第十五話 収納魔法で出てきた予言書に記されていた
マージはお茶を飲みながら俺を見つめ、目を細めてゆっくりと口を開く。
「何がなんだか分からないよねえ?」
「ああ」
「実際の所は誰にも分からないのさ。ただ、あたしが長い年月をかけて手に入れた、真理の書に記されたとおりに動いただけなんだよ」
するとヴェルティカが言う。
「ばあや、それって予言書でしょ?」
「巷ではそう呼ばれているようだけどね、きちんと翻訳をすると真理の書と書いてあるのさ」
マージが何もないテーブルの上に手をかざすと、突然分厚い書籍が現れた。
なに? どこからでてきた? 手品?
《最初から所持はしておりませんでした》
でも目の前にあるぞ。
《情報が足りません》
俺が不思議そうに本を見ていると、マージが言った。
「どうしたね」
「本が突然出てきた」
「収納魔法は初めて見るのかい?」
「収納魔法?」
「まあ使える者も、そう多くはないからねえ」
《魔法と言いました。直に見ても筋肉の動きや手品の類で無い事は間違いありません。魔法とはフィクションや古代の伝記にあるような力です。超能力、呪術、呪法、妖術、幻術、神術、咒法、などの呼び方があり、それの一種であると断定します》
断定?
《はい》
俺が困惑していると、マージが言う。
「話を続けてもいいかねえ?」
「もちろんだ」
そう言ってマージが本を開く。本の途中の、ある一節を指さして言った。
「ここに記されているとおりさね。面倒な言い回しを止めて分かりやすく言うよ」
「わかった」
マージがそう言うと、隣りからヴェルティカがはやし立てる。
「ばあや、早く話してあげて!」
「ヴェルや、そう急かすものではないよ」
「ごめんなさい」
マージはニッコリと笑って本に目をおとす。
「新緑の季節、王都エクバーリの奴隷商に黒髪黒目の男が現れる。世の危機に瀕した時、黒髪黒目の男が世を救う。彼の者を味方にすれば万人力となるが、ひとたび敵に回れば災いとなす。凡庸な者はその価値を見出さず、野に解き放ってしまうであろう。と、ここに記されている事はそんなところじゃな」
なんだと? まるで俺の事を言っているようだ。もしかしたら、この書物は俺の生存を確認した後で書かれたものなんじゃないのか?
《紙質、インク、程度から考えても数十年から数百年が経過した本です》
どういうことだ?
《情報が足りません》
「ちょっといいかな」
「ふむ」
「確かにそれは俺に類似しているかもしれない。だがここに記されている物は数十年から数百年も前の話なのだろう? どうしてそんなことが可能なんだ? それは俺じゃないんじゃないか?」
「ほう。この本が数百年も経っているとよくわかったものだ」
「古そうだからな」
「見る目があるという事じゃな」
「で、もう一つあるんだが。俺は世を救えないし、大した力もないぞ」
それを聞いたヴェルティカが言う。
「いえ。コハク、それは違うわ。あなたはトロールに遭遇した時、その的確な判断と迅速な行動で騎士を救った。私もそれに救われたの」
ヴェルティカの俺に向ける口調が変わった。
《マージの言葉を聞き、ヴェルティカの心中で確信に変わったのだと推測します》
信頼したと言う事か?
《それに近いかと》
今度はマージがヴェルティカに聞く。
「その時の武勇伝を聞きたいねえ」
「ええ!」
いやいや。一回話したろ。またその話をするのか?
《詳細を確認する意図でしょう》
それからヴェルティカがマージに話すと、マージは深く頷きながらよく聞いた。話し終えるとマージが俺に言う。
「コハクは魔獣討伐の経験があるのかい?」
「ない。そもそも魔獣などを見るのも初めてだ」
「戦の経験は?」
「ない。平和に生きてきた」
マージはやわらかい表情となり、ヴェルティカに言う。
「こりゃ本物だねえ」
「でしょ?」
なぜか二人はいたずらっ子の様に楽しそうだ。
どう言う事だ? なぜ今の話で本物だとなる?
《騎士達の状況や魔獣の脅威を考えると、初見でそのような動きが出来るとは思っていないようです》
アイドナの指示だぞ。
《彼女らにそれは分かりません。ノントリートメントなのですから》
高速演算処理と未来予測が分からない?
《はい》
だが俺は腑に落ちずに、目の前の本を見て言う。
「マージの様に収納魔法とやらが使える方が、よっぽど有効に戦えると思うがな」
「そんな事はない。まあ多少多くの魔法が使えるし戦にも通用するかもしれんが、人は狡猾で何をしてくるか分からん。強い魔獣においては予測が出来ないから、強い前衛がおらねばあっという間に蹂躙されてしまう」
「そう言われても、俺とて戦った事などない」
「嘘は言っていないようだねえ」
「ああ」
「まあそんな事はどうでもええ。コハクが人に牙をむかなければ、災いが一つ減るわけだからねえ」
「俺は災いにもならんと思うが?」
「ははは、そうかいそうかい。だがいずれ自分の運命に気が付く時がくるやもしれないねえ。とにかく今日はもう遅い、体を休めた方がいいねえ」
「もっと話を聞きたい!」
「ヴェルや。もう夜だよ。旦那様に叱られてしまう」
そう言われると、ヴェルティカからいたずら顔が消えて真顔になった。
「…わかった。じゃあ屋敷に帰る」
「そうしな。コハクはヴェルを屋敷まで送ったら、またここに戻りなね。あんたの寝床は今日からここだよ」
「わかった」
そして俺はヴェルティカを連れて小屋を出る。ヴェルティカは俺を屋敷に泊めるつもりだったらしいが、マージの言う事は絶対なんだそうだ。屋敷の玄関を開いて中に入る時ヴェルティカが俺に言った。
「これからよろしくね。コハク」
「何をすればいいのか分からんが、世話になるしかなさそうだ」
「そうしてね」
玄関が締められたので、俺はマージの居る小屋へと戻るのだった。空を見上げれば、星空がかなり美しく大気が澄んでいるのが分かる。間違いなく違う世界に来た事を実感した俺は、とりあえずおもいきり深呼吸するのだった。