第百三十八話 ギルドマスターとの手合わせとボルトの企み
話し終えるとギルドマスターが立ち上がり、俺達について来いと言う。するとまずは、一階の受付に連れていかれた。そしてギルドマスターが、一枚の紙を取って俺に言った。
「これを書いて欲しい」
「それはなんだ?」
「もちろん死ぬことは無いだろうが、怪我をするかもしれない。そうなってもギルド側に責がないという念書だ。ギルド員ならいざ知らず外部の人間に、しかも男爵に怪我をさせたとなっては問題になる」
「そうか」
俺はその紙にサインをした。すると受付の女が聞いて来る。
「ギルマス、誰か指名はあるのですか?」
「俺がやる」
「ギルマスが自ら仕合?」
「そうだ。どうやら彼は王覧武闘会の優勝者らしい。それが本当なら俺でも役不足だ」
「いや…とてもそんな風には見えませんが」
するとギルドマスターが女を軽く見据えて言う。
「言葉には気を付けろ。男爵様だ」
「し、失礼いたしました」
その一連の会話を聞いた冒険者達が、ざわつき始めた。
「おいおい! マジでギルマス自ら相手するのかよ!」
「元Aランクの実力が見れるのか!」
「相手は、あのひょろひょろ男爵だってよ!」
「おりゃ、ギルマスに銀貨十!」
「俺はギルマスに銀貨三十だ!」
するとにわかにギルド内が賑やかになって、デミまでが近寄ってきてボルトに聞く。
「ボルト! こ、これどうなってる?」
「聞いての通り。うちの男爵とギルマスがやるんだよ」
「ギルマスとなんて無理だろ!」
だが、そこでボルトが手を挙げて大きな声で言う。
「風来燕のボルトだ! 我が主のコハク男爵に金貨十枚だ!」
それを聞いて更に騒がしくなる。冒険者の一人が、何かを紙に書きながら言った。
「元締めやります! 他にかける人いますか? 参加する人はまず銀貨を一枚に預けて!」
「よっしゃ! ギルマスに金貨一枚」
「おもしろくなって来やがった! ギルマスに金貨三枚!」
「ちまちま賭けてんじゃねえぞ! 俺はギルマスに金貨十だ!」
結局はエントランスに居た冒険者全員が賭けるようだ。
「ボルト以外はギルマスですか? 大穴にかける人はいませんか?」
そこでボルトがデミに言う。
「悪いことは言わねえ。デミもコハクにかけときな」
「は、はは。じゃあわかった。俺もコハク男爵に銀貨五十!」
「マジかよデミ! 二、三日タダ働きだな」
「ボルトも大損だぜ!」
するとガロロが大声で笑う。
「がははは! 大丈夫か! ボルト! 本当にいいのか? 損してもわしゃ貸さんぞ!」
《ガロロはワザと言っています。恐らくは金額の釣り上げかと》
それを聞いたボルトが更にあおるように言った。
「いいぜ! なんなら金貨百だ! どうだ! みんな! 降りるなら今のうちだぜ」
すると数人の弱そうな冒険者が言う。
「や、やっぱり。コハクに変える!」
「おれも!」
「王覧武闘会で優勝したんだよな? おれもコハクに変えるぜ!」
だんだんと俺の方に流れ込んで来た。
「駆け出しはこれだからいけねえ。ガセだよ! ガセ! 闘気も気迫もねえ、絶対無理だろ!」
「あの筋肉の圧倒的な差! やはり最後にものを言うのは力だ!」
「だな! ギルマスの斬撃が一発でも入ったら死んじまうんじゃねえのか?」
「ちげえねえ! 悪いことは言わねえから、ギルマスに乗っておけばいいんだ」
こいつらは数値が見えんのか?
名前 ギルドマスター
体力 189
攻撃力 164
筋力 209
耐久力 260
回避力 198
敏捷性 221
知力 96
技術力 368
《恐らく冒険者達にステータスの概念がないようです》
おおよそビルスタークに近いところだ。決して弱くは無いぞ。
《剣聖ドルベンス・バーリクードや剣聖フロスト・スラ―ベルより数値は低い》
だな。
しかし冒険者達が、ボルトにつられて金額を釣り上げて来た。
「おりゃギルマスに金貨十」
「なら俺は金貨二十だ」
「俺は金貨三十だ」
ほとんどの冒険者の金額が確定し賭けが成立する。俺とギルドマスターが仕合の会場に向かう間、冒険者達がくすくすと笑いながらついてくる。
「なんだあ? あの男爵様は全く覇気がないし、闘気が全然感じられねえぞ」
「ばか、言うな。ボルトが気変わりする」
それを聞いてボルトが答えた。
「聞こえてるよ。だが気変わりなどしねえ、俺は一生コハク男爵に全ベットだ」
「へえ…」
「マジで王覧試合で優勝したんだがなあ」
「ガセだろ?」
「まあみりゃわかる」
試合会場は王都の闘技場よりもずっと小さく、観客の冒険者達は同じ目線で周りを囲んでいる。そんな中でギルドマスターが俺に聞いて来た。
「得物を持っていないようだが、なにを使う?」
「片手剣を二本」
「二本?」
「そうだ」
「確かにその体では、片手剣が丁度いいだろうが…二本か」
「そうだ」
するとすぐそばにいる、ベントゥラが更に言う。
「ギルマス! あんたの得意なロングソードと盾を使うといいぜ!」
それを聞いてギルマスがギロリとベントゥラを睨む。
「死んでも知らんぞ」
「あんたがな」
それで一気に冒険者達が沸いた。だがギルドマスターは冷静に言った。
「とはいえ、殺し合いじゃない。木剣にしておこう」
するとボルトが言う。
「本当に良いのかい? ギルマス」
「俺は皆のように疑っちゃいない。そして金を勝手にかけ始めたのはお前達だ。俺はどうなっても責任は取らんぞ」
《木剣では一瞬ですが》
「ギルドマスター。あんたは普通の剣を使うといい、そうじゃなきゃすぐに終わる」
それを聞いて、冒険者達がドッ! と沸いた。
「煽るねえ!」
「男爵様、どうなってもしらねえぞ」
どういうことだ?
《挑発と取られたようです》
挑発などしていない。
《ノントリートメントの思考ではそうです》
そこでようやくギルドマスターが、ニヤリと笑って言う。
「おもしろいな」
《何かに気づいた顔です》
なんだ?
《不明》
するとギルドマスターが言った。
「ならお互い普通の剣を使うとしよう。おい! 訓練用の武具を持って来てくれ!」
ギルド員が俺に片手剣を二本、ギルドマスターにロングソードと盾を持って来た。
「はじめ!」
ギルド員が言い、俺は両手の剣を構えてギルドマスターの前に立つ。
そこでギルドマスターがポツリとつぶやくのを、俺の聴覚が聞き取った。
「はったりじゃねえな。ボルトめ、きっちり金を稼ぎに来やがった…」
《ボルトが拍車をかけた事もあり、構えから量を予測したようです》
油断は無くなったという事だな?
《はい》
既に未来予測演算による、ヴァーチャルリアリティ映像が数パターン表示されている。どうシミュレーションしても俺の勝ちだが、やらなきゃ終わらない。ギルドマスターが俺に話しかけて来る。
「来ないのか?」
《自分から手の内を明かさないようです。それはそれで、あなたを攻略するうえで最善策かと》
まずいんじゃないのか?
《来ないなら何もさせないで終わりです》
俺は瞬発力を生かして、一気にギルドマスターに肉薄し左手剣を突き入れる。だがそれを左にかわそうと、体をひねりつつギリギリで見切ったようだ。
《詰みです》
一瞬で俺の体がコマのように回り、ギルドマスターの死角から剣を回す。おそらくギルドマスターは俺が通り過ぎた後で、斬撃を繰り出そうと思っていただろう。今は俺の後頭部を見ているはずだ。剣を振り上げていたギルドマスターの、肘めがけて俺の右手剣が斬りつけた。格闘技で言うところのバックハンドブローのように、俺の剣がギルドマスターの肘に直撃する。
ビュン! ボキン!
「があ!」
ギルドマスターの肘が折れてしまった。ガイドマーカーに沿って、一番打撃に弱い所を寸分の狂いもなく振りぬいたからだ。それでも体を盾で庇いながら、折れた腕で落ちた剣を拾おうとしている。
凄いものだな。
《メンタルが強いようです》
ガン! と落ちた剣を踏みつけ、左手剣を盾の上から滑り込ませる。まあこれ以上怪我をさせる訳にいかないので、ギルドマスターの眼球の前で止めた。ギルドマスターはそれ以上動かずに言う。
「まいった!」
「勝負あり!」
ギルド内が水を打ったように静かになった。
そこで俺がギルドマスターに言う。
「すまない。腕を折ってしまった。俺が持っている薬を使うといい」
ギルドマスターは痛みに耐えながらも、苦笑して言う。
「殺気が無い相手に、どうやってあの攻撃を防げばいいんだ? あれでは、いかな剣聖と言えども勝負にならなかったのではないか?」
「まあ…そうだな」
すると次の瞬間、ワッ! と歓声がおきる。
「ギルマスだぞ? ギルマスが何もさせてもらえなかった」
「だけど、すげえもんを見せてもらったぜ」
「ああ。鳥肌が立った」
だが次の言葉で皆が我に返る。
「よし。賭けは俺の勝ちだな」
ボルトだ。
「そうだあああああ!」
「うわああ! 全財産持って行かれた!」
「ま、まってくれ!」
そこでボルトが大声で言う。
「金は今日の手持ちだけ置いてってくれりゃあいい! 元締めは、デミと駆け出しの奴らが賭けた分だけはくれてやれ!」
「あいよ」
「マジかよ!」
「天使!」
「ボルトいい奴!」
「たーだぁ!」
皆が静まり返ってボルトの次の声をまった。
「こりゃ貸しだ! だからちょっと俺達に協力してほしいんだ! パルダーシュでは今、物資を欲しているんだ! 集めて欲しい素材があるんだが、ベテランも新人もぜひ俺達に協力してくれるとありがたい! 欲しい素材はギルマスに伝えてあるから、ギルドの方で依頼出しを頼む!」
「はい」
なるほど。
《ボルトは初めからこれが狙いだったのですね》
そして俺はメルナを呼んだ。
「メルナ!」
「はーい」
「青い薬をくれ」
メルナがバックから、青い薬の瓶を取り出した。俺がその蓋を開けギルドマスターに言う。
「腕を出してくれ」
「ああ」
青い薬をかけるとゴリリ! と折れた腕が繋がり、傷が完治した。
「なんだと!」
「これで元通りだ」
「そ、その薬は…なんだ? そんな高価な薬を何故こんなところで?」
「これはパルダーシュ秘伝の薬だ。めちゃくちゃ高級品だが、ちぎれた腕も繋がるぞ。この瓶はあんたにくれてやるから、興味がある人に教えてやってくれ。念のために言っておくが、一瓶金貨五百枚だ」
「金持ちなら手が届くな。白金貨百枚くらいはするのかと思った」
「それじゃあ売れな過ぎる。効き目は間違いないし、パルダーシュには様々な治療薬がある。だから貴族だけじゃなく、冒険者も薬の事ならパルダーシュと伝えてほしい」
「凄い技を見せてもらった礼だ。それくらいはさせてもらうよ」
「それで、リバンレイに単独パーティーで登る許可は?」
「もちろん行ってくれ」
ギルドマスターから、単独パーティーでのリバンレイの入山許可がおりた。
ボルトが言う。
「んじゃ。ギルマス! 俺らは登るからよ、他の素材は冒険者達に集めてもらうように頼むぜ」
「了解した」
俺はギルドマスターと握手をかわし、ギルドのエントランスを歩いて行く。すると冒険者達がニコニコしながら、俺を見ているようだった。それを見てフィラミウスが楽しそうに言った。
「あら、羨望の眼差しに代わってるわよ。コハク!」
「そうなのか?」
「凄い事やったんだもの。それはそうよ」
そして俺がギルドの受付にいき、ダマの採取とリバンレイ山の調査の依頼を出すのだった。