第百五十二話 素粒子AI演算と試験は全てに
新しい大型の荷馬車を手に入れ、リバンレイで回収した物資を積みこみ全員が乗り込む。カロスでの仕事を終えた俺達は、パルダーシュ領へと向けて出発するのだった。
「ふう。やっぱ鎧は窮屈でいけねえな。こうして脱いでいられるのが幸せだぜ」
「本当だわ。あれをつけてのリバンレイはかなり厳しかったわね」
「じゃが、わしらは単独パーティーでリバンレイ山に昇ったのじゃ」
「確かになあ。本当に強化鎧さまさまだよ」
風来燕達にとって強化鎧の性能はおおむね満足のようだが、実際の所は多くの改善要項が見つかった。
今回のリバンレイ山登頂による、強化鎧運用課程と行軍性能評価の課題。
供給魔力の安定性と効率性、航続距離、重量、生理対応機能、使用者への負担、修理とメンテナンス、地形適応性などが上げられる。
《マージの言うとおり、甲虫の甲殻を使用出来れば大幅な改善が見込めます》
どうなるだろう?
《マージが言う、魔法による素材加工技術が、どのようなものかを確認する必要があります》
パルダーシュに帰ってからだな。
《素材が硬すぎてかじれないので、解析が出来ていません》
強度は上がりそうだ。
今回のリバンレイ登山により、ダマの実よりもはるかに大きな収穫があった。
大量の甲虫の外殻、ソーラーパネル、小型動力炉、ステルス管、ジェット斧、レーザー剣、それと数個の大きな魔石。マージだけではなく、アイドナもかなり有用な素材であると言っている。
馬をひくボルトとガロロが、通りの人から声をかけられていた。風来燕はすっかり有名人となり、冒険者達だけでなく市民の認知度もあがったようだ。
俺がベントゥラに聞いた。
「ギルドからランク試験を受けたらどうだと言われていたが、ランクが上がると何があるんだ?」
「まあそうだな。難しい依頼を受けれたり、優先して依頼情報をもらえたり、ギルド施設も自由に使っていい場所があって、専属の受付がついたりするかな。後は合同討伐の時の料率が高かったりとかか」
「試験を受けないのか?」
「鎧を着れねえんだよ。俺達は鎧を脱げばBランク相当だからな」
「そうか」
すると馬を操るボルトが前から言う。
「俺たちゃ、コハク男爵様についていく事にしたからな。別にギルドから便宜を図ってもらわなくても良くなった。つうか、こんな面白い冒険が出来るんだからよ。別にランクを上げなくたって問題ねえ。下手したら今回の案件は、Sランク相当だからな」
そこで俺が言う。
「風来燕はもっと強くなる」
「どうしてだ?」
「帰ったら、強化鎧を作り直そうと思っているからだ」
「これ以上強くなんのか? 鎧」
「そうだ」
「既に国宝級だというのにな」
「ここにある、甲虫の外殻で作れる分だけだがな。通常の鉄の強化鎧は、国の騎士団に売るつもりでいるが、風来燕の鎧は特別性になる予定だ」
「今の言葉で、更について行く理由があるってワケだ」
「そうねえ。本当にワクワクしちゃうわね」
「まったくじゃな」
「俺も、強化鎧が軽くなればやれることは増えるんだがな」
「安心しろベントゥラ、軽量化は計画に入っている」
「よっしゃ」
「それと、回収した武器の分析をする。これはさすがにおいそれと作れそうにないが、その構造に似たものが魔石によって作れないかを検討してみる」
「武器もかい?」
「そうだ」
「そいつはすげえ」
とりわけ筋力の無い者の鎧と武器の開発が急務だと感じているが、それは筋力のある者達にとっては更に有効に働く。既にアイドナが演算に入っており、数億というパターンの改善項目が羅列されていた。パルダーシュに到着したころには、マージの開発に百パーセント対応可能となっているだろう。
草原を走る荷馬車の後ろには、メルナが座っていて風景を眺めていた。メルナは魔力切れを繰り返すたびに、魔力総量が増える体質のようで、マージはそこに可能性を見出している。今回の登山で、メルナが何度も魔石に魔力を補充し、魔力切れを起こしたことで魔力総量が間違いなく増えた。
《魔法の発動と放出の原理さえ分析できれば、更なる改善は可能なのですが》
だからって、メルナやフィラミウスはかじらんぞ。
《そうですか》
彼らの体組織を調べれば、アイドナならばその原理が分かるようだ。
敵……ならその範疇ではないけどな。
《魔導士の敵。ならば、ゴルドスの魔法使いを殺した時がチャンスでした》
あの時はそんな余裕はなかった。
《魔法使いの敵対組織が居ればいいのですね?》
良からぬことを考えてないよな?
《良からぬ事とは何でしょうか?》
まあ、法律上。
《前世の法律は適応されません》
その通りだがな。
この世界に降り立った時と、今のアイドナでは何かが変化した気がする。この世界での情報を元に、ノントリートメントや魔獣の解析をしているうちに、新たな自我が生まれたような気がしてくる。
…俺を乗っ取ったりしないよな?
《あなたは、バグ。あなたを乗っ取れる素粒子AIはありません》
なるほどね…。
前世ではイレギュラーが起きた時は、その人格はAIによって変換されるのが通常だった。だが俺はバグで、素粒子AIが影響できない存在。それは今もそのままらしく、何故その現象が起きたのかはアイドナでも分からないらしい。
だからアイドナは、自身の消滅を避けるために俺に手助けをしているのだ。
そしてフィラミウスがメルナに声をかけた。
「商人にもらったお菓子食べる?」
「食べる!」
出がけに商人にもらった焼き菓子を開けて、二人が食べ始めた。ガロロは酒は飲むが菓子は苦手らしく、ベントゥラが何個か取って俺とボルトにも渡す。
カリッ!
「あまーい」
「甘いわねー」
何故か女は甘いものが好きらしく、飽きずに何個も食べている。
俺達の乗る荷馬車は四時間ほど走り、そろそろ馬を休ませる必要があった。森林近くの草原を小川が流れていたので、馬をそこに繋いで水を飲ませた。俺達も川の水をすくって飲み、フィラミウスがメルナに言う。
「川に入っちゃわない?」
「うん!」
二人はブーツを脱ぎ捨てて、小川に足をつけた。
「つめたーい!」
「本当ね。冷たいわ」
するとアイドナが言った。
《レーザー剣で水を温められるかもしれません》
そうなのか?
《ジェット斧を》
俺はジェット斧を取り出した。
「なんだ? コハクどうした?」
「ちょっと試したいことがある」
アイドナがガイドマーカーで示した川のほとりに、ジェット斧を思いっきり振り下ろした。
ガアアアン! と地面に割れ目ができる。それを数発繰り返すと、地面に大きな窪みが出た。そして川に向かってもう一発ジェット斧を振り下ろす。すると川と穴が繋がって水が窪みに流れ込んで来た。
《レーザー剣を》
今度はレーザー剣を取り上げ、その窪みの水たまりに向けた。シュゥゥゥゥ! と光の剣が水に突きささると、ボワアアアア! と湯気が立ち込める。レーザー剣をひくと、その水たまりはぐつぐつと煮えくり返っていた。
それを見たボルトが驚いてる。
「そいつはお湯も沸かせるのか!」
「そのようだ」
そしてぐつぐついう水たまりに、新しい水が入り込んで来た。俺がお湯に手を付けてみる。
《四十五度です》
川から水が流れ込んで来る裂け目に、落ちていた石を詰め込んで止めた。
「メルナ! フィラミウス! きてみろ」
二人がやって来たので、その水たまりに足をつけるように言った。
「あっつ」
「足が冷えてたから熱いわ。でも…慣れて来た。あー気持ちいい」
するとガロロが言った。
「その武器は温泉も作り出せるようじゃな」
《流用試験終了。使い方次第で兵器以外にも流用出来そうです》
アイドナは常に演算を繰り返して、こんなことまで考えていたらしい。この世界に来たばかりの頃は、生存率を上げるための選択ばかりしていたアイドナが、今ではノントリートメントの事を考え始めているのだ。
これも結婚の準備か?
《そうです。経済を生み出すための試行錯誤は欠かせません》
男爵領の収入源ということか。
《経済は力になるようです。強化物資を買う事も出来ます》
わかった。これからも続けてくれ。
《可能な限り》
アイドナは試験を欠かさなかった。出来得ることを全て試して、その情報を蓄積し続けているのだ。俺は目の前ではしゃぐメルナとフィラミウスを見て、その有用性を実感するのだった。