第百二十五話 墓壙の奥底に眠る遺跡
王に導かれ俺達が石づくりの建物の奥に進むと、どうやらそこは人間の骸骨が並ぶ墓の一部だった。地下に下るスロープの両脇に、一般市民が怯えた顔でうずくまっている。俺達を見てもただ震えるばかりで、よほど恐ろしい思いをしたのだろうと思う。
「ここに来るまでの道すがら、助けた市民達じゃ。ビルスタークが見えんバケモノを退けながら、命からがら走って来たのよ」
俺達はただ頷くだけだった。むしろ助かっただけでも幸運な人達だと言える。
するとフィリウスが言う。
「コハク、私の魔石はもう切れた。強化鎧を動かすのも、やっとになっているんだ。予備の魔石をくれるか?」
「すまない。戦闘で焼けて消失してしまった」
「そうか…ならば、むしろ脱いだほうがいいだろうな。皆の足手纏いになってしまう」
「メルナの魔力も枯渇してしまって置いて来たんだ」
「いや。ここまで十分働いた。おかげでこれだけの人を救う事が出来たんだ」
「そうか」
すると王が言う。
「フィリウスよ。この鎧はパルダーシュの特産らしいが、魔力を使って強化されるのか?」
「そうです」
「本当は、王覧試合後に披露するはずじゃったとか」
「いえ。元はパルダーシュ領の復興源にするつもりでしたから、辺境伯継承と援助を受けた事で、必要がなくなったのです」
「素晴らしい鎧じゃ。この鎧がたくさんあれば、我が騎士団でももっと魔獣を退けられたであろうな」
「それは、その通りかと」
「しかし。あの魔獣達はいったい何なのだろうな?」
「それは、アランが知っています。アランは手足を取られたものの、目は生きていましたから」
「手足を取られたとな?」
アランが足と手の強化鎧を外して王に見せた。
「魔力によって動くのでございます」
「ほう! 手足がなくとも動けるというのか!」
「はい。魔力は消費しますが微々たるものです」
「それは素晴らしい発明じゃな…」
アランが鎧を付け直して、王に話始めた。
「あの魔獣達は、何か目的があるのだと思われます」
「目的…」
「はい。パルダーシュでは賢者様が目的であったと推測されます」
アランはあえて、賢者が本になっている事を言わなかった。
「それでどうなったのじゃ?」
「賢者様の活動停止を見届け、目的を達成したと思ったのか魔獣達は消えて行きました。周辺地域には強い魔獣の名残がありましたが、ここに今、出現しているような魔獣はどこにもいなくなりました」
「ふむ…なるほどのう…」
そこで沈黙が生まれる。王は何かを考えているらしく、周りを見渡して名前を呼んだ。
「レウール! メヒル! パトリシア!」
「「「はい」」」
市民の中から、一人の小さな男の子と二人の女がやって来る。
皆がざっと頭を下げた。俺や風来燕も右に倣えで頭を下げる。
「よいよい」
だれだ?
《恐らくは王家所縁のもの、王の家族だと思われます》
なるほど。
「実は家族で、ここに来たには理由があるのだ」
フィリウスが尋ねる。
「お聞かせ願えるのですか?」
「市民を入れてしまったが、このような場所では人払いも出来まい。むしろこれを機に、何かを変えていかねばならぬのかもしれぬ」
「はい」
そして周りに目配せをして言う。
「皆の者。ここで見聞きした事は他言せぬように頼む」
「「「「「「はい……」」」」」」
市民達が力なく答えると、王が話し始める。
「王家には伝承があってな、このような信じがたい災害が起きた時に、この場所を守らねばならんというものなのじゃ」
「この場所といいますと、王都、ということですか?」
「いや。この墓壙を守らねばならんのじゃ」
「墓壙を?」
「うむ。実はこの地下には、古代の遺跡が眠っておるのじゃよ。学者に調べさせてもそれが何であるかは分からんかったが、不思議な形の何かが沢山眠っておるのじゃ。それを守らねばならんのじゃ」
「遺跡…ですか?」
「そうじゃ。このような事態になったら、王家では、ここに来るように決まっておるのじゃよ。なので家族総出で、このような場所まで来たのじゃ。フィリウスとビルスタークがその強化鎧を着ておったおかげで、家族は死なずに済んだがの」
「はい。そうでなければ、ここにいる市民も全滅していました」
「じゃろうて…」
そして王は、更に下に続く階段を指さして言う。
「遺跡はこの先にあるのじゃが、真っ暗で誘導する事も出来ん。万が一地下に魔物が入り込んでおるなら、それはそれで危険じゃ」
そこでフィリウスが言う。
「ならば、この援軍がおります。彼らはダンジョンなどにも潜る冒険者でありますから、こう言ったところは良く心得ておるのです」
「そうか、そうじゃったな。主喰らいは名うての冒険者じゃった」
「はい」
すると王が風来燕達に言う。
「済まぬが、この地下までわしらを連れて行ってはくれんかの? この場所では玄関が破られれば、市民達の命も心もとない」
ボルトはフィリウスの方を見て聞く。
「お館様…どうされるんで?」
「連れて行って差し上げよう。非常時であるし、外にあのようなバケモノが闊歩しているのであれば、市民達を安全に避難させる事も困難だ」
「わかりやした。じゃあみんな! 行くぞ!」
《念のため、ベントゥラと共に斥候を務めてください》
わかった。
そしてビルスタークとフィリウスとアランが市民達に呼びかける。
「立てる物は怪我をしている物を連れて、王について降りるんだ!」
「もう少しだ! きっと打開策はある! 希望を捨てるな」
「ここは危険だ! 地下ならば魔獣の侵入があっても持ちこたえられる!」
その声に市民達は起き上がり、ゆっくりと歩き始めた。それを見て俺とベントゥラが先を行くと、フィラミウスが光の玉を先に飛ばす。下る階段の先に通路があり、それは真っすぐに続いているようだ。
俺達が進み始めると、ベントゥラが俺に言う
「いざという時は任せるぜ。コハク」
「まかせておけ。お前達は鎧の魔力を温存しておけ」
「わかった」
階段を下りきり通路を進むと、広めの部屋に辿り着く。この地下は柱があり崩れる事は無さそうだ。その先に大きな扉が見えて来る。
すると王が言った。
「鍵は持っている」
王が先に進み、ジャラジャラと鍵の束から一つ選び、大きな扉の鍵穴にさし込んで回した。
ガッシャン!
鍵が外れたにしては、大袈裟な音がした。そこを開くとまた階段が出て来るが、すでに地下三階並の深度を侵入してきている。すると階段の突き当りにまた扉が出て来た
そしてまた王がカギを選んで開ける。
ガッシャン!
「この先を見れば驚くであろう」
王がそう言い扉をグイっと押した。先に王家の人間が入って行き、俺達がその後に続く。そして俺はその光景を見て驚くのだった。
これが? 古代遺跡?
王が言う。
「これが何を意味する物かは分からない。だがあの魔物から、これを守らねばならんような気がしているのじゃ。ここまで来れば、しばらくは魔物の脅威から守られるであろうしのう」
その光景を見て、アイドナが俺に告げて来た。
《これはこの世界の文明よりはるかに高度な機器です。あなたが来る前のAI社会などよりは、かなり古い文明の機器ですが、明らかにこの世界の文明より千年以上は進んだ物です》
それは俺にも分かった。もちろん前世のような、全て効率化を図ったような流動素粒子の世界ではないものの、ある程度の近代文明であることは間違いない。なぜか王はこれを古代文明と呼び、王家は代々これを守ってきたらしい。埃をかぶっているが、錆びたりしていないのはチタンやアルミなどを使ったものだからかもしれない。
フィリウスが王に聞く。
「これは…なんなのですか? 古代遺跡とは…」
「学者が調べたのじゃが、皆目見当がつかんらしい。じゃがここならば安全であろう?」
「確かに…」
そして俺がアイドナに聞く。
これが何か判明できるか?
《触れば解析できますが、王の手前、勝手に動く事は出来ない状態です》
確かに…。
市民達は何事か分からず、むしろ不気味な場所のように感じているらしい。
《予測演算に乱数を加味し算出した結果。怪物たちは、これを狙っている可能性九十パーセント以上》
何故か分からないが、アイドナはこの機器が魔物と無関係ではないと言った。機械があのグロテスクな魔物たちと関係あるとは思えないが、九割という確率は否定できるものでは無い。一同はただ、その光景に呆然とし、次にどうするべきかを考え始めるのだった。