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第百六十話 男爵領の情報

 次の日の朝一から、ヴェルティカはクッキーを焼いている。他のみんなは、パルダーシュから持って来た荷物を解いて部屋に並べていた。


 メルナが言う。


「いい匂い!」


「おひとつどうぞ」


 そう言ってヴェルティカがメルナの口にクッキーを入れてあげると、ポリポリ食べてメルナがニッコリ笑う。


「おいし!」


「よかった」


 そしてクッキーをカゴに入れ、布でくるみながら俺に言う。


「コハクはそっちを」


「ああ」


 それは用意していた弁当で、どうやらヴェルティカは一日外にいるつもりらしい。


「じゃあ、行きましょう」


「わかった」


 俺達が台所を出て行くと、フィラミウスが寄って聞いて来た。


「村長様のお宅へ行かれるのですね?」


「ええ」


「ボルト達は外で柵を直しておりますわ」


「ありがとう」


 俺達が外に行くと、柵を修理している他の風来燕のメンバーがいた。ボルトが手を挙げる。


「行きますか! お嬢様!」


「はい」


 馬は暗いうちにベントゥラが一頭戻しており、既に馬車に繋いで準備をしていた。ヴェルティカが徒歩で行くと言ったのだが、使用人達がそれでは男爵の威厳が無くなるといったので急遽用意したのだ。更に護衛もいらないと言ったが、それも男爵の威厳が無くなると言ってつけた。


「ごめんなさいね、柵の修理までさせて護衛まで」


「いいえお嬢様、何でも使ってください。それに俺達は護衛が本職っすから」


「本当は二人で行こうと思ったんだけど」


「たしかに、コハクが居れば護衛なんか必要ねえんですがね」


「では」


 俺達が馬車に乗り、馬はボルトとガロロが御者として引く事になる。


「行きます」


 馬車は昨日案内してくれた、中年の女の家に向かった。俺達が到着すると、中年の女がぺこりと頭を下げて出て来る。その後ろに男が立っているが夫らしい。


 男が挨拶をして来た。


「うちのが迷惑をかけないか心配です」


「迷惑など。こちらがお願いしているのですから」


「はい…」


 そして男が言う。


「おまえ、お貴族様に粗相のないようにな」


「わかったよあんた」


「お隣様ですから仲良く致しましょう」


「な、仲良く」


「はい」


 中年の女を乗せて、俺達の馬車は村長宅へと向かった。そしてヴェルティカが中年の女に聞く。


「何か不自由はないですか?」


「私ら農家ですから、ただ自分らが食べる分には困らないです。ですが不作の時には、伯爵様にご迷惑をおかけしているんでねえかと思っております」


「仕方ないわ。気候などにも左右されるんだから」


「えっ! そんなのは関係ないと言われますけんど」


「そんな馬鹿な事は無いわ。貴族は領民と良い事も悪い事も、分かち合わなければならないの。貴族だけが良いなんてことは無いのよ」


「そうなので?」


「これからは税は私達に収める事になるのだから、そこは御相談しましょう」


「は、はい…よろしいので?」


「当たり前の事だから」


 そんな話をしつつ、中年の女の道案内で村長宅へと到着する。馬車が到着すると、家から夫婦が慌てて飛び出して来て頭を下げた。


「こんにちは」


「は! ははあ!」


「いやいや畏まらないで」


「それではどうぞ!」


 俺達は村長にいざなわれて、村長宅へ入った。ヴェルティカが焼きたてのクッキーを渡す。


「こちらどうぞ! お口に合うかどうか」


「こ、こんな大層な物を!」


「あ、いや、ただの焼き菓子」


「菓子など、祭りごとの時ぐらいしか口にしません」


 パルダーシュや王都とは全く違う食文化らしかった。あちらには菓子屋があるくらいだが、ここではクッキーは贅沢品らしい。


「どうぞどうぞ」


「本来ならば、こちらからお伺いすべきのところですのに!」


「そんな事は無いです。それに領民の皆様が、どんな暮らしをされているかも知りたいですし」


 これはパルダーシュ辺境伯にいる時からそうだった。復興に向けて市民達が頑張っている時も、率先して顔を出して話を聞いていた。


 奥さんがお茶を出し、芋のようなもので作ったお茶請けがでる。


「領主様のお口にあうかどうか」


 それを食べたヴェルティカが言う。


「おいしいです! 素朴で甘みがあって」


「それはよかった」


「これから私達がこの領を統治する事になります。このあたりで何か特産ですとか、有名な物が何かありますか?」


「と、特段何もないですね。小麦も芋もどこでも取れるものでございます」


「そうですか。では困りごとはなにかありますか?」


「あ。あの大山猫がでます。時おり山から大山猫が降りて来て、ヤギを襲ったりします」


「大山猫。そう言うのがいるのですか?」


「この辺には多いようです。リンセという動物です」


「なるほど。分かりました。ではリンセの対策をしたいと思います」


「対策? 結構な数がいると思います。人里に降りてくるのは、リンセの冬ごもり前だけですし」


「それでも領民が困っているのならば、それをどうにかするのは領主の役目です」


「そうですか。前の男爵様は何もしなかったんですがねぇ」


「ご心配なさらずに」


 それからも税の事や、この土地の運営についての話をヴェルティカがした。本来は執事がこういう雑務をやるのだが、ヴェルティカは自らやっている。


《なるほどかなりの改善ができそうですね》


 そうか?


《というよりも、彼らは伯爵に命じられて決められた事をやっているだけです》


 それが普通なのではないか?


《これから、この領の収益源はがらりと変わります。彼らは農業だけをやっていたわけですが、更に生活が豊かになるものが、目の前にある事に気が付いていません》


 なるほどね。


 話し合いが終わり、ヴェルティカがこれからもよろしくと挨拶をした。そして俺達は村長宅を出て馬車に戻る。どうやら中年の女は徒歩で帰ったらしく、ボルトとガロロが馬車で待っていた。


「少し領内を回って行きましょうか」


「わかりました」


 とはいえ、パルダーシュのように住宅が密集しているような土地ではない。村長宅のあたりは数軒の家があるが、他はポツリポツリと点在しているような土地だ。俺達の馬車がぐるりと周っていくと、あちこちで農作業をしているのを見かける。


 その都度ヴェルティカが馬車を止めて大声で言う。


「こんにちはー! 新しく来た領主ですー」


 すると農家の人らは作業の手を止めてお辞儀をする。馬車が走り、次の畑についても同じことをしていた。一軒一軒挨拶をして言って、家に帰ってきた時には既に夕方になっていた。


「ただいま」


「おかえりなさいませ!」


 使用人達がやってきて、俺達は建物の中に入る。


「おかえり!」


 メルナがやって来た。


「ばあやとも話がしたいわ。メルナもおいで」


「うん」


 俺達は執務室に入り、ヴェルティカがマージに行った。


「本当に貧しい土地だったわ」


「何を栽培しているんだい?」


「ほとんどが小麦と芋かな」


「そうかいそうかい。他には?」


「リンセっていう大山猫が秋の終わりに、ヤギなどを襲うらしいわ」


「ほう! リンセがいるのかい!」


「知っているの?」


「知ってるも何も、とても上質な毛皮を持つ猫だよ」


「そうなの!? 結構いっぱいいるんだって」


「いいねえいいねえ! やはり山の開拓は必須だね。これはいい情報だよ」


 そこでアイドナが言う。


《やはり未開拓の山があるのは大きいです。それにこれから開発研究をする施設は、絶対に山中に作るべきです》


 わかった。


「マージ」


「なんだい?」


「パルダーシュにあった、秘密の隠れ家だが、ここでは山中に建設すると良いと思う」


「おお! そのとおりだね。リバンレイ山で回収したソーラーパネルと兵器、それにコハクがステルス管と呼んだあの管、あれを更に研究したいところさね」


「そのつもりだ」


「コハクや。明日からは、新型強化鎧の試験も兼ねて風来燕達と山に登りな。その時にリンセを見つけたら、無傷で捕らえる事だけを守っておくれ」


「了解だ。それと研究所の建設予定地も探してくる」


「そうしておくれ」


《良い判断です》


 男爵領で、まず俺達がやる事が決まった。


 話し合いが終わり、俺は部屋を出て風来燕の所に行く。


「風来燕は集まってくれ」


「おう」


「新型の強化鎧を渡す。明日から俺とメルナと一緒に山に入って、リンセという大山猫を無傷で捕らえ、研究所の予定地探しをすることになる。手つかずの山だけに、他にも有用な資源があるかもしれん。それをみんなで探し出す事になったのでよろしく頼む」


「いよいよだな! コハク」


 新型の強化鎧を風来燕に配布し、俺達は明日に備えて話し合いをするのだった。

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