第百六十二話 裏山が宝庫だった件
地道に素材を探しながら、ある程度の標高まで来た時アイドナが俺に告げる。
《魔獣を確認しました》
見ればそれは不思議な魔獣だった。
「止まれ」
俺が魔獣の居る方向を指さすと、皆は強化鎧の千里眼を使う為にマスクをかぶった。
「あれはなにかしら?」
フィラミウスの問いにベントゥラが言う。
「賢者様に聞くしかねえなあ」
「どんなやつだい?」
一番はっきりと見えている俺が答えた。
「まず見た目は猫か子ザルで触角がある。全身が光沢のある青緑のうろこで覆われていて、毛も生えているようだ。特徴的なのは羽だが、透明な蝶々のような大きな羽が生えている。薄っすら七色に輝いていて、体の周りに粒子のような物が飛び回っている」
「な、なんだって…」
「何を驚いている」
「そりゃあ…エーテル・ドラコニアだよ」
「エーテル・ドラコニア?」
「具現化した妖精の一種だがね、どうやらあたし達を見に来たんだろうね」
「どうする?」
「それには触れてはならん」
「何故だ?」
「山の守りをしているのさ。この森にリンセが繁殖しているのは、そのエーテル・ドラコニアのおかげだったんだねえ」
「そうなのか?」
「他に魔獣が居なかっただろう? だからリンセが襲われずにあんなに増えたのさね」
「エーテル・ドラコニアのおかげという事か?」
「そう言う事さ。あれが魔獣を寄せ付けないのさ」
「そんなに強いのか?」
「危険を察知すると強い超音波を出してくるさね。そして風を操り魔獣を切り刻んでしまう。小さいなりをして恐ろしい妖精さ」
「俺達を攻撃して来るんじゃないのか?」
「いいや。エーテル・ドラコニアを直接攻撃しなければしてこない。あれは別に守り神という訳でもないんだ。森が壊滅的な打撃を受けるならともかく、狩りをしたり薬草を採ったりするぐらいなら何もしてこないさね」
ボルトが聞く。
「魔除けになってると?」
「それはそうだけどね。そんな事よりももっと幸運な事さね」
「幸運ですか? どういうわけです?」
「幸運の妖精と言われているんだよ。コハクは本当についているのかもしれないねえ」
俺達がそんな事を話しているうちに、エーテル・ドラコニアはどこかに飛び去ってしまった。
「いっちまいましたぜ」
「あたしらに攻撃の意思が無いのを確認したのさね」
「なるほど」
そして俺達は再び山を登り始める。頂上付近に差し掛かると木が少なくなり、高山植物と岩肌が見え始めた。あたりを見て俺が言う。
「残念ながらダマの花は咲いてないな」
「あれは、リバンレイぐらい高い山じゃないと咲かないよ」
「そうか」
更に昇って頂上付近にやって来ると、そこにはまた珍しいものがあった。
「マージ。頂上に湖があるぞ」
「ほう。カルデラ湖があるのかい」
「どうする?」
「水辺まで降りれるかい?」
「たぶんな」
そこにソリを置き、皆がゴロゴロと岩が転がる山肌を下りていく。水辺におりて水を見ると、かなりの透明度のようだ。
《魚の反応があります》
「魚がいるようだぞ」
「魚が住み着いているのかい。あまり栄養のある水質じゃないと思うんだがねえ」
縁を見ていくと、何かが噴き出ている場所がある。そこを見てアイドナが言う。
《湧き水です。口に含んでみてください》
鎧の籠手を外して兜を脱ぎ、水を手ですくい口をつけてみる。
《飲めます》
風来燕達に言う。
「この水は飲める」
「お、飲むか! 喉が渇いていた」
そして皆が籠手を外して兜を脱ぎ、水を手ですくって飲んだ。
「冷てえ! 生き返る」
「美味しい水だわ」
「本当じゃのう」
「汲んで持って帰ろう」
それぞれが水袋にその水を汲んで背負子にしまう。
《解析結果。水質から面白いことが判明しました》
なんだ?
《不明の鉱物が湖底に存在する可能性があります》
不明の鉱物?
俺はマージに言う。
「この湖の底に、変わった金属がありそうだ。ちょっと見て来る」
「変わった金属?」
「そうだ」
風来燕達が俺に言う。
「危なくねえか?」
「魔獣が居るかもしれないわ」
「まあお主なら何とかするのかもしれんがのう」
「あんま無理はすんな」
《耐水及び潜水試験も兼ねています》
「鎧の試験をする」
それにはマージが答えた。
「なるほど。やってごらん」
兜をはめ込む前に、魔石に撒いたあるスクロールを首元から押し込む。その上から兜をはめて、完全密封の状態にした。
「じゃ、いってくる」
俺はその辺から大きな岩を拾い、そのまま水面に身を入れる。
ドプン!
岩の重みでどんどん沈んでいき、湖底に足がついた。そのまま坂を滑り落ちていく。
《やはりカルデラ湖は深いです》
更に底に向かっていくと、どんどん暗くなってくる。アイドナがガイドマーカーを表示し、周囲の地形を映し出した。
《深度百メートルを超えました。まだ下があります》
更に深くまで入っていくと、アイドナが言う。
《計算では必要酸素が無くなればスクロールが発動します》
そうか。
《深度二百メートルを超えました。ほぼ光は届きません》
真っ暗ではあるが、アイドナのガイドマーカーのおかげで不足は無かった。そのまま更に下って行くと、逆に下側から光がさして来た。
なんだ?
《光源があります》
もう少し行くか。
アイドナが三百メートル地点で言う。
《まもなく、強化鎧の限界水圧です》
その辺りの地面が光っている。俺は背中に取りつけたジェット斧をとり、その地面に向かって思いっきり振り下ろした。水中でも大きな力を発揮するらしく、地面が割れて更に青っぽい光が現れた。俺は、砕けた光る岩を拾い上げてアイドナに言う。
浮上する。
《そろそろ酸素も限界です。魔石が発動します》
ボシュゥゥゥ! と魔石の魔力でスクロールが発動し、鎧の中が酸素で満たされた。
《正常に機能しました。対応できるように体の方を調整します》
よし。
俺はそのまま浮上していき、ざぶんと水面から顔を出した。するとメルナが叫ぶ。
「コハク! 大丈夫?」
「大丈夫だ」
そして俺は鎧を外し息を吸った。
「ぷはああ」
マージが聞いて来た。
「空気はどうだった?」
「ちゃんと作動した。だが最後の方は切れたな、やはり強化鎧の容量までしか空気は出ない。それにもまして、俺以外では耐えられないかもしれない」
「そうか。改良の余地はありだね」
そしてボルトが聞いて来る。
「その光ってんのはなんだ?」
「底の方にあった」
「あ、だんだん光が消えて来た」
三十センチ四方くらいの塊が、乾いたところから光が収まっていく。
「真っ青だな」
その塊は、真っ青な金属の塊になった。俺が片手剣を抜いてそれを叩いてみる。
キーン! とした音が鳴り響いた。
「金属だな」
「そのようだ」
するとマージが驚いたように言う。
「真っ青な金属だって?」
「ああ」
「正確な色は?」
「深い青だ」
「思いっきり叩いてみておくれ」
「わかった」
俺は片手剣を引き抜き、もう一度その青い鉄の塊を強く叩く。
ガキッ!
「剣が欠けた」
「そいつは……オリハルコンかもしれないねえ」
それを聞いてベントゥラが言う。
「あの伝説の金属かい?」
「私の目が見えないから何とも言えないが、剣で傷はついたかい?」
「ついてない」
「ふむ。この事は他言無用でお願いするよ。屋敷の使用人達にも内緒にしておくことだね」
「わかった」
「わかりやした!」
そして俺達は剣を収め、その青い鉄を持って崖を昇っていく。上に置いていたソリにそれを乗せた。
《この世界に、三百メートルも潜水出来る人間が居ないのでしょう。だから、手つかずでその鉱石が残っていたのだと思われます》
これは使えるのだろうか?
《強度からしても、鉄とは比べ物にならないようですが分析が必要です》
問題は加工だろう。
《マージが何か知って居るようです》
帰ってからの確認だな。
するとマージが言う。
「他の高山植物にも使えるものはあるからねえ。皆で適当に摘んで袋に詰め込んでおくれ」
高山植物を摘んででいる時にメルナが言う。
「なんか穴だらけの軽い石があるよ!」
俺達がそこに行って見ると、白っぽい石が何処までも広がっていた。
《これは使えます。研磨剤、断熱材、化粧品にも加工出来ます》
するとマージも言う。
「それは軽石だねえ。武器や鉄を磨くのにも使えるよ。持って帰るとしよう」
俺達は高山植物と軽石を袋に詰めてソリに置き、山高くなった荷物をローブで縛り動かなくした。
ボルトが言う。
「結構山盛りだな」
するとマージが言う。
「そろそろ下山しようかねえ」
「わかった」
男爵領の山を真っすぐ昇って来たが、片道だけでかなり大量の物資を回収する事が出来た。まだ念入りに周囲の山を見ていないが、手つかずの山々は恐らく俺達に大きな恩恵を与えてくれるだろう。皆がそれを確信し、第一回目の山岳調査を終えるのだった。