第百四十一話 強化鎧運用課程と行軍性能評価
俺達が引きずるグリフォンの血が地面に塗られ、それを見たベントゥラが言う。
「これだけグリフォンの血を塗りたくったら、そのうちデカい魔獣が寄って来るかもな」
「そうか」
《食物連鎖は、この世界にも適応されるのでしょう》
だろうな。
だが、新しい魔獣に会う事は無く、険しい山肌をただ昇るだけだった。するとボルトが言う。
「ふう。そろそろ鎧の魔石がきれて来たな。もうそろそろグリフォンを引っ張れねえ」
「よし。みんな止まれ!」
平坦になっている岩場に皆を集めた。
「すまねえ」
「グリフォンを引きずって歩いたから、魔石の魔力を大きく消費してしまったんだろう」
それを聞きグリフォンをひいていなかったフィラミウスと、メルナが言う。
「私達は大丈夫なようね」
「うん」
「元より魔力を持っているからな。だが微量に消費し続けている。温存するように」
「わかったわ」
「わかった」
腰の収納から充填されている魔石を取り出し、空の魔石と交換していく。空の魔石はメルナの腰につけた袋に入れていった。
「ふう。また動くようになったぜ」
《もっと省エネ構造にする必要があるようです》
そうだな。
そして俺はマージに聞く。
「魔力の消費を抑える魔法は無いのか?」
「魔力の消費を抑える魔法だって? おかしなことを言うねえ。そんなものは無いよ」
「そうか」
「魔法使いが訓練を積めば、魔力を放出したり止めたりできるようには、なるんだけどねえ。駆け出しの魔法使いは、その調整が出来ない。魔力を探知できる者が見れば、その人が持つ魔力量もはっきりわかるしねえ。熟練者になるほど、魔力を隠す事が出来るようになるんだ」
「力の入れ具合みたいなもんか」
「まあ分かりやすく言えばそう言う事さね」
「魔力の制限を魔石にさせる事は出来なそうだな」
「それは、あたしにも分からないねえ」
《新たに開発する必要があります》
新たな魔法陣か…。
《はい。現状ではそうです》
今みんなが着てる改良型は、俺のと同じ魔力吸収剤が塗布してあるが全く効率が悪い。
《それは体組織の差です》
着ている中の人間のか?
《そうです。ノントリートメントには、あなたのように魔力吸収の能力はありません》
そう言う事か。中の人間の能力で、強化鎧の性能が左右されるのは仕方がないという事だな。
《現状はそうです。特殊な人間にしか対応できていません》
まだまだ改良の余地がある。
《現状は、手動で開発していますから限界があります》
手動じゃないと出来るのか?
《生産段階からロボットの手が加えられれば、全く違う機構の鎧を作れます》
どういうことだ?
《単純構造の鎧ではなく、機械可動式の鎧にする事です》
機械可動式?
《はい。今は人力と魔力で動かしていますが、全ての動力を他のエネルギーで賄えれば、魔力によるエネルギー消費は大きく抑えられます》
例えば?
《前世の旧時代に使われていたパワードスーツです》
パワードスーツ?
聞いた事がない言葉だった。
《はい。機械式で人間の能力を各段に向上させるアーマーです。設計データはあります》
そんなものがあったのか?
《あなたの生きていた時代にはありません。全て素粒子AI搭載ロボが仕事をしていました》
だが機械を動かすとなると、それなりのエネルギーが必要になるだろ?
《代用エネルギーはあります》
なんだ?
《古代遺跡で見たソーラーエネルギー、もしくは半有機生体エネルギーです》
あれか…。
《収集データはあります。ですが開発技術が伴わない》
製造工程から作らないとダメという事か。
《そうなります》
俺は空を見上げる。あの空の上、宇宙にはコロニーとやらが上がっているらしい。そこになら、開発工場ぐらいはありそうだった。
「コハク?」
メルナが俺に話しかけている。
「ん?」
「考え事?」
「いや、大丈夫だ」
そこでボルトが言う。
「そろそろ日が暮れそうだ。どこかに休むところを探さなきゃイカンと、賢者様が言ってるぞ」
「急いだほうがいいねえ」
「わかった」
そして俺はグリフォンを見る。
「これをそばに置いておくわけにはいかない。グリフォンの死体をあの崖のてっぺんに置いて来る。みんなはここで待っていてくれ」
「ああ」
《剛力発動》
オーガコマンドの魔力を調整したもので、重量物を運ぶのにちょうど良いスキルだ。二体のグリフォンを引っ張って崖を登り始める。崖の頂上にグリフォンを置いて、俺はそのまま崖を走り下りて来た。
「置いて来た」
「よし。休憩場所を探すぞ」
それを聞いてマージが言う。
「浅めの窪みを探しな」
「「「「おう」」」」
俺達が周囲を探し、ちょっとした窪みを見つける。そこに皆が兜を外して座った。ガロロの背負子から干し肉と芋を練った食い物を出す。
そこでマージが言う。
「リバンレイではあまり目立った行動は出来ないからねえ。この鎧はその点役立つようだね」
それにボルトが答える。
「そのようでさあ。火を焚かなくても温かいのがいい」
「本来なら凍えてしまうところだからね」
「ただ…おりゃ、そろそろ用を足したいんだが」
「俺もだ」
「わしもじゃ」
するとフィラミウスもメルナも言った。
「あの…私もかしら」
「私も」
《生理現象です》
俺は尿意が無いぞ。
《全て発汗させました》
そう言う事か。
「みんなの鎧の下を外そう。上は着たままでいいか?」
皆が頷いた。
それぞれの腰のあたりにあるレバーを引いてずらすと、ガパン! という音がして鎧が外れる。男達が早々に走って言って、適当に立ち小便をしていた。
フィラミウスとメルナがもぞもぞしている。男達が戻ってきたところでマージが言った。
「コハクが二人の護衛についておやり。用を足している時に襲われたらひとたまりもない」
「わかった」
「ごめんなさいねコハク」
「ごめん」
「謝る事は無い。必要な事だ」
そして俺は二人について、岩場の陰にまわる。俺が後ろを向いているうちに、二人が用を足した。そして、皆の元に戻って再び下半身の鎧をはめ込む。
これも改良の余地があるな。
《股間部分の着脱を考える必要があります》
そのようだ。
この遠征では強化鎧の改良データ収集も兼ねている。皆の動きを見つつ、長距離行軍にも合わせた改良が必要なのだ。戦争になれば遠方に行く事になる為、とにかく機能性を追求する必要があった。俺のように、アイドナが状況に応じて体の調整する事はノントリートメントには出来ない。だからノントリートメント用に調整する必要があるのだ。こうしてノントリートメントと一緒に行動する事で、機能追加のデータを収集していく。
そして俺達は座り、ガロロが出してくれた干し肉と芋を練った固形食を食べ始める。決して美味いとは言えないが、エネルギーを補給するのには十分だ。
そして俺はメルナに言う。
「メルナは寝る前に、空になった魔石に魔力を補充してくれ」
「うん」
皆が食べ終わり、メルナが魔石に魔力を補充した。そしてガロロが俺に言う。
「交代制で見張りを立てよう」
そこで俺が答えた。
「フィラミウスとメルナは除外だ。彼女らには魔力を優先的に回復してもらう」
「了解だ。てことだ。二人は奥で眠ってくれ」
「わかったわ」
「うん」
これでいいか?
《はい。遠征において魔力は貴重です。エネルギーの補充は寝る事によってなされるようです。優先して眠ってもらうようにしてください》
魔法使いは内燃機関でも、もっているのか?
《解析は出来ていません》
どうやらアイドナはまだ、魔法使いの解析が出来ていないようだった。まあ俺が魔法使いをかじれば良いらしいのだが、それだけは俺が断っている。
そして俺が言う。
「まずは俺が見張りに立つ。皆は休んでくれ」
「すまねえ」
「助かるのじゃ」
「この鎧を着ての行軍は、かなり疲れるからな」
マージが言う。
「甲虫の襲撃があるといけないからねえ。みんな兜は取り付けて寝るんだよ」
「「「「おう」」」」
そして皆は兜をつけて、横になり始めた。夜のリバンレイは初めてではないが、平野とは違って生き物の気配がほとんどしなかった。空を仰げば、眩しいばかりの星空が見える。マッピングと座標が肝心だと言うアイドナに従って、出来るだけ周辺の環境を見るようにしているのである。
《ここまでのデータから解析すると、やはり普通の冒険者では登っては来れません》
それを可能にする計算はあるんだろ?
《とにかくマッピングと座標の記録が優先です》
それが出来たからと言ってどうなるのかは分からんが、俺はアイドナの予測演算を疑ってはいない。全ての情報、一瞬一瞬の変化、それらの全てが全ての結果につながる。
そんな時、山の上の方から何かが蠢く気配を感じるのだった。