第百三十話 複雑になっていく立場
王宮魔導士達が魔力を注いだ地下空間は、何重もの光の壁で覆われていた。地下に入る時も出る時も鍵になる呪文が必要となり、メルナがそれをこっそりと王宮魔導士達に教えている。
そこでオーバースが言う。
「ここに出入りするのは、限られた者と王宮魔導士一人にする必要があるという事か」
それに対してヴェルティカが答えた。
「そうなるかと思います」
「奴は食事をとるのであろうか?」
「わかりません」
監禁してからの問題は山済みだが、牢を開けてガラバダの世話をするときは必ず、闇魔法を使う魔導士を用意する事となった。王宮には闇魔法を使う魔導士は一人しかおらず、この施設専任にする必要があるだろう。
「とにかく数ヵ月の間に、特別牢獄の建設が急務と言う訳だ」
「そうだと思います。後に人払いをして、ばあやと話をしてもらえば良いかと」
「わかった」
文官や王宮魔導士、そして騎士もいるこの空間ではマージが声を発する事は出来ない。いっその事メルナが常に強化鎧をつけていればいいかもしれないが、それではメルナの負担が大きすぎる。
そしてガラバダを牢に入れると、王宮魔導士三人が牢に結界を施した。その外からメルナが杖をかまえる。
そしてフィリウスが聞いた。
「よろしいですか? オーバース様」
「やってくれ」
「ガラバダよ闇より目覚めよ」
《対象の名前を含んだ詠唱が必要なようです。これならば複数の中から、一人を目覚めさせることが出来るでしょう》
なるほど、魔法も用途によって作りが違うという事か。
《魔法の詠唱にはプロンプトが含まれており、それによって魔力が変化し発動するようです》
魔法の解析が出来てきたのか?
《放出に関しては未だ不明です。必要ならば魔導士の…》
いや…いい。魔導士をかじりたくない。
《わかりました》
ガラバダが目を覚ます。
「うっぎゃああああ」
突然叫ぶ。
俺達は、ただそれをじっと見つめていた。
「な、なんだ。牢屋に入れられたのか?」
ガラバダはきょろきょろと見渡しながら、ようやく俺達の存在に気が付いた。
「うっなんだ。おまえら」
するとオーバースが言う。
「それはこちらのセリフだ。お前はなんだ?」
「はあ? なんでお前らに説明する必要がある?」
「なるほど。お前は自分の立場が分かっていないようだな」
するとガラバダが俯いた。しかし次第に声が出て来る。
「…くっくっくっくっ! あーーはっはっはっ! バカめが、どうせこの都市は滅ぶ。そうすれば仲間が助けに来る!」
それに対してオーバースは冷静に言う。
「仲間? あの龍の事か?」
「そうだ! お前ら人間は、外の仲間達が全て蹂躙し尽くして死ぬ運命にあるのだ!」
「ほう。それは恐ろしいな」
「そうだろ! そうだろ! この都市はパルダーシュの二の舞になる! あははははは!」
「なるほど。ただ、貴様に残念のお知らせがあるのだが聞きたいか?」
「なんだ? 言って見ろ!」
「お前を助ける予定の龍なんだがな、あれは死んだ」
「はあ? そんな嘘を言ったところで騙されんぞ」
「いや、本当だ」
「なに? 国中の軍隊でも集めたっていうのか? ありえんだろ」
「いや、軍隊じゃないぞ」
「お前達だけで?」
「いや、俺達でもない」
「どういうことだ…」
「一人で倒した」
「そんなわけあるか!」
「本当だ」
「騙されんぞ! それに多くの魔物が王都を破壊するからな」
「もう王都に魔物は一匹もいない」
「うそをつくな!」
「本当だ」
ガラバダは突然頭をガリガリと掻き始め、ブツブツと何かを言っている。しばらくそのまま俺達が見ていたが、ガラバダは何かに気が付いたように言う。
「まさか…」
「なんだ言って見ろ」
「い、いや…なんでもない」
「そうか…長くなりそうだな」
そこでフィリウスがオーバースに耳打ちをした。
「恐れ入ります。オーバース様のお耳に、入れておいた方が良い情報が御座います」
そうしてフィリウスは周りを見た。ようは、人に聞かれたくない話をしたいのだ。
「なるほど…」
するとガラバダが慌てたように言う。
「な、なんだ? なんなんだ?」
「メルナ。コイツを眠らせてくれ」
メルナがガラバダに杖を向けて言う。
「やっ! やめ……」
「常闇よ、その懐に包みこめ」
ゴトン!
卒倒するようにガラバダが倒れた。
「騎士と魔導士はここを見張っておれ。フィリウス、席をはずそう」
「はい。コハク、ヴェルティカ、メルナ。お前達も来い」
「わかった」
「はい」
「うん」
「ビルスタークそして風来燕はここをお願いする」
「は!」
風来燕も頷いた。
そうして俺達はオーバースについて上に上がる。一階にいた騎士にオーバースが言った。
「この部屋には誰も居れるな」
「「「「は!」」」」
そうして応接室に入ると、フィリウスが入り口のカギを締める。
ドカッとソファーに座り、オーバースが俺達にも座るように言う。
「お心遣いありがとうございます」
「聞かれたくないのだろう?」
「はい。王家にかかわる事でございますので」
「ふむ」
そうしてフィリウスが身を乗り出し、小さな声でオーバースに言った。
「我々はたまたまそこに居合わせたのですが、墓地には古代遺跡が眠っていたのでございます。しかしそれは、王家に代々伝わる機密事項のようでした。そこに我々と市民が入り込み、陛下は他言無用と言われたのです」
「なるほどな。そいつは人には聞かせらんねえな」
「ですが、陛下の信に厚いオーバース様なればと思いました」
「ま、適当に聞き逃すさ」
「恐らく魔物の狙いは、その古代遺跡であったと思われます」
「なんだと?」
「しかも、天から降り注いだ神の雷でございますが、その古代遺跡から発せられたものだと思います」
「そうなのか?」
そこで、ようやくメルナが持っているマージが口を開いた。
「うーむ。そこまで来るともう隠し通せないだろうねえ…コハク」
皆が俺を見る。そしてマージがそのまま続けた。
「実はあたしが、数百年か数千年前に記された文献を持っていたんだよ。預言の書と呼んでいたんだけどね。それに、非常に気になる一説が記されていたのさ」
オーバースが身を乗り出した。
「それは、どのような?」
「うむ。『新緑の季節、王都エクバーリの奴隷商に黒髪黒目の男が現れる。世の危機に瀕した時、黒髪黒目の男が世を救う。彼の者を味方にすれば万人力となるが、ひとたび敵に周れば災いとなす。凡庸な者はその価値を見出さず、野に解き放ってしまうであろう』とね」
「その書は?」
「焼けちまったよ。パルダーシュ魔獣襲撃の折に、あたしの小屋ごと燃やされちまった。今思えば、それを理解するあたしと預言の書が狙いだったように思うねえ。あたしの記憶が正しければ、預言の書には、あの古代文明のような絵も記されていたと思う」
そしてオーバースが考え込んだ。フィリウスと俺達はただ黙って次の言葉を待つ。
するとオーバースが言う。
「どう考えてもコハクだろ。それ」
「あたしもそう思ってねえ。おかしな奴に買われる前に、ヴェルティカを差し向けてコハクを身内に引き入れたのさ」
「神の雷。あれはその古代遺跡が放ったものか?」
「あたしゃしらん。それはコハクに聞いておくれ」
「どうなんだ?」
《ここまで来ると隠し通せません。詳細までは探りながら話します》
「そうだ。あの遺跡が神の雷を撃った」
「なるほどな…。コハクはいったい何者なんだ?」
オーバースの目が鋭く光る。だが俺は表情を変えずに答えた。
「記憶がないからわからない。だがあの古代遺跡の事は理解できた。だから雷を降らせる事が出来たんだ」
「あれを…コハクが…」
「そうだ」
オーバースはまたしばらく口を紡いで考えていたが、ようやく重い口を開いた。
「すでに俺が受け止められる範疇を超えている。すまんがお前らしばらくパルダーシュへは帰れんぞ」
そう言われてフィリウスが答える。
「それでは北方の警護が手薄になります」
「そいつは陛下と将軍達で考えるさ」
「わかりました」
そしてマージがオーバースに言う。
「それと、ガラバダだがねえ、やはりあれは何かを知っているねえ…」
「しゃべりそうでもないですがね」
「それでも情報を引き出すしかないさね」
「わかりました」
そして話は終わった。最後にオーバースが言う。
「良いかフィリウス、ヴェルティカ、コハク、メルナ」
俺達がコクリと頷く。
「この事は誰にも話すな。誰にもだ。その時が来るまで俺が懐にしまっておく、かなり慎重に事を運ばねばならん」
そしてフィリウスが言う。
「かと思い、オーバース様の耳に入れた次第です」
「本当に俺で良かったよ」
「はい」
そうして俺達は話を終えた。
これで無事に帰れると思ったんだがな。
《ノントリートメントの関係性は複雑です。周辺の情報を入手し、最善策を選択するのが重要かと》
ガラバダを捕らえた事で複雑になった。
《殺害してしまうのが最善でしたが、次の予測演算に移行します》
しかたない。
あの王城の地下牢で、アイドナはガラバダを殺害するように言っていた。恐らくはこうなる事も見越しての判断だったのだろう。それを俺は瞬時に変更し、結果物事が複雑になってしまったのだ。この事が後に、どのような影響を及ぼすのかは分からないが、アイドナの予測演算に任せるしかないだろう。俺はただ、アイドナの演算が終わるのを待つことにするのだった。