第百四十四話 謎の人型の襲撃
少しずつ霧が晴れ、頭上に青空が見え隠れし始めた。
俺達は岩場に隠れているが、昇ってきた時には認識されていなかったのだろうか?
《距離があるので気づかれてないのかと》
人間だろうか?
《危険な魔獣が生息する場所に、普通の人間がいる確率は低いです》
人じゃない? 人の形をしているぞ?
《接触を試みますか?》
万が一があるから俺だけだな。
《そうしてください》
「みんなはここで待て。俺が行って確認して来るが、俺が合図をするまでは動かないでくれ」
四人が頷く。マージが俺に言った。
「気を付けるんだよ。コハクに何かあったら、あたしらが身動き取れなくなる」
「わかっている」
俺は身を低くして、岩に隠れるように近づいて行く。じわりじわりと近づいて行くと、突然アイドナが言った。
《止まってください》
なんだ?
《ここに何かあります》
俺は周りを見渡すが、特に何も見当たらないようだった。
《可視化します》
すると俺の正面に、電子で示されたカーテンのような幕が見えた。それは揺らいでおり、俺の目と鼻の先にあるようだ。ピラミッドのような三角錐になっており、さしずめ光のテントといったところだ。その一片は十五メートルで、高さもそのくらいだった。
これはなんだ?
《対象者が入ってきた時に感知するもの、もしくはバリアの類かもしれません。ステルス効果があるようで、向こうが見えないようになっています》
だから見えなかったのか。
《そのようです》
どうするか?
《発生源を確認。三カ所の地面に何かが埋め込まれています》
エックス線透過で見ると、何か円筒状の物が地面に刺さっており、それがこの光の三角錐を作り出しているようだった。俺がそこにじりじりと移動し、アイドナが透過で地面の中を確認する。
「放出型の機器です」
なるほど、ここから幕を発しているのか。
「破壊すれば解除できます」
俺は剣をするりと抜いて、その機器に向かって突き刺した。
ガキン! ブン……。
突然、光のベールが消えて、その中に小屋が現れた。すると小屋の中に隠れていた、人型の熱源一体がダッと外に走り出して来た。それは白くて長い髪をした、端正な顔立ちの女だった。
俺と目が合い、そいつが言葉を発する。
「何者!」
俺は黙ってそいつを見ている。すると小屋の中から声がした。
「どうしたんだなあ、ルクステリア」
「人間だわ。グラド」
「なあんだてえ」
もう一人が小屋の中からゆっくり出て来る。そいつは短い白髪の男で黒目が無かった。半分目が閉じられていて眠そうな表情をしている。二人は軽装で、とてもこんな危険な場所にいるような恰好ではない。
ステルス効果のある電子機器を持っているのは何故なんだ。
《明らかにこの世界の文明ではありません》
すると短い白髪の男が、もう一度眠そうにとろくさい声で俺に聞いて来る。
「お前はなあ。なぜ一人でこんなところにいるんだなあ」
変なアクセントだ。ボーっとしているのか?
《そうは思えません。素材の回収だけだと伝えて良いと思います》
「素材回収だ」
「素材回収なんだあ?」
「薬を作りたい」
「そんな重い鎧を着て、一人で来たのかなあ?」
「そうだ。お前達こそ、こんなところで何をしている」
二人は顔を見合わせる。
「下界の人間に何も教えるつもりはないなあ」
「そうか。なら邪魔をした。それを壊して悪かった」
俺が指さす方向を見て、女が唖然とした顔をする。白髪の女が言う。
「光学シリンダーが」
《今の言葉はこの世界にはありません》
なるほど。
俺はそいつらから離れ、背中を向けて歩きだそうとした。女が声をかけて来る。
「まて。見られたからには、生かして帰すわけにはいかない」
《敵と認定されました》
了解だ。
俺が振り向いて言う。
「ならどうする? おめおめと、ここで殺されると思うか?」
すると白目白髪の男が言う。
「ふっ。下等生物めが、一人前の口を利くなあ」
「お前の方が変な喋り方だが?」
「虫けらが偉そうな口を利くなあ」
どうする?
《未来予測。後方に三メートル飛んでください》
アイドナに言われて飛ぶと、女が杖のような物を振るい、俺の前の地面がバシュンと焼ける。
なんだ?
《レーザーに似ています》
女は白く光る棒を持っており、それを俺にめがけて振ったようだ。女が驚いたように言う。
「避けた?」
「なんだあ? おかしいなあ? おまえ」
すると白髪白目の男の右腕が膨れ上がり、バゴンと小屋の壁を貫いて、バカでかい斧を片手で引きづり出した。
今、腕が伸びたな。
《人間ではないでしょう》
間違いなくこいつらは危険だ。仲間の元へやるわけにはイカン。
《暗蜘蛛隠》
アイドナが鎧スキルを発動し、すっと俺の鎧が隠れる。
「光学迷彩?」
「なんだあてえ?」
明らかにこの世界の言葉ではない。俺はそいつらの前から動き出そうとすると、白髪白目男の巨大な斧が俺に振り落とされた。明らかに片腕で操れるような斧ではないが、それが地面に落ちると三メートルくらいの地割れが起きる。予測演算により、俺は既にそこから飛び去っている。
「のがしたあ」
「あんな重そうな鎧を着て?」
「材質はなんだあ?」
「張りぼてじゃない?」
「音は鉄だあ」
そしてアイドナも俺に言う。
《音です。男は目が見えていない。聴覚が発達しています》
身体強化か?
《そのようです》
想定外だった。もっと強力な魔獣が居るかと思ったが、人型のおかしな奴らが居て、能力を使って戦いを挑んで来た。だが間違いなくこいつらがここにいれば、人間達が危険に晒されるだろう。
どうするか?
《あの武器は何らかの機能が備わっているようです。機動を予測できますが、白い光の杖の直撃は避けた方が良さそうです》
そうか。
男が俺の方を指さして女に言った。
「そっちにあ、飛んだぞお」
「わかったわ」
そうして二人は、じりじりと俺が立っている方向へと向かって来る。
《グラドと呼ばれた男が位置を把握しています。ルクステリアと呼ばれた女が、それに従ってついて来るようです》
正確な位置は分かっているのだろうか?
《方角と距離です。ほぼ認識していると考えて良さそうです》
俺の視界にはVRによる、二体の予測行動が映された。それによれば、グラドが振るった斧に反応した俺を、ルクステリアとやらが白い杖で斬る予定らしい。
《二剣を抜いてください》
アイドナが俺に戦闘準備をさせるのだった。