第百五十三話 パルダーシュ辺境伯への報告
パルダーシュ領に到着する前の事。マージが魔石とダマの実以外の回収品の事は、誰にも言うなと口止めされる。この品々は全て、俺が任される男爵領に秘密裏に持って行くというのだ。
俺もメルナも、風来燕も、男爵領に一緒に行くことが決まっているので同意する。マージが言うには辺境伯領は国からも優遇され、元々人口の多い町だったので、いずれ経済は回復するという。だが俺が任される男爵領には、下手をすると資源がないかもしれないというのだ。
なんとなく思うが、マージが言っている事とアイドナが言っている事が似通っている所がある。だがマージの思惑はちょっと違っていて、この珍しい物の研究をし続けたいらしい。
そこで辺境伯の城に到着する前に、マージの隠れ家に回収品を置いて来た。
「お帰りなさい!」
辺境伯の城に到着すると、ヴェルティカが勢いよく俺の所に来た。
「今帰った。王都からの支援物資とかは届いているか?」
「届いたわ。少しずつ人も増えて来て、従来通りとは言わないまでも賑やかになって来たわ」
「それはよかった」
マージが聞く。
「フィリウスは?」
「執務室でビル達と居るわ」
「ならすぐに行こう」
俺達が執務室に行き、挨拶が済んだところで早速フィリウスがマージに聞いた。
「して、ダマの実は?」
「取れたさね。そして現地のギルドにも回収を依頼してきた。こちらからの騎士を派遣するのは、もう少し先になりそうだがね」
「それはどうしてだ?」
「強化鎧の大幅改修が必要だと分かったのさ」
「強化鎧でも不備があったのか?」
「不備はないけどねえ、やはり運用に若干の難しさがあるねえ」
「やはりそこか。魔石四つ入れてもダメか」
「燃費が悪いんだよ。大型魔獣と戦っただけで切れちまうようでは、険しい山に馬車一杯の魔石を持って行かなければならなくなる。それじゃあ現実的じゃないのさね」
「なるほど」
「これから研究するさね。とにかく素材が集まり次第、回復薬のレシピづくりに取り掛かるからね。それを置き土産にしていく事にするよ」
「助かる。鎧が壊れた時はどうすればいい?」
「まあ…コハクに有料で依頼して直してもらうしかないだろうねえ」
「わかった」
「まあ、コハクも良心的な値段でやってくれるそうだよ」
「コハク。よろしく頼むぞ! お前はヴェルティカを連れて行くんだからな!」
「だからこそ今から、稼ぐための力を身に着けている」
「ああ。そうだな! ただ強いだけでは家族は養えんぞ!」
「わかっている」
するとヴェルティカがちょっと不機嫌に言う。
「ちょっとお兄様! あまりコハクをいじめないでくださいまし!」
「わ、私はいじめてなど!」
「そうですか? まあでも、男爵領の運営の事なら私がやります。コハクはただ主様として座っているだけで良いのですから!」
「ヴェル…そんなに強く言わなくても」
「お兄さんがコハクをいじめるからです!」
「だから私は……」
するとビルスタークが笑って言う。
「まあまあ、お館様。ヴェルティカお嬢様には勝てませんよ。それにしても凄い魔石を取ったそうじゃないか」
テーブルの上に、グリフォンとロックサラマンダーの魔石が乗っているが、ビルスタークは目が見えないので大きさは分からない。
そこでヴェルティカがビルスタークの手を取って、魔石に触れさせたあげた。
「おお! これは大きい! コハク! グリフォンを狩ったと言うが、どんな感じだった?」
俺が答える。
「真っすぐに降りて来たから、身体強化で剣を突きだしたら勝手に刺さって来た」
「おお! 参考になるな!」
それを聞いていたボルトが言う。
「ははは。それを聞いて参考になるなんて言うのは、ビルスタークの旦那くらいでさあ。おっきな魔獣なんですよ? あんなのはAランクの合同パーティーで狩る魔獣ですよ」
だが俺が言う。
「俺の見立てでは、強化鎧を着て気配さえつかめればビルスタークでも狩れる」
そう言うとアランが聞いて来た。
「俺はどうだ? コハク」
「単独では難しいかもしれん。搦手を使えば出来るだろう」
「そうか。なら修練を積まんとイカンなあ!」
「そうだ」
そしてマージに言われ、メルナがリバンレイ山の仮マップを取り出した。それをテーブルの上に広げて、皆がそれを覗き込んでいる。
アランが言う。
「こんなに、凶悪な魔獣が出るのか」
「これからその攻略を記すからね。それは完全に虎の巻になるよ」
「そうなんですね。ではパルダーシュのギルドにも、ある程度の情報を入れるんですか?」
「そう言う事さね。いずれにせよダマの実が回収できれば、他の素材はそれほど大変じゃない。一部魔獣の骨とかは難しいものもあるけど、それは決めて取れるようなもんじゃないからね」
「わかりました」
そしてフィリウスが言う。
「でも、この大きな魔石を砕くのはもったいないな」
「この大きさだと、どうしても強化鎧に入らないのさ」
だが俺はそこで一つ提案があった。
「いや。これ一個を入れる強化鎧の仕組みを考えたい」
マージはソーラーパネルの動力を知っているので、俺が何を言わんとしているか分かったようだ。
「ふむ。それは…研究の価値ありさね」
「ああ」
そうして俺達は、強い回復薬のレシピと魔法陣、リバンレイ山の攻略と強化鎧の改修をする事をフィリウスに約束した。実はこれらをパルダーシュ領で拡充させることで、俺の男爵領との取引が充実するのである。
そして俺が付け加えて言う。
「あともう一つ。結界石を納めている祠についてだ」
「なんだ?」
「祠を強化した方が良い。巡回の人数も倍にしてくれ」
「必要なんだな?」
「祠の強化については俺とマージで検証する。人の方は頼む」
「わかった。ならば巡回を強化しよう、騎士候補者も増えてきているからな。だんだんと元の通りに戻りつつある」
「わかった」
そして俺達は報告を終えた。ヴェルティカが言うには、今日は戻って来たお祝いに盛大に食事をふるまうと言っている。それを聞いたボルト達は盛り上がり、ひとまずギルドに報告に行って戻って来るらしい。
「それじゃあ、コハクとメルナはあたしと一緒に来な」
「わかった」
「うん」
マージ魔導書をメルナのバッグに仕舞いこみ、俺達はフィリウス達に挨拶をして辺境伯の城を出た。
隠れ家にやってきて、さっき小屋に入れた物資を全て母屋に運びこんでいく。じっくりと見る事が出来なかったので、俺達はその資材を確認する。
そしてマージが言った。
「さっきの話は、その動力箱を真似ようと言うんだね?」
「そうだ」
それはさっき言っていた、巨大魔石の利用方法についてだった。
「どうするんだい?」
「このパネルと動力はパイプでつながり、このパイプを伝って箱に動力を送っている。という事は鉄の魔石入れを作成し、動力を外付けにすればいいんだよ。もちろん重量の計算も必要だが、あれだけの大きな魔石をいられればかなりの時間稼働するはずだ」
「ふむ。それは言えてるねえ。だと魔導箱と魔力連結を作るという事かい?」
「そうだ。更にもう一つある」
「なんだい?」
「武器にも魔石を仕込む。武器からも供給されるようになれば、稼働時間はかなり上がるだろう? 携帯もしやすいしな」
「あの敵から回収した武器からの発想だね」
「そうだ」
「あとは、着脱の簡易化だね。トイレのたびに下を全部脱ぐのはしんどいだろう。脱げない状態が続く使用者への負担を考えると、内部に柔らかい素材を使うのも必要さね」
「それについては何かあるのか?」
「繊維さ。弾力性の高い毛を持つのがいただろう?」
「ランドボアか?」
「あれの毛皮をなめして、柔らかくして編み込んでみようじゃないか」
「なるほど」
「後は水だねえ」
「完全防水にすれば、呼吸が持たんからな、空気を完全密封できる管を作る必要がある」
「あの、透明なベールを発生させる管があっただろう? 一本壊しているが、あれからヒントを得られないかねえ?」
《流石は賢者ですね。似たものが作れれば、酸素を供給する事は可能かと》
「検討しよう」
「じゃあ、まずは甲虫の殻からだね」
そう言って床に魔獣の皮の敷物を敷き、袋一杯に詰めて来た甲虫の殻をぶちまけた。カラカラと落ちて光る甲虫の殻を見て、俺がマージに言う。
「こんな硬いものを加工できるのか?」
「メルナ。コハク、ちょっと台所に行っておくれ」
俺達が台所に来る。
「床を叩いておくれ」
コンコン !コンコン! カンカン!
「ここだけ音が違う」
「そこは開くんだよ」
床の一部にへこみがあり、指をかけて持ち上げると地下が見えた。ハシゴがかかっていて、下は真っ暗になっている。
「メルナや、灯りをともしておくれ」
「闇に明かりを灯せ」
フワリとメルナの手から光の玉が生まれ、それが床下にゆっくりと下りていく。
そこは部屋になっていた。
「下りておくれ」
俺とメルナは注意深くそのハシゴを下りて行くのだった。