! なら頑張るしかねえ!」
ずいぶんアバウトな約束で納得するんだな。
《それがノントリートメントの特徴です。ゴールがあるような、形が見えているような約束ですが、工場を三棟建てるというのはこちらの匙加減ですから》
こっちが全てコントロールしてる事に気が付いてないのか?
《前世とは違って、素粒子AIによるネットワーク共有がかけられていませんから分からないのです》
なるほどな。
「じゃあ引き続き頼む」
「わかったっぺ!」
そして工場を後にした俺達は、回収して来た魔石を全て秘密研究所に入れた。しばらくすると、工場が終わったヴェルティカ達が戻ってきてアーンを連れ帰って来る。
そしてヴェルティカはすぐに、リンデンブルグへ納品予定の数量が出来た事を、報告する書簡をしたためるという。そこで俺がヴェルティカに言った。
「その前にヴェルティカに渡す物がある」
「なにかしら?」
「これだ」
俺は金貨の入った三つの麻袋をテーブルの上に置いた。
「あ、報酬?」
「見てみてくれ」
ヴェルティカがひも解いて、目がキラキラし始める。
「これ…全部金貨?」
「そうだ。残りの目録はこれだ」
ギルドから預かって来た目録をヴェルティカに渡す。
「凄い…こんなに大量の魔石と素材が貰えるの?」
「それだけの事をやったらしい」
「峠にそんな凄い魔獣が居たの?」
するとマージが言う。
「地龍だよ。龍が居たのさね」
「うそ…そんなところに?」
「そうだよ。後は寝室でコハクに聞きな」
「わかった。じゃあ、まずは夜ご飯にしましょうか」
そして使用人たちが食事を用意し、俺は久しぶりに家で晩御飯を食った。この事によって、いきなり軌道に乗った男爵領の資金繰りは、あっという間にシュトローマン伯爵領を凌駕していくのだった。