第百二十七話 未知の古代文明が残した遺産
王と別れ墓地を出て街道を歩き始めると、俺達はすぐに異変に気が付いた。先ほどまで透明になって俺達を襲っていた蜘蛛の怪物の残骸が、バラバラになってあちこちに散らばっていたのだ。それらを見てフィリウスやアランが、本当に怪物を消し去ったと確信したようだ。
「コハクの言うとおりだ」
「そのようですね。化物の残骸があちこちに散らばっている」
そこで風来燕のボルトが言った。
「良かった…もう魔石が切れかかっていたから、もし化物と戦う事になったら死んでた」
「あら? 弱音なんて、ボルトらしくないわね」
「いやいや、フィラミウスよう。お前は魔力が多いからいいけどな、万が一魔力が切れたら、まずこの大刀をふるう事は出来ねえんだよ。せいぜい硬い鎧で、盾になるくらいしか無くなるんだ」
それを聞いてフィリウスも頷いた。
「そうだ。既に私は鎧を脱いでいるが、あの墓壙の中を歩くのでも一苦労だった」
「そうですか…改善の余地があるって事ですわね」
そしてアランが俺に言ってくる。
「とはいえ現状で、いっぱいいっぱいなんだよな? コハク」
《改善の余地はあります。未知のシステムとのリンクでそれが可能になるかもしれません》
「改良の余地はあるかもな」
「そうなのか?」
「これから考えるさ」
すると道の向こうから、大勢の騎士がやってくるのが見えた。その先頭にはクルエルが居て、どうやら南西の地域をどうにかする為に、騎士団を立て直して来たようだ。
「クルエル将軍!」
「これは辺境伯様! ご無事でいらっしゃいましたか!」
クルエル将軍とフィリウスは、王覧武闘会の褒賞式以来なのだが、クルエルの軟化した態度にフィリウスも身構える事は無かった。
「王都はどうなっています?」
「辺境伯様達は『あれ』をご覧になりましたかな?」
「あれ…ですか?」
「はい。神の雷です。神が民を救ってくれたのでございます」
「神の雷ですか? 地下に居たので分かりませんでした。どんなものです?」
「それがですな、突如空から鮮烈な光が降り注ぎまして、全ての魔獣を焼き払ったのでございます」
するとフィリウスとアラン、風来燕の面々が俺を見た。
「コハク…」
俺は黙ってうなずく。俺達をきょろきょろと見ながら、クルエルが聞いて来た。
「どうされました?」
王に他言無用と言われていたので、フィリウスが慌てて言う。
「い、いずれにせよ。王が墓地に逃げ込まれています。彼らを救出しに向かっていただけますか?」
「陛下が無事でしたか! わかりました! おい! 陛下を救出に向かうぞ!」
「「「「「「「は!」」」」」」」」」
「陛下は墓壙におられます。外からお声がけください」
「わかりました!」
それに俺が付け加える。
「あ、すまない」
「なんだ?」
「都市の家々に隠れている子供達がいる。その子らも助けてくれるとありがたい」
「わかった。では騎士達に探らせよう」
そしてクルエルと騎士達は、墓に行く人らと周辺を捜索する人らに分かれて行った。
「コハク。まだ子供達がいるのか?」
「そうだアラン。どうやら隠れて生き延びている人らがいる」
「そうか…良かった」
そして俺達は王城へと向かった。王城付近には大型の魔獣の残骸が散らばっており、既に風化が始まっているのもあった。
《魔獣の焼け跡を確認してみてください》
わかった。
「ビルスターク。俺はこの周辺の魔獣を確認する。先に行っててくれ」
「わかった」
俺は皆と別れて、大型の魔獣の残骸に近づいて行く。完全に焼けてバラバラになってしまっているが、その傷跡に照準が合い、アイドナが残骸の元の形をVRで目の前に展開して来た。
《推定十メートルの魔獣ですが、かなり残骸が少ないようです。大部分が消失しています》
神の雷とクルエルは言っていたが? どんな攻撃だったんだ?
《太陽光エネルギー集積レーザーである可能性が高いです》
太陽光レーザー?
《古代から、エネルギーを保有し続けているわけではなさそうです。ですが、これほどの火力を持っているとなると、それなりのエネルギーが必要となります。恐らくは古代文明が打ち上げた攻撃衛星が、長い年月をかけて太陽光エネルギーを蓄積していたものと思われます》
どんなものが、宇宙に打ちあがっているんだろう?
《現在、古代遺跡とリンクした情報を表示します》
俺の目の前に、筒状の物体がホログラフィックで浮かび上がる。もちろん俺にしか見えていない。
これはなんだ?
《コロニーのようです》
コロニー?
《人が宇宙で実験していたか、もしくは移り住んでいた可能性もあります》
人の住み家が宇宙に?
《そうです。ですが、通信履歴が千年以上前に切れています》
通信をしていない? だが宇宙に人が上がったんだろう? その人らはどうしたんだ?
《千年以上データ通信が無いので、状況が確認できませんが、人類が宇宙で生存している確率は限りなくゼロに近いと思われます。千年以上干渉が無いという事は、宇宙のみで人が生存せねばなりません。しかしそれは、先ほどの古代遺跡程度の文明では不可能です》
死滅したと?
《その確率は九十九パーセント》
機械だけが生き続けている訳か。
《生き続けるというのは正しくありません》
まあ、稼働しているって事だな?
《はい。かなり旧時代のAIのようです。そのおかげで、こちらが全てを掌握する事が出来ました》
AIか。俺達がいた世界の物とはまた違うんだな?
《違う進化を遂げているようです。それも生物との混合デバイスがありました》
地下の動力源か?
《はい。機械と有機体が合成されているようでした》
そんなものを野放しにしていいのか?
《既に入り口を閉ざしています。人間に荒らされないように》
王族のものだぞ?
《ノントリートメントはその価値に気づかないでしょう。下手に破壊などしてしまえば、この都市ごと消滅しかねません》
そうなのか?
《はい》
わかった。他にも機能はありそうか?
《あるようです。旧時代の物ではありますが、一部堅牢にセキュリティがかかっている場所があります。現在はそれを解析中です》
素粒子AIですぐに解析が出来ないのか?
《相手が機械だけならば、素粒子AIの演算で一瞬もかからないのですが、有機体がそれを拒んでいます。有機体の解析をせねばなりませんが、未知の領域故に解析には時間が必要です》
旧世代の人類が死滅した理由は分かるか?
《解析中です》
わかった。なら城に戻るぞ。
《はい》
どうやら俺の前の世界や、この世界とも違う、全く異質の文明が存在していたらしい。それが何故か絶滅をして、現在のこの世界があるようだ。いずれにせよアイドナの素粒子AIが、その旧世代のAIの能力を上回っていた事に感謝するしかあるまい。
城の入り口から入ると、鎧を脱いだヴェルティカとメルナが走り寄って来た。
「みんなが帰ってきたのに、いないから心配しちゃったわ」
「そうだよ! コハク! どこにいってたの!」
「魔獣を調べていた」
するとメルナがキラキラさせた目で言った。
「あのね! コハク! お空からいっぱい光が降り注いで、それが怪物達を焼いたんだよ!」
「そうか…」
メルナとヴェルティカはニッコリするが、メルナのバッグから聞こえたマージの声は違った。
「コハクや」
「なんだ?」
「あんた、何か知ってるねえ?」
するどいな。
《恐らくは、あなたの声音から分かったのだと思います》
まるでAIだな。
《素粒子AIには遠く及びません。人間の領域としてはかなり高いだけです》
そうか。
そしてヴェルティカが言う。
「将軍達も帰ってきて、王都中の魔物が居なくなったって喜んでいたわ」
「まずは一段落と言うところだな」
「オーバース様とトレラン様とオブティスマ様がお集まりになっているわ。お兄様が陛下の事を説明しているみたい」
「なるほど」
王城の中は騒がしく、あちこちで騎士達や市民が治療を受けている。市民達もその治療を手伝っているようで事態の収拾はまだ半ばと言うところ。だがあの魔獣軍団の襲撃を受けて、この程度で済んだという事は不幸中の幸いだっただろう。パルダーシュとは違い、復興もそれほど時間がかからないだろうと思えるのだった。