第百二十九話 奴隷商に特殊牢獄を作る
都市は所々住居が倒壊しており、魔獣の残骸以外に人の亡骸も転がっている。大通りでは生き延びた人らが、その惨劇を見て呆然と立ちすくんでいるのだった。その中をオーバースと騎士団が、苦渋の表情を浮かべて進んでいる。本来であれば直ぐにでも市民救助したいところだが、今は早急にガラバダを幽閉できる場所を確保しなければならなかった。
歩きながらオーバースとフィリウスが話をしている。
「全く忌々しい。こ奴の為に町が破壊されたというのに、こ奴を生かすための場所を確保せねばならんとはな」
「その通りでございます」
「騎士団が都市の外に逃げた市民を連れて戻れば、すぐにでも復興に取り掛かれるだろう」
「完全なパルダーシュの二の舞になるところでございました」
「この状態で止められた事は、不幸中の幸いであったのかもしれんな」
「そう…思います」
「この異常な現象はいったい何なのであろうな?」
「皆目見当がつきません」
そして俺とメルナが居た奴隷商についた。どうやら建物は無事でオーバースが先に入っていく。
「王都騎士団である! 誰かいるか!」
だが奴隷商の中はシーンとしていた。オーバースが騎士達に言う。
「検めよ」
「「「「「「は!」」」」」」
騎士達が中へとぞろぞろ入っていく。俺はここにいたことがあるので、なんとなくどこに何があるかは分かっている。
するとメルナが俺の裾を握って来た。
「大丈夫だ。今の俺達はもう奴隷じゃない」
そしてヴェルティカもメルナに言う。
「あなたは私が買った事になっているから、所有権というものがあるとすれば私にあるわ。しかも今は歴然とした使用人なのだから、全く怖がらなくてもいいのよ」
「いいの?」
「ええ。あなたは自由だから」
メルナは落ち着いたようだ。すると騎士達が戻ってきてオーバースに告げた。
「地下に潜んでおりました!」
「そうか」
するとぞろぞろと奴隷商の面々が、地下から上がって来る。
「こ、これは将軍様…外はどうなりましたか?」
「魔獣の脅威は去った。だが市民達の状況は酷いものだな」
「あ、あれは一体何だったのですか?」
「わからん」
奴隷商の面々は顔を見合わせた。震えている者もいるようで、どうやら魔獣から命からがら逃げて来たらしい。
「し、して、騎士団が何用です?」
そう言いながら、奴隷商の目線が俺に降りた。
「あ、お前は!」
更に、その目線がヴェルティカに向かった。
「な、なんです? 返品でございますか?」
「違うわ。彼は物じゃないし」
「しかし…こいつは奴隷…」
だが、そこでオーバースが言う。
「貴様。騎士爵を持つ貴族に、そのような言いざまをしてタダで済むと思っているのか?」
「き…騎士? このど…騎士様?」
「正式に陛下より任命された騎士である。更には王覧試合の優勝者という名誉もある。お前達、奴隷商風情が馴れ馴れしく声をかけられる者ではない」
ギロリとオーバースが睨む。
「「「「「は! ははぁ!!!」」」」」
奴隷商達は一気に委縮し、床に這いつくばるようにした。だがそこでヴェルティカが言う。
「ですが、あなた達はこの二人に酷いことはしなかった。きちんと食事を与えて、健康な状態で渡してくれたわ。ですから今の無礼は許しましょう」
「は、はいぃぃぃぃ!」
そしてその横でフィリウスが言う。
「本来は私が迎えに来なければならなかったのだがな。妹が大変お世話になったようだ」
だがオーバースが言う。
「辺境伯様が自ら、このような所に出入りするものではありませんよ」
「へっ! 辺境伯様!」
「なんだ。貴様ら知らなかったのか? こちらのお嬢様は辺境伯の御令嬢様だぞ」
「「「「「は、はは!」」」」」
そんな会話をしている時だった。入り口から騎士と魔導士達と文官が入って来た。
「遅れました!」
「いや。それほど待ってはいない」
「は!」
そしてオーバースが奴隷商に向かって言った。
「まあ無礼を許すとして、折り入って話があるのだが、何処か話の出来るところはあるか?」
「き、汚い所ではございますが、商談の部屋が御座います!」
「通せ」
「は!」
そして奴隷商とオーバース、フィリウスとビルスタークとアラン、そして俺が一緒にそこに入っていく。奴隷商は手下たちに号令をかけて、急いでお茶と茶菓子を用意するように言った。
「かまうな。とりあえず話をさせてもらうぞ」
どしっ! とオーバースがソファに座り、その前に奴隷商が小さくなって座り込んだ。
「な、何でございましょうか?」
「現状王都は壊滅状態に陥っている、このような状態では商売あがったりではないか?」
「は! 確かにそうです。元通りの状態にするのは、いささか手間暇がかかるかと」
「そうだろうなあ…。いや大変だ」
「はい」
「そこで我々から提案なのだがな、お前達はしばらくよそで商売してこい」
「よ、よそで?」
「そうだ。大きな都市ならいくつかあるだろう?」
「しかし、いきなり行っても店舗や奴隷を養う施設がございません」
するとオーバースが文官に目配せをする。
「は!」
ジャラリ!
金貨の入った小袋をオーバースに渡した。それをオーバースが受け取り、テーブルにポイっと投げ捨てる。
ジャっ!
袋が奴隷商の目の前に置かれた。
「これは?」
「よそで店舗を借りる場合の準備金だ」
「へっ?」
「その間、王宮でこの建物を借り受ける。お前達はその金で三カ月ほどしのげ。それと、今お前達が手持ちの奴隷もそれで買い取る。連れて行くにも大変だろうからな」
「み、見ても良いので?」
「ああ」
奴隷商が袋を開けると目の色を変えた。
「なんと…」
「充分すぎるだろう?」
「よろしいので?」
「もう一つある」
「なんです?」
「この事は他言無用である。もしよそで話したりしたら」
オーバースが身を乗り出して、物凄い目つきで奴隷商を睨んだ。
「いいません! いいません! 言うわけがございません!」
「よし。話の分かる相手で良かったよ」
「して…いつから」
ギロリ!
「今この時からだ!」
「は、はい! では直ぐに旅支度をして、お暇させていただきます!」
早々に奴隷商達は身支度を整えて出て行ってしまった。そのスムーズな成り行きを見ていたフィリウスが、オーバースに言った。
「非常に勉強になります」
「まあ、フィリウスも辺境伯となれば、このような汚れ仕事の一つや二つはあるかもしれんがな。なるべく、このような真似をせんでも良い行政をしてくれ」
「心得ました」
そこでメルナが言う。
「将軍。人払いを」
「うむ」
オーバースが騎士達を外に出す。するとマージが話し出した。
「なら、この地下に結界牢獄を作るとするよ。魔法陣はコハクがおやり。全て終わったら、王宮魔導士に魔力を注いでもらうとしよう」
オーバースが答える。
「分かりました賢者様。では、今しばらく我々はここで待つことにいたしましょう」
「そうだねぇ。じゃあコハクや、仕事じゃ」
「ああ」
そうして俺とメルナとマージが地下へと向かっていく。マージがメルナに言った。
「コハクに鑿と金槌をお渡し」
「はい」
メルナがバッグから、マージと金槌と鑿を取り出して俺に渡して来た。するとマージがパラパラと自動で開く。
「この三種の魔法陣を六ケ所に彫るよ。地面と四方の壁とそして天井だ」
《記憶しました。結界魔法と認識阻害魔法と防護魔法のようです》
「覚えた」
「もうかい! やっぱりコハクは異常だよ」
「そうか?」
「まあねえ。そして…いつも通りやるのかい?」
「そうだ。融合魔法陣を刻む。魔力循環の効率化を図りたいだろう?」
「なんだってこの子は、賢者も思いつかない事を思いつくのかねえ…」
「もたもたしてられない」
「そうだね。やっておくれ」
そして俺はすぐに、特殊牢獄用の魔法陣を彫り始めるのだった。アイドナが、素粒子AIで演算した模様が光となって壁に映される。それを寸分の狂いもなく正確に、そして高速で打ち込んでいくのだった。マージが俺に言う。
「町の鍛冶師にでもなったらどうだい?」
「それをやればいいのか?」
「冗談だよ。あんたはもう少し冗談を覚えた方が良いねえ」
冗談を覚える? 必要なのか?
《ノントリートメント間のコミュニケーションでは、良く使われるトークスクリプトです》
覚えるとどうなる?
《人間性の向上などがみられ、人心掌握や指導などに役立つかもしれません》
なるほど。
俺は無口になり特殊牢獄用魔法陣を彫り続ける。一つの魔法陣を彫るのに三十分ほどかかり、それを六カ所に施すまで三時間の時間を費やした。
「出来たかい?」
「これで動くはずだ。メルナ魔力を頼む」
「うん」
メルナが魔法陣に魔力を注ぐと淡く光り輝き、きちんと発動しているのが分かった。
「動いたようだね。後は王宮魔導士に頼むと良いさね、メルナももうヘトヘトだろう?」
「疲れた」
「じゃあ、上に上がるよ」
一階に戻るとオーバースとフィリウスが出迎えるので、俺が二人に言う。
「終わったぞ」
「終わった? もう?」
「ああ」
「よし! わかった!」
オーバースが王宮魔導士達に指示を出す。それと同時に眠っているガラバダを担ぎ、全員で地下に移動するのだった。