第百六十六話 辺境伯令嬢本領発揮
ヴェルティカはとてもしたたかだった。もちろんギルドのルールにのっとってはいるが、神殺しの風来燕が依頼を受ける時は、通常考えられる三倍の報奨金をふっかけたのだ。
「さ、三倍ですと!」
「あ。もし風来燕を使いたいのならでございますわ。もちろん使わなければ良い事です」
「し、しかし…うちのような田舎ギルドでは、達成できない物もありますし…」
おお。迷ってる。
「良くお考え下さい。家には賢者もおりますので、依頼の相場も良く分かっていますのよ」
「わかりました。依頼者が出た時には、その内容でお伝えするようにいたしましょう」
「では。風来燕の件はこのあたりで」
「はい」
「それで、このギルドでは回復薬などは取り扱っておりますか?」
「もちろんです。冒険の必需品ですからなあ」
「それはよかった!」
そしてヴェルティカはバッグから、四本の回復薬の瓶を取り出してテーブルに並べた。
青、濃い赤、ピンク、薄いピンクの四本。
「回復薬です」
それを見てギルマスが驚いている。
「これは…こんな濃い赤の回復薬が?」
「これらはパルダーシュで作られる高級回復薬ですのよ」
「そんな都会で! こんな高価なものをどうするのです?」
「特別に当家経由で、パルダーシュから仕入れ出来ますわ」
「なんですと?」
ヴェルティカはニコニコしている。
そこでボルトが言った。
「ギルマス。この薬の効果を見た方が早いな」
「分かった」
そしてボルトはナイフを取り出し、するりと自分の手のひらを斬る。
「痛て!」
「おいおい、結構切れたぞ」
ボルトは一番薄い色の薬を開けて、手に振りかけた。
しゅうしゅう。
そして布で拭く。
「ほら」
「ほとんど消えてる! これはローポーションじゃないのか?」
「ローポーションだよ。ローポーションでこれなんだよ、濃い色と赤、そして青に向かってどんどん強くなる」
「青は見たことがない」
「こりゃ凄いぜ。欠損部分が戻る」
「嘘だろ!」
「本当だ。流石に試しは出来ねえだろうけど」
「これをパルダーシュから…」
ヴェルティカが満面の笑みを浮かべて言う。
「特別に独占で仕入れます。神殺しのルーツを知れるかもしれませんわよ」
「わかった! よろしく頼みたい!」
「契約の書面は持ってまいりましたわ」
それには回復薬の卸値と、契約詳細が記されていた。本当はこっちを話に来たのだが、神殺しのボルトに食らいついたのを利用して話を繋げたのだ。卸値はそこそこの値段だったが、神殺しの名声は伊達じゃないらしい、迷いなくサインしていた。
そして最後に言う。
「神殺しを使いたい時は、そちらから足を運んで頂戴」
「わかった!」
「あと薬を運んだりしないから、それもそちらの人員を使って取りに行って。パルダーシュの領主様には私から一筆したためます」
「了解だ。こんなに凄い薬が入れられるんなら、一日二日かけてもいく」
そしてヴェルティカがスッと立ち上がる。
「ではお願いね。これからのお付き合い楽しみにしていますわ」
「はい」
話が決まったらさっさと去る。
《これがヴェルティカの能力です》
能力?
《状況を確認して、それをより有利なように交渉する交渉術に長けています》
なるほど。でも相手がたまたま必要だったからじゃないか?
《もちろんそれもありますが、それを高値で契約させたのがヴェルティカの手腕です》
なぜそんな事が出来るようになったんだ。
《最初にあなたを買う時から発揮していました》
もとからか。
《マージでしょう。マージが仕込んだ可能性が高いです》
なるほどな。
ギルドを出る時も、冒険者達はボルト達に群がっていた。ヴェルティカがひときわ大きな声で言う。
「さて。商店と呉服屋に行かなければならないわ! 残念ながら場所が分からないけど!」
すると近くにいた冒険者パーティーが言う。
「あ! 俺が案内しますぜ!」
「いや! 俺が!」
「あたしが!」
なぜ名乗りを上げる?
《神殺しとのパイプですね。それが欲しいのです》
それを利用した?
《そのようです》
「あら、何か楽しい情報でもお聞かせ願えるのかしら?」
「もちろんでさあ」
「ではよろしくお願いいたします」
そして俺達は冒険者に連れられ、話を聞きながら商店に歩いて行く。すると冒険者から、この町には数件の商人が居て、何処で何を購入したら安いかなどの話をされる。品物の良さや、適正価格まで丁寧に教えてくれた。
商店につくとヴェルティカはそれらの情報をフルに生かし、商人と仕入れの話をして、定期的に男爵領へ売りに来てくれるように頼んだ。それもスムーズに進み、有利な条件で話が決まる。
商店を出てくるまで、風来燕達と冒険者が外で話し込んでいた。
「では。次は呉服屋をお願い」
「分かりやした。というか、ボルトに聞いたんですが、革製品作りを検討しているとか」
「そう」
「なら呉服屋より、装備屋の方がいいかもしれませんぜ。呉服屋には皮加工の技術はありやせんし、装備屋は皮の鎧も仕立やすから」
「あら。それなら装備屋さんに連れてってもらおうかしら」
「わかりやした!」
そして俺達は、冒険者に連れられて装備屋に行く。
「いらっしゃい!」
そしてヴェルティカが、装備屋に自分のつけているマフラーを外して見せた。
「おお。これは良いマフラーだねえ」
「まあ素人が作ったものなのですが」
「いや。良い仕立てだよ」
「うちの者が仕立てたのです」
「ほう。それにこの毛皮は…凄いねえ。触ってるだけでも暖かい」
「とても貴重な毛皮ですのよ。滅多に手に入らないのです」
「そいつは羨ましいな」
「ある程度、融通しましょうか?」
「本当かい!」
「そんなにお安くはありませんが」
「いや。貴族様やランクの高い冒険者もいるしね、王都に行く商人も買い付けに来るから」
「そうですか! それはよかった。ただちょっとお願いがございましてね」
「なんでしょう?」
「多少、卸売り価格を融通しますので、私達が依頼する物を作っていただきたいのです」
「何が作りたいんで?」
「マフラーではなく、富裕層向けの外套を作りたいのです」
「ほう。これで外套をですか…面白そうですな」
「それが出来た暁には、商品の卸売りの独占権をお渡しいたしますわ」
すると装備屋の目が光る。
「うちだけって事ですかい?」
「ええ。そうです」
「他に出さないという確証はあるんですかい?」
「それがこれです」
そしてヴェルティカはまた契約書を出した。
「えっ、男爵様だったんですか!」
「はい。新しく叙爵した物でございます」
「サインもなされてる。こんな契約交わした事ないですが」
「二枚ありますので、どちらにもサインをしていただけましたら、それが証拠になります。私達は貴族ですので、契約を破れば面子にかかわりますわ」
「わ、わかった」
「字は読めます?」
「申し訳ないが、こんな難しいのは読めねえな」
「では読み上げますわ」
ヴェルティカが卸金額やら契約内容を読み上げる。それに納得した装備屋はサインをして、ヴェルティカと一枚づつもった。
「それは権利書ですので無くす事の無いように」
「わかりました! よろしくお願いします」
「では。先ほども申しましたが、仕立ての道具を持って、当家に来てくださいね」
「へい!」
全ての契約が終わった。全て有利に事が運び、装備屋や商人が来た時に人員などについての相談をする予定らしい。いきなりだったので、どちらも渋ると思ったが全く問題は無さそうだ。
「では」
外に出ればもう夕方。というか一連の契約を、全て一日で終わらせたのだった。
俺達はそのままホテルに戻り一夜を過ごす。
次の日の朝一に、馬車と荷馬車をひいて商人の所に行き物資を積み込んだ。
《非常に効率がいい》
こんな感じで俺とメルナも買われたのか。
《そうです。最初はこんな若い女がといった目で見られていましたが、店を出る頃にはどこでも一目置いていたようです》
凄いものだ。交渉術か…。
《ノントリートメントの交渉術を学習しました。次からはあなたも交渉出来ます》
わかった。
伯爵領を出て街道に出ると、俺達は男爵領に向かって馬車を走らせるのだった。