第百三十二話 市民救助のための優先順位
酷いありさまではあるものの、王都はパルダーシュより状況が良い。まずは住宅の倒壊がそれほどひどくない事、そして住人の多くが生き残っているのが救いだ。もしパルダーシュのように蹂躙され続ければ、恐らくは人のいないゴーストタウンになっていただろう。それでも状況は深刻で、打開策を見出さねば被害者はもっと出るような状態だった。
俺は風来燕とメルナと共に、街中の怪我人の搬送に明け暮れていた。騎士達は生存者を救出する側と、死体を運び出す側で分かれていて、俺達はその救出する側にまわっていた。
ボルトが言う。
「ギルドも総出でやってるらしいけど、全く人手が足りていないな」
「騎士団も、かなりやられたからな」
アイドナが言った。
《救助が間に合わずに死ぬ命もあるでしょう》
どうにか出来ないか?
《現場で治癒してしまうしかないです》
治癒師が圧倒的に足りてないし、魔力が直ぐに欠乏してしまう。
《マージに聞きましょう》
俺はメルナを止めて、バッグのマージに話しかけてみる。
「マージ。これじゃ追いつかない、他に方法は無いか?」
「うーむ。メルナから聞いたが凄い数なんだろう?」
「そうだ。だが搬入しているうちに、死んでしまう命があるようだ。現場で治療するにも、治癒師が圧倒的に少なすぎて間に合わんようだ」
「なるほどねぇ…。だけど現場で治癒なら出来るかもねえ」
「そうなのか?」
「要は治癒薬が足りてないんだろう? 素材ならギルドの倉庫にあるよねえ」
「だろうな」
「それを使って、あたしが作ればだいぶマシかもしれないよ」
「ギルドに行って素材をもらえばいいのか?」
するとボルトが言う。
「そんなに簡単に素材を放出はしないさ。アイツらだって商売でやってるんだ」
「なるほど」
だがフィラミウスが俺に言った。
「今のコハクなら、王城にもギルドにも顔が利くんじゃないかしら?」
「どういうことだ?」
「うーん。王様から言うように頼んでみるとか?」
だがガロロが首を振る。
「ギルドだってこんな状況だ。もう赤字になってるのに、身を切るのは考えられんじゃろ」
その話を聞いてアイドナが俺に言う。
《ならばギルドには原価割れしないように、原価で原料を買い取るよう言うと良いでしょう。今は現金が大事でしょうから恐らくは原価で売ります。それを王に言って、買い取ってもらうように働きかければ効率が良いかと。かつ主喰らいが話を持って行けば、ギルドも融通を聞くでしょう》
俺はそのまま皆に伝えてみた。
「ギルドは金が欲しい、なら原料を現金化したいだろうから原価で売ってもらうように言う。王宮は市民を救いたい、ギルドの儲けにならないならば、その物資を買い取る事くらいはするんじゃないか?」
風来燕が一斉に俺を見た。
「いけるかもしれねえぜ」
「じゃ、王城に行ってそれを伝えて来る。ボルトはギルドに行って話をつけてみてくれないか? 主喰らいの話なら聞いてくれると思うぞ」
するとフィラミウスが言う。
「それもそうね。王都の娘さん達にも、あんなに慕われてたくらいだから」
「それは関係ねえだろ。でもギルドには言って見るぜ」
「なら俺は王様に言って来る」
「おうよ」
そして俺はメルナを連れて王城に向かう。城に行くと、門番はすぐに俺を入れてくれた。どうやら顔を認識しただけで、入れてもらえるようになったらしい。とにかくフィリウスかヴェルティカを探さなくてはならない。
俺は近くに居た騎士に聞く。
「すまんが、フィリウス辺境伯はどこにいるだろうか?」
「辺境伯様はこちらには来ておられない。だが城内のどこかで手伝いをしているはずだ」
「わかった」
するとマージが俺に言った。
「もしかすると、ヴェルティカの事だから兵舎で治療にあたってるかもしれないねえ」
「わかった」
王城を出て、騎士の兵舎に向かう。兵舎に入りきらない怪我人が庭にもたくさんいて、兵舎の扉も開きっぱなしだった。俺はそのままそこを通過して中に入っていくと、建物の中がごった返している。それでもその人ごみをかき分けて行くと、アイドナが俺に言う。
《聴覚強化でヴェルティカの声を拾います》
よし。
「……傷口を…押さえて…」
声のする方向にガイドマーカーを表示し、そのまま進むとヴェルティカがいた。メルナがヴェルティカを呼びに行く。
「ヴェルや。忙しいとこ悪いんだけど来てもらえるかの」
「わかった。ここをお願い!」
「「はい!」」
そうしてヴェルティカを俺の所に連れて来た。
「ヴェルティカ。このままでは大勢死ぬ。だから搬送前に現場で助けられるようにしたい。それに使う治癒薬が圧倒的に足りていないんだ。材料をギルドに放出してもらうんだが、それを王に買い取ってもらうように取り次いでほしい」
「それが一番効率が良いのね?」
「そうだ」
「わかった」
ヴェルティカのドレスはもう怪我人の血だらけだったが、そのまま俺達を連れて王城に向かった。執務室の前には騎士が二人いて、その扉の番をしているようだった。
「すみません。パルダーシュの娘です」
「「は!」」
「陛下にお取次ぎしてほしいのです。市民の救出のためにお願いがあると」
「おまちください」
一人の騎士が入って行き、すぐに出て来て俺達に入るように言う。
「失礼いたします!」
俺達が入ると、中では王や大臣達が話をしているところだった。すると王は俺を見つけ嬉しそうに言った。
「おおコハク! こちらにおいで」
「は!」
俺は王の元に行って深々と頭を下げる。ヴェルティカのドレスが血だらけなのを見て、王が眉をひそめて言う。
「そなたまで治療にあたっておるのか?」
「現場はそれほどまでに深刻な状況です」
「ふむ。して、なに用じゃな?」
するとヴェルティカが俺に話すように促す。
「現場では治癒師が不足し治療薬がほぼ無くなっており、急ぎ治癒薬を作って供給せねばなりません。あいにく私とメルナが治癒薬を調合出来ますので、材料さえあればと思っていたところですが、ギルドの資材倉庫に大量に眠っているだろうと目を付けました」
「うーむ。ギルドとなると国では手を出せんが」
「ですので、いまギルドに物資を原価で放出するように依頼をかけております。何卒それを買い取っていただいて、市民の命を救うためのお助けを頂きたく思います」
すると王が一人の初老の男を見る。
「どうだ財務大臣。わしは叶えてやりたいが」
「かまいません。ギルドの保管庫程度の量ならば問題ありません」
「うむ。コハクよ、よくぞ考えを述べてくれたのう。直ぐに文官をつけてやるから、薬品に使える物資を全て買うが良い」
「ありがとうございます! では!」
俺が歩いて行くと、大臣達が俺をずっと目で追ってくる。
そんなに俺が珍しいかね。
《それは王覧試合の優勝者であり、恐らくは王から王都救出の立役者だと聞いているでしょうから。注目しているのでしょう》
そうか…。
とにかく俺がヴェルティカとメルナを連れて部屋を出ようとすると、部屋の端に居た文官が声をかけて来る。
「ではこちらへ」
「ああ」
そして文官と共に廊下を進み、ある部屋に入っていくと、そこには机に座って仕事をしている人らが大勢いた。
なにやってるんだ? こんな時に。
アイドナがそのデスクに乗っている書類をスキャンする。
《生存者確認の照合ですね。人の名前が載っており丸やバツがついております》
そうか。埋葬したりしてしまえば、分からなくなってしまうからな。
《そう言う事です》
俺達が待っていると、さっきの文官が他の文官を連れて俺の所に来た。
「ではこの者を連れて行ってください」
「わかった」
俺達はその文官を連れて外に出た。王城を出たところでヴェルティカが言う。
「じゃあ私は治療の手伝いをしてくるわ。何かあったらまた言ってきて」
「邪魔をした。ならギルドに行って来る」
「うまくやってね!」
ヴェルティカはにこりと笑顔を浮かべ、踵を返し兵舎の方に走って行ってしまった。
「では」
俺は文官とメルナを連れて、正門を抜けてギルドに向かう。街路を抜けていく間も、怪我人を搬送したりその場で治療したりしている光景が見える。
《ギルドに行ったら、更に依頼をかけて薬草取りを頼んでおいた方が良いでしょう》
わかった。
そして俺がギルドに行くと、ギルドの前でボルトが手招きをしていた。
「コハク! こっちだ! 話はついてる! 出してくれるそうだ!」
「よし」
そして俺がギルドに入っていくと、休んでいた冒険者が一斉に俺を見る。
「コハクだ」
「優勝者だぞ」
「すげえ強ええんだぜ」
俺はそれをスルーし、ボルトに連れられて受付に行く。すると受付嬢がすぐに、俺達を奥へと通した。二階に上がるとそこに部屋があり、その中に厳つい男が座っていた。
「ギルドマスター。客人をお連れしました」
「入れ!」
俺達が入っていくと、男が立ち上がって手を差し伸べて来たので軽く握手を交わす。
「コハク! 良く来てくれた。素晴らしい試合だったな」
「見てくれたのか」
「もちろんだ! あの技の冴え、そして化物を一瞬で倒した技。見たことが無い!」
「そうか」
「そして薬品に関する物資を買うとの事だが、全て買い取ってもらえるのか?」
「原価でなら」
「もちろんだ。うちも今は金が欲しい」
すると文官が前に出て言う。
「王宮の使いだ。目録と現物を見せてもらいたい」
「もちろん。用意していましたよ。これが目録です」
文官がそれに目を通す。
「なら現物と照らし合わせます」
「ついて来て下さい」
俺達がギルドマスターについて一階に降り、外の通路を抜けていくとその先に建物が見えた。ギルドマスターが入り口の人に目配せをすると、その人がカギを開けて扉を開ける。
「確認を」
文官が目録を見ながら現物を見ていく。その間ギルドマスターは俺の所に来て言った。
「コハクは冒険者登録はしないのか?」
すると俺じゃなくボルトが返す。
「騎士様だぞ。冒険者にはならん」
「奴隷じゃないのか?」
「正式に陛下から爵位を受けたんだよ」
「そうか。冒険者だったら、すぐに昇り詰めると思うんだがなあ」
「まあ、俺もそう思うけどよ。コイツはそれで収まるタマじゃねえよ」
「なるほどな。まあそう言う事なら仕方がない」
そこで俺が言う。
「王都は薬が足りていない。落ち着いたらギルドに薬草摘みの仕事を依頼したい」
「お安い御用だ。王宮につけとく」
「文官と話してくれ」
「わかった」
すると倉庫から文官が出てきて言う。
「目録通りの数があります。それをどうしますか?」
「全て買う」
「はい」
そして俺はしゃがみ小さな声でマージに聞く。
「で、どうする?」
するとマージが答えた。
「ギルド内の魔獣解体場を借りれないか聞いておくれ」
「了解だ」
俺はギルドマスターに言う。
「急を要するんだ。魔獣の解体場を借りて薬品を調合したい」
「ああそれなら今がいいな。こんな時なので、魔獣の残骸を集めに出ていて誰もいない」
「すまない。お金は?」
「場所ぐらいタダで貸すさ。市民の為であるものな」
「鍋と火も借りて良いか」
「どうぞ」
そして俺は文官に目配せをする。すると文官が言う。
「ギルドマスター。物資は前払いだ。経理と話がしたい」
「ありがたいねえ。ではこちらです。コハクらは自由にやってくれ」
「助かる」
そうてギルドマスターと文官は出て行った。ボルトが残っていたので、俺が鍋や火おこしを頼む。俺とメルナが倉庫に入って行くと、すぐさまマージが言った。
「メルナや! 片っ端から、この魔導書に素材をくっつけておくれ」
「うん!」
メルナがマージをズボズボと素材につけていく。全部やり終わるとマージが言う。
「さすがは王都のギルドだねえ。凄いものがいっぱいあるよ、これなら相当の物が作れそうだよ。直ぐに解体場に運び出しておくれ!」
「わかった」
「うん!」
俺達はマージに指示をされるままに、入れ物に入れて次々に素材を運び出し始めるのだった。