第百三十三話 神の薬
ボルトが四つの竈に火をくべて、均等に水が入った寸胴鍋をそれぞれに一つずつ四つ吊るした。
「ボルトや、風来燕を連れて来ておくれ」
「わかった」
ボルトが魔獣解体場を飛び出ていく。そしてマージがメルナに言った。
「鞄から匙を取りな」
「うん」
マージがメルナに指示をし、四つの鍋に三十種類以上の素材を均等に入れていく。薬草、魔獣の皮、魔獣の胆液、白い木の皮、骨の炭などを天秤にかけて量を図りながら、何度も分割して入れて行った。
「マージはこれを全て記憶しているのか?」
「そりゃそうさね。あたし独自の秘伝薬の作り方だよ」
「そうか」
《既に記憶しました》
「なんかに書き記したらマネされちまうだろう? 回復薬は金になるからねえ、それもパルダーシュの資金源になっていたのさ。しかも流石は王都ギルド、普通なら手に入らないような素材も豊富にある。そして、そのどれもが凄く質が良い。余ったらもらって行こう」
「そうしよう」
するとそこに風来燕の四人が来た。
「連れて来たぞ!」
「じゃあ、一人一つの鍋をかき混ぜ続けてくれるかね」
「「「「わかった」」」」
四人が棒を持って、寸胴鍋をかき混ぜ続ける。
「コハクはこっちだ」
「ああ」
「メルナや、スクロール用の羊皮紙四枚と、ペンを取り出してコハクに渡しておくれ」
「うん」
俺はペンを渡される。
「ここからが、コハクの腕の見せどころさ」
「どうすればいい?」
「メルナ。あたしをテーブルに置いておくれ」
「うん」
マージ魔導書がテーブルに置かれると、パラパラと頁がめくられて開いた。
「いいかいコハク」
「ああ」
「これが回復魔法の魔法陣だ。よく見て覚えておくれ」
《既に過去データーから呼び出しました》
「覚えた」
「もうかい!?」
「ああ」
「じゃあ次は」
パラパラを魔導書がめくられる。
「これが再生魔法の魔法陣だよ」
「記憶した」
「…う、うむ。じゃあ次は」
「ああ」
またパラパラと魔導書がめくられる。
「これが蘇生魔法の魔法陣さね」
「記憶した」
「そうかい。で、どうだい? この三つを融合させた新しい魔法陣は作れそうかい?」
《素粒子AIの演算が終わりました。シミュレーションでも百パーセント稼働します》
一秒もかからず俺の視界には、一つの魔法陣が出来上がっている。
「出来そうだ」
「そうかいそうかい! ならいつものように四枚同じのを書いておくれ」
「分かった」
俺はガイドマーカーで表示された魔法陣を、寸分の狂いもなく書き記す。そうしているうちに、マージが風来燕達に聞いた。
「薬の色が変わる頃だよ」
「俺のが変わった!」
ボルトが言う。見れば紫色に変化していた。
「熱いからね。籠手をして鍋を二人でもって、このスクロールの上に載せておくれ」
「わかった」
俺とボルトが吊るしてあった作業用の籠手をはめて、その寸胴を一つのスクロールに置いた。
「メルナや。魔力を注いでくれるかい?」
「うん」
メルナが敷いたスクロールに魔力を注ぐ。すると寸胴鍋がキラキラと輝き、次の瞬間シュボッ! と煙を吐いた。
「どうだい? 赤になっているかい?」
メルナが覗き込む。
「ううん…真っ青」
「真っ青? そんなの見たことがないねえ。真っ赤じゃないのかい?」
「真っ青だよ」
《これが完成体です。効能は間違いありません》
だが、そんな事を言っているうちにフィラミウスが言う。
「こっちも色が変わったわ」
「なら急いでスクロールの上に移しておくれ」
同じようにその寸胴鍋をスクロールの上に置いて、メルナが魔力を注ぎ込む。
シュボッ!
「どうなった?」
「また真っ青」
「どういう事だろうねえ…」
「こっちも色が変わったのじゃ!」
ガロロの鍋もベントゥラの鍋も移動させ魔力を注いだ。だが結果は全く同じで、真っ青な液体になってしまっている。
それを見てベントゥラが言う。
「これが傷薬? 薄い桃色がローポーションで、濃いピンクがハイポーションだろ?」
マージがそれを聞いて言う。
「おかしいねえ。あたしのは、更に上のポーションで赤になるはずなんだがねえ」
《間違いなく効能はあります》
アイドナが何度も言うので、俺がみんなに言う。
「これで問題ないはずだ」
するとボルトが言う。
「んじゃ、信じてやってみっか」
腕を出してナイフを取り出し、スッと傷をつけた。
「痛てて」
そして最初に出来た鍋の棒を取り出して傷につける。それを見てボルトが不思議そうに言う。
「えっ、もう治った?」
「どんな感じだい?」
「全く傷が無い」
「なら私の赤ポーションと同じだねえ…にしても青とはねえ」
「だが傷は治る」
「そうだね! それじゃあこの鍋を、一つギルドのエントランスに持って行っておくれ」
「あいよ!」
「フィラミウスとガロロはここで残りを見張っておいておくれ」
「「わかった」」
ボルトとベントゥラが最初の鍋を持って、ギルドのエントランスに行くと、ギルドの受付が駆けつけて来る。
「これは?」
「ポーションだ」
「青いようですが…」
だが俺が言う。
「怪我人はこっちにこい!」
数名の冒険者がこちらに来て、最初の男が腕を出す。
「魔獣にやられたんだ。火傷が酷い」
鍋から棒を取り出して、傷にトンと付ける。すると一気に火傷が消えた。
「は?」
「次だ」
そいつは自分の腕を不思議そうに見ている。それを押しのけて後ろの奴が前に出て来た。
「おりゃ、腕が折れちまったんだが、それで治るのかい?」
同じように腕にそれを塗ると、変に曲がっている腕が元に戻る。
「おお! 痛くねえ!」
すると部屋の奥から声がかかる。
「こ、こっちを見てくれ! 酷いんだ」
俺達がそこに行くと、足の骨が出てちぎれかかっている奴がいた。俺がもう一回鍋につけて、その棒についた液体をちょろちょろと垂らす。するとあっという間に筋肉が伸び始め、折れた骨が繋がり、皮膚が再生した。
「な…なんだこりゃあ!」
「お、おいおい!」
「どうなってんだ!」
冒険者達が驚いているが、それを見たボルトが大きな声で言う。
「今は驚いている場合じゃねえ! とにかくここに怪我人を連れて来い!」
「「「「「「わかった!」」」」」」
冒険者達は一斉に出て行った。
「ベントゥラ! オーバースの旦那と騎士団を呼んできてくれ! 王都のどこかにいるはずだ!」
「わーった!」
その間も冒険者達が次々に怪我人を連れてくるので、その薬でどんどん治して行った。そうしているうちに、オーバースと騎士団がギルドにやって来る。
俺が大声で言う。
「オーバース! 治療薬が出来上がった! 騎士達に運ばせて王都内の怪我人の治療してほしい!」
「治療薬?」
すると、丁度そこに腕が欠損した市民が担ぎ込まれる。
「見ててくれ!」
パシャ!
ちぎれた腕にかける。すると骨が生まれ筋肉が出来て腕が元通りになった。
「な…なんだと? これは神の薬か…?」
「なんでもいい! 奥に三つのなべがある! それを持って市内の怪我人を治すんだ!」
「わかった! おい!」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
俺が騎士団と共に魔獣解体場に行き、鍋を騎士団に渡した。鍋を上げるとスクロールは焦げて無くなっており、俺の描いた魔法陣はどこにもなかった。騎士団がそれを次々と運び出している時に、マージがオーバースに言った。
「こっちで作っておくから、他の騎士団を後でよこしな」
「わかりました!」
そう言ってオーバースは騎士団と共に出て行った。
マージが風来燕に言う。
「もう一度、鍋に火をかけておくれ」
「あいよ」
「わかったわ」
「おう!」
「よっしゃ」
そうして俺達はまた、薬を作り始めるのだった。メルナが分量を量り、風来燕がかき混ぜて終わったものを、俺が描いたスクロールに乗せてメルナが魔力を注ぐ。
結果は同じだった。
真っ青な液体が寸胴の鍋に四つ出来上がった。
そこでボルトが言う。
「こんな薬見たことがねえぜ。もげた手足が生えて来るなんてな」
するとマージが言う。
「そういうのは神級の蘇生魔法なんだがね。あたし以外に使ったのを見たことがないねえ。あたしだって魔力がいっぱいじゃ無いと使えやしない。それが…薬で再現できるなんて事があるのかい?」
そんな話をしているとそこに、トレラン将軍が現れた。
「オーバースから聞いた! 神の如き薬があると! 騎士も市民も瞬く間に治す事が出来ると聞いておる!!」
それに対しては俺が答えた。
「これです。騎士団で使ってください」
「おお! コハクよ。またそなたか! この事は陛下に申し伝えておくぞ!」
「必要ないが…」
「そう言う訳にはイカン! とにかく貰っていくぞ! おい!」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」」
騎士達が寸胴鍋を運び出して行った。
するとそこでようやくマージが言う。
「多分だけど…あの薬は余るだろうねえ。ひとかけで腕が繋がるんじゃ、王都中を治し回ったって全部使うか分からないよ」
「マズかったろうか?」
「仕方ないねえ」
そこでボルトが呆れたように言う。
「ははは…。だけどよう、コハク」
「なんだ?」
「お前、また王様に呼ばれるぜ」
「そうかな?」
《確実です》
自分の存在がだんだんと大袈裟になってる気がする。大丈夫なのだろうか?
《仕方ありません。人命救助を優先させた結果です》
立場が悪くなることは無いだろうか?
《無いでしょう…ですが自由が奪われる可能性があります》
それが一番嫌だ。そんなのはAI社会で十分体験して来た。また管理下に置かれるというのか?
《はい》
イヤだ。何か方法は無いか?
《ノントリートメントの世界は地位が自由をかなり左右します。実力行使で地位の向上を図るようにいたしましょう》
実力行使で? そんな事をしたら俺は殺されないか?
《問題ありません》
本当か?
《はい》
俺は自分の立場が、どんどん大きくなるにつれて恐怖を感じるのだった。今はアイドナが俺の意向を組んで、不自由にならない方法をもっているらしい。
本当なのか…?
《強化鎧もこの回復薬も、軍事的に重要な意味を持ちますので、あなたの存在価値が極端に上がっております。だがあなたを縛り付けておけるような武力も、既に人間は持ち合わせておりません。更には古代遺跡と称している、あの有機体と融合した機器類には可能性があります。コロニーに残存するエネルギーをもってすれば、だれもあなたを拘束する事など出来ないでしょう。それらを踏まえて言えば、あなたの自由を阻害できる存在はおりません》
…改めて言われて認識した。あの強大な魔物達ですら、俺を止めておくことはできなった。前世のAI管理の世界の認識が体にこびりついており、自分が一番矮小な存在だと思っていた。
そうか。
《はい》
だが俺は思う…、ここまでの行動はほぼアイドナの予測演算に基づいたものだった。俺が自ら切り開いてきたわけでは無い。言ってみれば今の結果は、アイドナが生み出したと言っても過言ではない。
俺は、なぜか得体のしれない恐怖を感じてしまうのだった。