第百三十九 リバンレイ山の麓にて
リバンレイ山の麓の森、大抵の冒険者はここで薬草を取ったり魔獣を狩ったりする。それを持ってギルドに行き、現金や物資と交換してもらうのだ。そこに風来燕と俺達が、自分の鎧と荷物を担いで来た。それを森の手前にある小屋にドサリとおいて、休んでいた冒険者に話を聞く。
「森の様子はどうだい?」
ボルトに聞かれた若い冒険者が答える。
「うーん。僕らは奥まで行かないが、山脈に差し掛かる辺りでは強い魔獣も出ているらしい」
「何が出る?」
「トロルとかオーク」
「なるほど」
そしてボルトが俺に向かって言う。
「森の奥に出る定番だな。おかしな様子は無さそうだ」
「トロルやオークなら問題ない」
今の話を聞いて、若い冒険者達がボルトに聞いて来る。
「パーティー名を聞いても?」
「風来燕だ」
「風来燕! あの! ぬ、主喰らい!」
「あはは…」
ボルトとしては不本意な二つ名らしいが、既にギルドには定着しているらしい。
「あの!」
若い女の冒険者が手を挙げた。
「なんだい?」
「どうしてBランクのままなのですか? 巷ではもうAランク以上だと噂です」
するとボルトは複雑な顔をする。
「いやあ…なんつうか。その二つ名は俺の実力じゃねえっていうか、まだまだ力をつけねえといけねえって思ってる」
「でも、各地の主を狩りまくったって聞いてます」
「ははは。パルダーシュで物資が不足しててな。その手伝いみたいなもんなんだよ」
「そうなんですね。なんだか謙虚な人で意外でした」
「謙虚って訳でもねえんだがな…」
「あら、ボルト。Aランク試験受けて見たらいいんじゃない?」
「からかうんじゃねえ。お前も内情を知ってるだろ」
「なんの事だか」
ボルトがバツの悪そうな顔をしているが、他の三人はニコニコしていた。だが、トロルやオークが出ると聞いて俺が言う。
「魔石の補給が出来そうだ。王都の龍戦で大量に燃やしてしまったからな、今ある分だけでは心もとない。トロルやオークが出るならそれを狙う魔獣が出るだろう? パライズバイバーやジャングルリーパー並の魔獣が居れば、大きな魔石が取れるかもしれない」
「んじゃ、行ってみっか」
ボルトが言うと、皆が荷物と鎧を背負い始める。本来は着て動いた方が良いのだが、魔石とメルナの魔力を消費してしまうので、ここまで脱いで持って来たのである。
俺達は小屋を出て森に向かい歩き出した。そこでボルトが言う。
「コハク! 強化鎧も改良したんだよな?」
「ああ。魔石を入れる場所を四カ所に増やした」
「四倍は動けるって事か?」
「そうだ。だが四倍の魔石を消費するからな、どうしても魔石を補充する必要がある」
「了解だ」
森に入ってしばらく進んで行くと、チラホラと小型の魔獣が見えて来た。
ベントゥラが立ち止まって言う。
「魔除けの薬草を塗っておくか」
「だな」
小型の魔獣をいちいち相手していると進みが悪くなるらしく、魔獣が嫌う臭いの薬草を塗るのだそうだ。そうしているとメルナが持っているマージが言う。
「あんたらも冒険者してるんだねえ」
「そうです賢者様。伊達にBランクじゃないです」
「そりゃそうだわね。まあ、今回の事はいい勉強になるから」
「リバンレイ山に単独パーティーで登るなんて、ランクが上がったみたいな気分っすわ」
「それこそ、Aランクの戦い方になると思うさね。強化鎧で暴れるといい。王都で戦った要領を覚えているんだろう?」
「やってみます」
森を進んで行くと、ベントゥラがあたりを確認しながら言う。
「このあたりまで来ると、薬草もとられていねえ。低ランクが入って来れねえんだな」
マージが答える。
「リバンレイ山に強い魔獣がきて、押し出されとるんじゃろう。中型の魔獣が森の中に出て来よる」
ベントゥラが答える。
「噂をすれば影ですねえ。ランドボアがいる」
「持ち帰れないからもったいないねえ。どこかの冒険者にくれてやれるならいいが」
「できますぜ」
ベントゥラが笛を取り出して吹いた。
ぴゅぃ! ぴゅぃ! ぴゅぃ! ぴゅぃ!
「ランドボアが気づいた。きっと他の冒険者も来る」
「なるほどねえ」
すると俺達の方に向かってランドボアが突進してくる。そこでマージが言う。
「メルナにやらせてはくれまいか」
「あ、ああ。いいですよ」
メルナが前に出て、何やらブツブツと詠唱している。そこにばっ! とランドボアが突撃して来た。
「蛇電撃!」
ぱりぱりぱり!
ランドボアが突然固まって転がる。
「死んだ?」
「いんや、麻痺だ。ボルトが、とどめを刺しておくれ」
「ああ」
ボルトがランドボアの首後にズボっと剣を刺しこんだ。ランドボアは身動きも取れずに絶命する。
「凄いな! まるで木の人形みたいに固まってたぜ」
「神経に直接電気が絡まったのさ」
「メルナがどんどん強くなりやがる」
「えへへ」
するとそこに、他の冒険者たちが駆けつけて来た。
「お、応援に来て見りゃもう決着ついてるじゃねえか」
それにボルトが答える。
「俺たちゃ、これからリバンレイに登るんだよ。悪りいが銀貨五枚で買い取ってくんねえか」
「リバンレイに登る? 単独でか?」
「そうだ」
「命知らずだな」
「安全を担保しながら登るさ」
「わかった。それよりも、これだけ大きなランドボアなら、銀貨九十は下らねえぜ」
「いいんだよ。一刺しで首の後ろの骨を切ったから、血は回らねえと思う。ここに置いといたら、他の魔獣が来ちまうからな。買い取ってくれると助かるんだ」
「もちろんだ。俺達の今日の仕事はこれで終わりだよ…つうか、あんた風来燕のボルトだろ?」
「良く知ってんな」
「もちろんだ。もしかして主狩りに来たのか?」
「まあ、そんなところだ」
「武勇伝を期待してるぜ!」
「ははは。まあ適当にやって来る」
そうして俺達はランドボアを冒険者に銀貨五枚で売りつけ、さらに森の奥へと進んで行く。森は広く二時間ほど彷徨っていると、森が切れたその先に岩肌の勾配が見えて来た。
するとベントゥラが言う。
「見て来る」
俺達は森の縁に座り込み、水袋を取り出して水を飲んだ。そこで俺がボルトに言う。
「随分慎重なんだな」
「は? これが普通だぜ。前みたいに、街道から少しそれた場所じゃねえんだ。何かあっても、救助を頼むのに今の距離を戻らなきゃならねえ。だから、注意深く様子を見て進むのは鉄則なんだ」
「そうなんだな」
そんな話をしているとマージも言う。
「コハクは武装も装備も無しで、小娘二人連れて登っているからねえ、なんでって思うのは当然さね。だけどねえ、ここはそんな簡単に登っておりて出来る山じゃないんだよ」
「わかった」
まどろこしく感じる。
《ノントリートメントの積み上げて来た知恵なのでしょう。ですが、魔獣に極力合わずに倒すべきものだけ倒して、マッピングを急いだほうが効率は良いです》
ポイントさえ分れば、後でどうにでもなるからな。
《ですがここは、ノントリートメント達が築き上げた知恵をデータとして収集しましょう》
わかった。
ベントゥラが帰ってきて言う。
「トロルのフンが落ちてた。めちゃくちゃくせえから、まだ新しい。このあたりのどこかに、トロルがいるのは間違いねえな」
「トロルならコハクが単独撃破できるさね。問題は細かくて群れを成す魔獣さ」
それを聞いてボルトが頷いた。
「なるほど。コハクの力は大規模殲滅には向かないか…」
俺がマージに聞く。
「マージ。それはなんだ?」
「甲殻系の虫魔獣が群れを成しているのは厄介なんだよ。あたしの体があれば、大規模殲滅魔法が使えるんだけどねえ。メルナは使えないし、フィラミウスに教えたとて魔力が少ない。それが来たらみんなで強化鎧を着て、じっと身を潜めるしか方法がないよ」
「そうか」
《マージの言う通りでしょう。ですからその為にもマッピングと座標を急ぐのです》
まあ彼らのやり方に従いながら、やって行こう。
《そうしましょう》
そこで俺が言った。
「大型のは俺がやる。ベントゥラは強化鎧をつけるタイミングを見計らってくれ。先は恐らく鎧を着たままになると思う。マージが言った甲殻虫系の魔獣の危険性もあるから、ある程度余裕を見て着るようにしよう」
「「「「おう」」」」
マージがメルナに言う。
「あたしをバッグから出して、鎧に仕込んどきな。いざという時、慌てたらメルナがやられてしまう」
「うん」
メルナが、背負ってる鎧の一部にマージを収納した。
「いよいよだな。気を引き締めていくぞ!」
「「「おう!」」」
先に進むと、ベントゥラの言っていたトロルのフンが落ちてた。確かに匂いがきつく、皆が鼻を押さえて先に進む。そこからはベントゥラが先行し、戻って来ては進むのを繰り返していく。
そしてベントゥラが言う。
「トロルがどこにもいねえ」
それを聞いたマージが言う。
「……なら、そろそろ強化鎧を着た方が良いねえ。コハクとメルナは皆が着るのを手伝っておやり」
「わかった」
「うん」
俺達は背負って来た強化鎧の荷解きをして、リバンレイ山に登る準備を始めるのだった。ようやく重い鎧に解放された風来燕達は、それぞれに肩をトントンと叩いたりしている。
マッピングはどうだ?
《順調です》
俺は風来燕たちの鎧を着せ始めるのだった。