第百二十六話 都市防衛システム起動
この世界に似つかわしくない文明の機械。もちろんこの世界の人間に分かるはずもなく、王はここを市民の避難所くらいにしか考えていないようだった。とはいえ俺もこのような機器は見たことが無く、アイドナが言うには前世の古い機械に似ているらしい。
そこでフィリウスが王に跪いて言う。
「陛下。ここまでに騎士が大勢死に、戦力もかなり消耗しております。いまだ王都には大型の魔獣が跋扈しており、外に出るのは非常に危険であると思われます。どうか陛下とご家族、そして市民はここで待機していてください。ここならば、どうにか魔獣の脅威から逃れる事が出来そうです」
「お主らは、どうするのじゃ?」
「我々パルダーシュの全員で、魔獣の討伐に向かいます。この強化鎧が稼働しているうちに、出来るだけの魔獣を倒すしかありません」
「凄い数なのだぞ? それにお主の鎧は、もう動かんのであろう?」
「陛下。我々は陛下と市民を守る事が出来ればいいのです。どうか、ここに隠れたまましばしお過ごしください。飲まず食わずではありますが、そのうちに魔獣達も諦めて退散するやもしれません。それまで一人でも多くの市民を逃がしてごらんにいれます」
《状況から判断し、フィリウスは死ぬ覚悟をしています。パルダーシュの皆の命と引き換えに、一人でも多くの市民を助けようと考えているようです》
なぜそのような判断になる?
《貴族の矜持というものでしょう。貴族はそうして市民を守るものだという認識です》
死ぬのは意味がない。逃げて反撃の機会を伺うか、何らかの策を持って対応すべきだ。
《コミュニケーション機能による解析では、貴族に逃げるという判断が無いものと思われます。特にフィリウスの性格がそれを助長しています》
どうする?
《王がなんというか》
なるほど。
すると王が言う。
「フィリウスよ、死んではならん。辺境伯が根絶やしになってしまえば、だれが北部の国境を守るというのじゃ? それに将軍らと騎士がまだ残っているのじゃ。お前達もここに残り、魔獣達が居なくなるのを待つのじゃ」
「しかし、市民が死んでしまってはどうしようもありません」
「外に逃げた者も大勢いる。残った者達でまた復興させればよい」
二人の会話からしても、絶望的な選択になりそうだぞ。
《パルダーシュ同様の情況になります》
何か方法は無いか?
《王は、このような災害時に、ここに来るようにという伝承があると言いました》
王家の言い伝えか?
《はい。それには必ず意味があります。ですが王家は、この機械がなんなのか? なぜここに逃げなければならないのか、それが分かっていないようです。恐らく古の時代から言いつがれて、何故ここに逃げなければならないかの理由が、分からなくなってしまったものだと推測》
どうすればわかる?
《操作をすれば、高い確率で状況を打開できるものと思われます》
わかった。
「ちょっと」
俺は離れた所にビルスタークを連れて行き、静かに話しかける。
「ビルスターク」
「なんだ?」
「ここにある遺跡が鍵になる可能性がある」
「なに?」
「王様は災害時にここに来るようにと言っていた。それには必ず意味がある」
「なるほどな…」
「だが王家の所有物に触れるわけにはいかない」
「触れば分かるのか?」
「分かる」
「わかった。なら単刀直入に言うべきだ」
そしてビルスタークがフィリウスに言う。
「お館様。ここにある遺跡についてですが、もしかしたらコハクが分かるかもしれないと言っております」
「なに?」
すると目を丸くした王が俺に聞いて来る。
「これが何か分かるのか?」
既にアイドナのトークスクリプトが発動している。俺はそれに沿って話をして行く。
「パルダーシュの賢者様が存命の時に、これに似たものの話を聞いた事があります。出来ましたらこれに触れる許可が頂けましたらと思います」
「これに触れる…」
「もしかすると、この状況を打開できるやもしれません」
「なんと。この状況とは、魔獣をどうにか出来るという事か?」
「はい」
「……」
王はしばらく考えていたが、俺に向かって言う。
「よい。触って見よ」
「はい」
アイドナがガイドマーカーで重要部分を示し、俺は誘導されるままにそこに行く。
どうする?
《どうやら手動操作をする機器のようです。埃がかぶっており文字が見えません。フィラミウスを呼んで払ってください》
「フィラミウス。遺跡の埃を魔法で吹いてくれ」
「わかったわ」
フィラミウスが杖をかざして、機械に積もった埃を吹き飛ばし一か所にまとめた。
「これで良い?」
「ああ」
すると俺の視界の至る所に照準が現れて、全てを掌握し始めた。
《判明しました》
なんだ?
《これは防衛システムです》
なに? 防衛システム! 動くのか?
《恐らくは太陽エネルギーでシステムが稼働するようです。体の主導権をお渡しください》
不本意ではあるが、アイドナに体の自由を渡す。
アイドナは目の前にある黒いパネルに、両手を落とした。
パパパパパパパパパパパ!
凄まじい速度で俺の指がパネルを叩き始めた。すると壁一面に映像が映し出されていく。
「な、なんじゃこれは!」
「これはいったい?」
「か、神の怒りだ!」
「このような物は見たことが無い…神か…」
空中の映像を見て、王族と市民が慌てふためいている。ただのホログラフィックディスプレイだが、見た事の無い人には神の力に見えるらしい。
ビービービー! と警告音のようなものが鳴り始めた。
「うおっ! なんなのだ!」
「こ、これは…」
「魔獣が入って来たんじゃないのか?」
「に、逃げろ!」
だが、それにフィリウスが言う。
「落ち着いてください! 全てはコハクがやっている事です!」
「そ、そうなのか?」
もちろんフィリウスにもその確証はないのだろうが、皆を落ち着かせるために言った。アイドナはそれらを無視してパネルを操作し続ける。
《動力は、まだ他にありました》
ドクン! ドクン! ドクン!
鼓動のような音が聞こえて来る。空中に映し出された様々な計器類と数値が大きく動き出す。
《半生体動力源のようです》
生体? 生きているのか?
《生きた組織を使っています。太陽エネルギーはそれを稼働させるための物のようです》
ゴウン! ゴウン! ゴウン! ガンガンゴンゴン!
《再起動中》
すると正面のホログラフィックディスプレイに、地図のようなものが浮かび上がって来た。
なんだ…。
《王都周辺の地図です。衛星軌道上から撮影したものです》
衛星だと? この世界でか?
《現在の技術ではありませんが、間違いありません》
どうなる?
《王都を拡大》
するとディスプレイで王都が上空から映し出される。
「い、一体何なのじゃ?」
流石にフィリウスも答えようがない。
「分かりません…」
皆が、その映像を見てポカンと口を開けている。
《攻撃対象を指定できます》
攻撃対象?
《建物、土地、それぞれに照準を合わせられるように出来ています》
どうやって?
《攻撃衛星のようです》
…例えば、魔獣に照準を合わせられるか?
《本来はそこまで絞る事は出来ないようですが、カスタマイズします》
カカカカカカカカ!
残像が出るような速さで指が動いて行く。
すると王都の地図上に、大量の赤い点と緑の点が映し出される。
なんだ?
《遺伝子判定機能を追加、選別機能を追加》
魔獣だけに照準を合わられるか?
バッ! と緑の点が消え、画面上は赤い点だけになった。
《照準を合わせました》
どうやって攻撃するんだ?
《攻撃の前に、ガラバダはどうしますか?》
外してくれ。
《攻撃をしますか? YES・NO》
YESだ。
ピー
次の瞬間、王都の地図上から全ての赤い点が消えた。ただ一つを残して。
どうなった?
《計算上は魔獣が消滅しました》
消滅?
《はい》
そうなのか?
《はい》
じゃあ皆に伝えるか。
《その前に、このシステムとリンクする事により、生存確率が格段に上昇します。リンクしますか? YES・NO》
YESだ。
《リンク完了》
あとは?
《あとは皆に伝えてください。体の制御をお返しします》
そして俺は、王や市民に向かって言う。
「陛下、王都内の全魔獣を消滅させました」
皆が驚愕の眼差しで俺を見るが、なにも言葉を発さなかった。
「もう外に出て大丈夫です」
そこでようやくフィリウスが口を開く。
「コハク…どういうことだ?」
「魔獣は処理した。もう地上に出て大丈夫だ」
「大量にいた魔獣が?」
「そうだ。もう鎧を脱いで良い」
そう言って俺はフィリウスの強化鎧のレバーを全解除した。
ガコン! とハズレて、フィリウスは鎧を脱ぐ。そしてすぐに王の元で跪いた。
「陛下。お聞きの通りです。魔獣を討伐しました」
「い、言っている意味が…。いや分かるが…」
「もう地上は安全のようです」
「わかったのじゃ」
そして俺達は来た道を戻り、地上へと向かう。
入り口の石扉の前に着てフィリウスが内側の閂を外した。ガロロが石の扉を押して、俺が先に外に出る。だが周辺には蜘蛛の残骸があるばかりで、都市内がどうなっているかまでは分からない。
「本当に魔獣は滅んだのか?」
フィリウスが俺に聞いて来る。
「ああ。そのようだ」
皆は不安そうな顔で周りをきょろきょろと見渡している。あちこちで煙が上がっているが、争うような音は聞こえていなかった。そこでビルスタークが言う。
「魔獣の音が無い…」
フィリウスが言う。
「陛下たちは墓壙の中でお待ちください! 私達が市中の様子を見てきます!」
「うむ…」
そして再び石の扉を閉め、パルダーシュの面々は王城に向かって歩き出すのだった。