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第百七十四話 天工鍛冶師の対応とギルドの依頼

 やって来た天工鍛冶師アーンは、四六時中、魔法陣や強化鎧の作り方ばかり聞いて来た。だが目下、俺達の男爵領では、旧バージョンの強化鎧製造は優先順位が低い。その事について困った俺は、ヴェルティカと話し合った。


「どうしようかヴェルティカ。秘密の研究所へ連れてはいけない」


「確かにそうね。我が領の、虎の子を見せるわけにはいかないわ」


「しかし。この寝室以外は何処にでもついて来るんだ」


「そうなのね……。妻の私ですらそんなに一緒にいないのに」


「方策はないだろうか?」


 するとヴェルティカがしばらく黙って考え、何かを思いついたように言う。


「避けていてはだめね。まずは話を聞くべきじゃないかしら、その間に私とマージで考えるわ」


「なるほど」


《コミュニケーションを取り打開策を練るのは有効》


 わかった。


 それからヴェルティカとマージは策を練るのだった。


 次の日の朝、俺が庭に出て剣を振るっていると、早速アーンが起きて来て俺に話しかける。


「師匠。おはようございます」


「おはよう」

 

 構わず剣を振っていると、アーンは座ってしばらくそれを眺めていた。


 たぶん、これが終わると話しかけてくるな。


《それでは、良く話を聞く事にしましょう。あとはヴェルティカの言った通りに》


 よし。


 俺が剣を振るのをやめ、井戸に行って水を汲んで飲む。すると案の定、アーンが俺の側に寄ってきて話しかけて来た。


「あのー。いつになったら魔導鎧の事を教えてもらえるだっぺか?」


「アーンは魔導鎧の事を知ったらどうするつもりだ?」


「それは、究極の防具を作るっぺよ」


「作ってどうする?」


「どうもしねえぺした」


「どうもしない?」


「ただ、うちは究極の防具を作るっぺ。必用な者がそれを着て、うちは、また究極の防具を作るだ」


「究極の防具を作る事が目的?」


「そうだっぺ! それ以外に何があるっぺか?」


「王に言われたからか?」


「王様は教えてくれただけで、うちはそれを作りたいと思っただけだっぺよ」


「王様が教えてくれた……。作ってくれと言われなかったか?」


「言ってたけんど、いつになっか分からねって言ったっぺ。しばらくは王城で飲み食いしてたんだけど、なんか困った顔してどうしたら良いっ? て言われたから、とりあえずあの鎧を作った人に会わせてくれっていったんだべした」


「天工鍛冶師は他にもいるのか?」


「ほかのドワーフの里にもいっかもしんねえけんど、うちの居た里にはうちだけだっぺ」


「天工鍛冶師というのは何か力があるのか?」


「もの作りが上手いっぺよ。天性だっぺ」


「天性?」


「天に授けられた力だっぺ」


「なるほど。究極の防具が作れた後はどうする?」


「わからねえっぺ。その時はそのときだっぺ」


「来たのはあんただけだが、そのうち他の天工鍛冶師はくるだろうか?」


「王様は皆断られたって言ってたっぺ」


「なんでだ?」


「そりゃ得意分野があるからだっぺ。それか興味があるかなしかだっぺよ」


「興味……」


「うちだけがあったって感じだっぺか?」


 なるほど。


《後続が無いと分れば、ヴェルティカと決めていた話を進めましょう》


 わかった。


「ドワーフの社会がどんなものかは知らんが、ここでのしきたりは違うものである」


「しきたりだっぺか?」


「そうだ。我が男爵領では、直ぐには教えないのである」


「な、なんか、話方が変わったっぺか?」


「継承する時は、非常に厳しい試験があるのである」


「わかったっぺ! 教えてもらえるなら、なんでもやるっぺ!」


「うむ。我々の領はその辺り厳しいのである」


「どうすればいいっぺか?」


 このはなしかたでいいのか?


《大丈夫です。相手はのまれています》


 面白いものだな。


《続けてください》


 アーンは俺の言葉を待っているようだ。そこであらかじめ決めていた事を言う。


「まずは、工場でいろいろとやってもらうのである!」


「わかったっぺ!」


「やる事はいろいろあるし、下働きは長いぞ!」


「うちらは人間達より長ーく生きるっぺ。だから人間の長いはうちらには大したことねぇ」


「二言は無いな?」


「本当に教えてくれるんだっぺな?」


「もちろんである!」


「約束だっぺ」


 そして俺はヴェルティカが書いてくれていた、書類をアーンに差し出した。


「この契約書に署名をするがよい!」


「分かったっぺ!」


 そしてアーンは、ろくすっぽ読まずに契約書にサインをした。


「読まなくて良かったのか?」


「面倒だっぺ」


「なら成立だ」


 コンコン。


 タイミングよくそこにヴェルティカが入って来た。もともと、廊下の外で待っていたのだが、契約のタイミングで入って来たのだ。


「では契約書をお見せください」


 俺がヴェルティカに渡す。するとヴェルティカが言う。


「では天工鍛冶師のアーンよ! 要約して読み上げます。ひとつ! 領主の許可なく好き勝手に領内を歩かない! ひとつ! 領主様と一緒にいるのは許された時だけ! ひとつ! 工場の運営に際し、順調に稼働するまで製造のアドバイスと改善をする事! ひとつ! 工場が軌道にのるまで製造者の指導をする事! ひとつ! 当家が支払う賃金でやりくりをする事! 以上の五か条を守っていただきます! さすれば領主様より、魔導鎧についてのご指導がある事でしょう!」


「うっ……こまごまと書いてあるから分からなかったっぺ。そんな事が書いてあるっぺか?」


「契約を違えば、魔導鎧のカラクリは闇の中……」


「わかったっぺ! やらせてもらうっぺ!」


「よろしくおねがいします」


 ヴェルティカがにんまりと笑って、手を差し伸べると、アーンはその手を取って握手をした。ヴェルティカが言っていたのは、アーンの感じからして細々と書かれた契約書は読まないだろうという事。人より時間が沢山ある分、自分の得意分野以外はおおざっぱだろうと言っていた。


 そのとおりだった。


《流石は辺境伯令嬢と賢者。この世界のノントリートメントの性質を良く理解しています》


 あの二人はいつも、相手が従わざるを得ない状況にするのが上手い。


《ノントリートメントの駆け引きは、着々とデータに加算されています》


 するとヴェルティカが、アーンに向かってニッコリ笑い言う。


「では早速、本日から工場へと一緒に行っていただきます。領主様の許可が下りるまでよろしくお願いしますわ。忙しい領主様は本日より出かけるのですから、妻である私の指示を聞いていただきます」


「わかったっぺ! ドワーフに二言はないっぺ!」


 そう言ってヴェルティカとアーンが部屋を出て行った。すれ違いでメルナが入ってきて、手に持っている魔導書のマージが言う。


「面白いことになってきたねえ」


「これを考えたのは、マージとヴェルティカだ」


「そりゃあ、鴨が葱を背負って来たんだからねえ、それを利用しない手はないさね。それよりも、今日からあたしはコハクと動く事にする。メルナには石鹸の作り方を教えてあるから、それをあのドワーフにメルナが伝えればいいさね」


「うん」


 そしてメルナは、ヴェルティカを追いかけて部屋を出て行った。


「それじゃあ、研究に必要なものを回収しに行こうかねえ。ギルドからようやく依頼が届いたからね」


「ああ」


「ヴェルティカにまかせて、あのドワーフが信頼に足るものなのかを見極めなければならないしねえ」


「確かにそうだな。俺達の研究が外に出てしまうのはまずい」


「だがね。あれが信頼するに足るものだと分ったら、これは凄い力になるさね」


「信頼できるだろうか?」


「ドワーフは正直者が多い。だから直ぐにわかるだろうさ」


「わかった」


 言ってみれば試用期間のようなものである。信頼出来れば強化鎧の魔法陣を教え、信頼出来なければいつまでも下働きをさせる。マージもその昔弟子を取った事があるので、こう言う事は当然やる事なのだそうだ。


「じゃあ、俺達は俺達の仕事をするか」


「うむ。そうしてもらおうかねえ」


 俺がマージの入ったバッグを持って屋敷を出て行くと、ボルトとガロロが手合わせをしていた。それは既に日課に組み込まれており、俺が指導した通りの事をやっているのだ。


「おう。ドワーフの彼女はどうするんだ?」


「大丈夫だ。工場をみてもらう事になった」


「なんだ。そんなに簡単に了承してくれたのか?」


「そうだな。そのあたりは、ヴェルティカがやってくれた」


「流石は奥方様」


「任せて安心だ」


 今日の風来燕はフル装備で、既に荷馬車に新型強化鎧を積み込んである。何故武装をしているのかというと、ギルドからダンジョン攻略の依頼書が届いていたからだ。伯爵領のギルドで、ずっと滞っていた依頼を受ける事になった。それで風来燕もテンションが上がり、朝から準備に取り組んでいたのだ。


「ひっさびさのダンジョンだ。魔獣を狩りまくってギルドの仕事を楽にしてやっかな!」


「そうよね」


「まじで久しぶりだなあ! ボルト。大型の奴らを狩って素材と金を稼ぐぞ!」


「ああベントゥラ! 依頼金と合わせて一石二鳥だな!」


 そして俺は風来燕のガロロの代わりに、パーティーに入り前衛として働く事になる。


《新強化鎧の正式な実用耐久試験となります》


 ダンジョンとやらに、どんな魔獣が居るかは分からんがな。


《出来れば、王都かリバンレイ山に出た程度の個体に遭遇できればいいのですが》


 ダンジョンというものが、どういうものか分からん。


《それは風来燕と賢者が知っています》


 そうだな。


 そうして俺達は、馬車で伯爵領のギルドに向かうのだった。

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