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第百五十六話 予期せぬ大物の来客

 オーバースを招き入れて、あの事件の後の王都の様子を聞いた。壊された結界石は全て元通りになり、祠を頑強な物にして警備を倍に増やしたらしい。あの一件で人々は、結界石がどれだけ重要なものなのかを改めて認識したのだ。四人の将軍たちの元で騎士も再編されたようだ。


「あの一件で国中に御触れが回って、結界石の破損などを確認させているのだ」


 そこで俺が言う。


「あれは大切なものだ。それはいい判断だ」


「そうか。コハクが言うならそうなのだろう」


「そうだ」


 そしてオーバースは改めてフィリウスに言う。


「今回の結婚式で人が集まるからな、王都から大勢の兵士を引き連れて来た。警護は我々王都の騎士団に任せろ。して来賓の様子はどうなんだ?」


「男爵に嫁ぐ結婚式だというのに、国中から来てますよ」


「そうだろうな。王覧武闘会の優勝者の名は、国中にとどろいているからな」


「はい。ですが…なぜか、結婚式に外国の来賓が混ざっているようです。もちろん国外に招待状など出していないのですがね」


「国外から?」


「はい。是非出席したいと手紙と引きものが送られてきまして、その方達も今日到着するようです」


「ほう…。どんな人だろうな」


「リンデンブルグから、らしいのですがね」


 するとオーバースはニヤリと笑って言う。


「あはははは。分らんのか?」


「ええ、リンデンブルグに繋がりはないですから」


「来てからのお楽しみだな!」


「はあ……」


 その正体は午後にすぐに分かる。護衛を引き連れた集団が、辺境伯城に訪れたのである。そして迎えに出たメイドが、血相を変えて飛び込んで来た。


「お館様! 大変でございます!」


「落ち着きなさい。どうしたのです?」


「お客様がいらっしゃったのですが! それがあの!」


「はい」


「リンデンブルグ帝国の王子様だとおっしゃっています!」


「な、なんだと!」


 そしてフィリウスとヴェルティカ、ビルスタークとアランが、血相を変えて部屋を飛び出して行った。俺とオーバースも後ろの方からついて行く。玄関の外に出ると、フィリウスが門の方に叫ぶ。


「すぐにお通ししろ!」


「は!」


 門番が馬車列に通るように言った。それは黒塗りの馬車で、この国では見かけないタイプの物。一列になって待っていると、馬車は俺達の前に停まり、御者が下りて来てお辞儀をし扉を開いた。


 下りて来た人間の顔を見て、俺もヴェルティカもハッと気が付く。


「これはこれは、お出迎えありがとうございます!」


 フィリウスもヴェルティカも、ビルスターク達も深々と頭を下げた。


「よくぞおいでくださいました! 殿下!」


 すると、その男は後ろを振り向いて言う。


「ほら。だからこんな大袈裟な行列で来るもんじゃないよ」


「いやいや。隣国の王子がふらりと来ていいものではないですよ」


 後ろから降りて来た奴が、俺を見かけて手を振って来た。俺も手を振り返す。


「コハク、久しぶりだね」


 そこでようやく皆が気づく。


 アランがぽつりと言った。


「剣聖、フロスト・スラ―ベル……」


「お、私の名前を憶えていてくれたようだね」


「騎士であなたを知らぬ人はおりません」


 そして前にいる男が言う。


「フロスト、君の方が目立つようだ」


「殿下。きちんとお名乗り下さい」


 もちろん俺は知っていた。


「お初…ではないですね。ウィルリッヒ・フォン・リンデンブルグと申します」


「フィリウス・レイ・パルダーシュです。お目見えできて光栄でございます! 殿下」


 するとウィルリッヒがフィリウスに手を差し出す。フィリウスがその手を取っ手握手をした。


「そんなに畏まらないでほしい。私はコハクの友人としてきたのだから」


「コハクの……友人でございますか?」


「そうだよ。友達が結婚するって言うのに、駆けつけない奴は居ないでしょう?」


 随分、気負いが無いな。


《心拍数も一定で、体温に変化もありません。どうやらメンタルコントロールが出来ているようです》


 分泌物をコントロールしているのか?


《AIでコントロールしているわけではありません。元来の性格と幼少の頃からの教育がそうさせていると予測されます》


 そしてフィリウスが言った。


「と、ともかく! どうぞ屋敷へ」


「あ。それじゃあお邪魔しようかな」


 そう言ってウィルリッヒとフロスト、数名の従者がお辞儀をして入り口に歩いて行く。


 すると、入り口でフロストとオーバースの目が合った。


「これは! 武神オーバース殿ではないですか」


「ようこそ剣聖フロスト」


「あなたもいらっしゃっていたとは」


「またお会い出来て嬉しいです」


 二人が握手をした。ニヤリと笑うオーバースにフロストが言う。


「試合では、お手合わせできなくて残念でしたよ」


「いやあ、私など剣聖の足元にも及びません」


「何をおっしゃいますか、それにこんな強烈な隠し玉を持っているとは」


 そう言ってフロストは俺を見る。


「いい余興でしたでしょう?」


「まあ…殿下も私も大儲けさせてもらいました」


「はははは! それはよかったです」


 そしてすれ違い、迎賓館へと連れて行く。席に座ってもらいフィリウスが言う。


「大層な引き出物を頂きまして、誠にありがとうございます」


「あれはコハクに送ったものだからね、お返しはコハクの気持ち次第でいいから」


 するとそれを聞いてヴェルティカが言う。


「婚約者のヴェルティカ・ローズ・パルダーシュでございます」


「王覧武闘会、依頼ですね。本当にお美しい、コハクは本当に恵まれておりますね」


「そのような事はございませんわ。ですがコハクは男爵になりますので、男爵領からの御礼となると大したものはお出しできないかもしれず、少々困ってしまいます」


「お気になさらずに。そして私は、その男爵領とお付き合いをするつもりでいるから」


「皇族である殿下がでございますか?」


「そ。彼はただもんじゃないからね。今のうちから、おべっか使っておこうかなと」


「男爵風情にそのような……おべっかなどと」


「僕は…失礼。私はコハクに大きな器を見たんだ。なんと言うか……多分男爵に留まらない」


「そう言っていただけますと嬉しいです」


 それを聞いてフィリウスが言った。


「なるほどでございます。此度は本当にコハクに会いに来たという訳でしたか」


「そういうこと。フロストが赤子のように捻られるなんて、生まれて初めて見たからね」


「ははは、面目ない」


 だがそこでオーバースが言う。


「やはりコハクをそう見ましたか。多分この国内にも、コハクに勝てるものなどおらんでしょうな」


 フロストがにんまりと笑って言う。


「武神にそう言わしめさせるとは」


「殺気の無い攻撃をかわせるものが居ればあるいは。ですが、そんな者は見たことがない」


「そこなんです。普通ならば達人の領域でも、微弱な殺意や殺意まで行かなくとも気が流れる物です。それが一切の気配を感じさせることなく剣が飛んで来る。そんな体験は生まれて初めてでした」


「そうですな」


 話が進んで行くと、ウィルリッヒが言う。


「一つ、手土産に情報をお話します」


 フィリウスが答える。


「なんでしょうか?」


「我が国の調べでは、ゴルドス国の後ろで糸を引いた奴がいるという事です」


 それに対してはフィリウス、オーバースが身を乗り出して聞いた。壁際に立っているビルスタークやアランですらピクリと動く。


「なんですと!」


「すみません。我が国の情報網をひけらかすみたいで」


 だがオーバースが再び腰かけて言う。


「いえ。軍事大国のリンデンブルグ帝国ならば、その情報があってもおかしくはないですな」


「ですが驚きましたよ。壊滅した領兵が、一国の軍隊を追い払ったでしょう?」


 フィリウスが頷いた。


「まあそうです」


「最初は驚きましたが、武闘会で彼を見た時に納得しました。その時も彼がいたのでしょう?」


「はい」


 するとウィルリッヒが確信めいた表情になる。フロストを振り向いて言う。


「ほらね」


 それでフィリウスがハッとした。


「やられましたね」


「すみません。かまをかけるような真似をして」


「いえ。大した情報ではございません」


「で、お耳に入れておきたいのが、そういう動きはゴルドス国だけではないらしいのです」

 

 ウィルリッヒの言葉に部屋がざわついた。


「そんな話をここでしても?」


「うちにも接触して来たのですよ」


「軍事大国のリンデンブルグにですか?」


「はい。もちろん門前払い。何者かが暗躍しているのは間違いない。とだけ申し伝えておきましょう」


「わかりました。この話は陛下の耳に入れても?」


「構いません。ですが出所を公にしないでいただきたい。我が国もいらぬ火種はいりません」


「では伝え方を考えます」


「お願いします」


 そして皆がお茶を飲みほした。


「美味しいお茶だ。やはり農産物はこの国に勝てませんか」


「そう言っていただけるとありがたいですね」


 するとウィルリッヒがフロストを見て言う。


「さて、いささか話し過ぎたようだ。私は市中の高級ホテルに宿泊させていただきます。では明日の挙式を楽しみにしております」


 そう言って立ち上がる。


「料理を用意しているのですが……」


「いえ、これ以上いると、いらない事も話してしまいそうだ」


「わかりました」


 そしてウィルリッヒ達はエスコートされながら、部屋を出て玄関口に向かった。


「あまり大袈裟に送られると目立つから、ここでいいですよ」


「わかりました」


 ウィルリッヒは馬車に乗り込む間際、くるりと振り向いて言う。


「あー、これを言うか迷いましたが、やっぱり伝えておきますね。私達リンデンブルグ帝国は、その日が来たらコハクに付きます。それだけは何卒知っていていただきたい」


 フィリウスが再度尋ねる。


「それは我が国、エクバドルにつくと捉えていいのですか?」


「いいえ違います。私達はコハクに付くのです」


「……おっしゃってる意味が」


「我がリンデンブルグ帝国は、コハク一人を脅威と認め擁護する。そう言ったのです」


「個人を?」


「これはリンデンブルグ帝国とコハクの約束。そう捉えていただけるといいかと」


「……わかりました」


 不思議な事を言ってウィルリッヒ達は馬車に乗り込み、颯爽と城の庭から出て行った。


 するとオーバースが言う。


「単身隣国の辺境伯領に来るか…。相当な肝っ玉だ」


 それにビルスタークが答えた。


「恐らくは、コハクの器を見ての事でしょう」


 皆が何を言っているのか分からない。俺の器とはなんだ?


《ノントリートメントは、自分達の理解の及ばない物には、尊敬や畏怖の念を抱くのです。あなたに対してそう言った感情を持ち、勝手に話が独り歩きしてるのだと思います》


 今の説明で大きく合点がいく。


 そう。俺はただ自分と、自分に良くしてくれた仲間が生き延びられればいいくらいにし考えていない。だが俺が意図している事とは別に、周りが勘違いをしているというのが正解だろう。


《予測のうちです》


 アイドナの言葉がどういう事かよくわからないが、俺を中心になにか大きな事が起こりつつあるような気がしてならない。


 そして次の日。俺達はいよいよ挙式当日を迎えるのだった。

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