第百二十一話 強靭すぎる龍の倒し方
塔の螺旋階段を三階まで昇ると、石造りのアーチ状の窓から、ブンブンと音をたてる巨大な蜥蜴の尻尾が見えた。振り子のように揺れており、窓から見え隠れしている。
《尻尾の大きさから、推定全長三十三メートル》
大きいな。
《前世で、この大きさの動物は鯨以外に居ません》
あの巨体で火炎を放出するのか。
《そのようです》
さっきの岩蜥蜴も火を吐いていたが、どういう仕組みになっているんだ?
《燃やすための燃料になるものと、内燃機関があると想定》
火炎を喰らうのは危なくないか?
《放出の直撃を受けるのは危険ですが、岩蜥蜴の魔力を吸収した事で対策を講じられます》
どうする?
《今、話した火炎の内燃機関を狙いましょう》
そしてアイドナが龍の尻尾を見る。
《エックス線とサーモグラフィ稼働。ここには骨と肉しかありません》
それを聞いて、俺はもう一階上の四階に上がる。
何階まであるんだ?
《外部からの構造解析では十階》
四階に登って見るが、まだ尻尾だった。どうやら三十三メートルとはいうものの、尻尾が三分の一をしめているらしい。尻尾の太さからしても大木のようなので、これの一撃を喰らえばかなりのダメージとなるだろう。
《もう一段上に》
更に五階に行くと尻尾の付け根が見えた。
どうだ?
《内臓器官はあります。排出口と思われる物ですが、火炎の内燃機関ではありません》
肛門か何かか…。
俺はそのまま六階に上がる。すると丁度腹の部分に差し掛かった。サーモグラフとエックス線で透過した胴体には、腸やら何やらがびっしりと詰まっているようだ。一応生物であることは分かる。
一応内臓があるんだな。
《そのようです。複雑な臓器が詰まっているようです》
なんでこんな無防備に腹を晒してるんだ?
《人間では、このウロコと皮を貫けないとクルエルは言ってました》
人間など敵ではないと思ってるのか?
《そうです。いずれにせよこの部位に内燃機関は見当たりません》
じゃあ七階に行こう。
更にもう一階上がった時、アイドナの方から通告して来た。
《燃料及び内燃機関らしきものが見受けられます。今は活動休止しているようです》
ここか…。
狭い螺旋階段の中腹から見える胴体に、液体だまりのようなものと明らかに温度の高い器官が透過できている。その奥に恐らく心臓のようなものが見えるが、鼓動が二つあるようだ。
心臓が二つ?
《巨大な体に血液を送るのに、一つでは足りないのでしょう。このような生物は前世にはいません》
一つをやっても死なないという事か。とにかく内燃機関を狙うしかないな。
《残念ながら助走距離が短く、身体強化を施しても内燃機関まで到達しません》
位置が悪いか…。だがこの塔の構造では距離など稼げないぞ。どうすればいい?
《生命体シミュレーション機動。敵生物の内部構造及び生体情報を解析。皮の強度、筋肉、体力、耐久力が異常値です。これまでの魔獣と比較にならないほどに高い》
なんだと…。
名前 龍
体力 9950
攻撃力 6901
筋力 6610
耐久力 8106
回避力 32
敏捷性 71
知力 不明
技術力 不明
ステータスを見ただけで、これまで遭遇したどれよりも数値が高いことが分かる。この力にプラスして火炎を吐くとなると、確かに人間では太刀打ちできないかもしれない。
《環境適応システム稼働。 周囲環境分析、最適な戦術を計算します》
するとすぐに解析結果が出た。
ガイドマーカーが表示され、俺の視界にバーチャルで未来行動予測が表示された。
これを…やるのか?
《高確率で内燃機関に到達します》
危険じゃないのか?
《パライズバイパー及び岩蜥蜴の魔力を融合。更にスキルを進化、『炎毒防壁』を発動します》
俺の体に異変が生じているようだ。
…モタモタしている暇は無いか…。
俺は七階から八階に上がる階段の中腹迄上り振り向く。アーチ状の窓は斜めに見ると、かなり狭く見えておりそこから出なければならない。
《ガイドマーカーを正確にトレースしてください。自動補正入ります。ランドボアとジャングルリーパーの魔力融合、新スキル猪突飛脚を発動します》
バン! と脚力に極端な力が入るのが分かる。
《ヤギ頭とゴブリンコマンドの魔力融合、新スキル『瞬発剛力』を発動します》
バン! 体の温度が上がり、極端に上半身の筋肉が隆起しているようだ。俺は両手に剣を構えて、姿勢を低く低くしていく。
《魔力全開放》
ボッ! 俺の体は階段を駆け下り、次の瞬間、龍の分厚い皮をクロスに引き裂いた。
ドッパア!
腹が豪快に裂けて腸がもろ出しになる。だが俺の勢いは止まらずに、そのまま腹の中に飛び込んだ。
ドップッ!
ギョェェェェェェェェェェェ!
けたたましい龍の声が鳴り響き、どうやら塔から落下しているようだ。
《これでは致命傷にはなりません》
わかってる! 予測演算通りにやればいいんだな!
俺は内臓の海を泳ぐようにして、体の方向を変えるが龍が暴れているようで体の方向が定まらない。とにかく手当たり次第に剣を振り回し、内臓を内部から破壊していく。
《龍が走り回って、体の中から排除しようとしているようです》
真っ赤な視界の中を、俺は周りを掴みながら姿勢を正す。
《頭頂部方向。熱核反応》
ぐいぐいと体を上に押し上げて内臓を開くと、目の前に眩しく輝く巨大な光の大玉が見えた。
《内燃機関確認。火炎を吐こうとしているようです》
光の大玉に向かってガイドマーカーが引かれた。
《強化鎧密閉》
ズッ!
光の玉に剣を刺した。
ゴバァァァァ!
その瞬間、俺の体の周りが火の海に包まれ、視界が真っ白になった。
バン! ドチャァ!
俺の体は地面にたたきつけられた。周辺は火に包まれており、内臓や血液が広範囲に飛び散っているようだ。爆風で周囲の建物が倒壊しており火の海と化している。
《膨大な過剰魔力流入》
龍は!
《肉塊と化し消滅》
そうか。
《酸素吸入の為、ここから離脱してください》
猪突飛脚により、一気に炎の海から飛び出した。
《強化鎧開閉》
しゅぅぅぅ!
酸素が入って来る。
少し熱気があるな。
《強化鎧外壁温度が高いです》
するとその時。
「「「「「コハクぅぅぅぅぅぅぅ!? 」」」」」
目の前から声をかけて来たのは、アランと風来燕とオーバース将軍だ。他にも騎士がおり、皆が驚愕の眼差しで俺を見つめていたのだった。
《どうやら龍は城を飛び出していたようです》
そういうことか。
《仲間に近寄らないように言った方がよろしいかと。火傷します》
「鎧が火炎で熱くなっている! 冷却するまで少し待て!」
皆の足が止まった。
鎧がシュウシュウと音をたてているのが分かる。後ろを振り返ってみれば、ここは城のすぐそばのようだ。塔にへばりついていた龍は討伐出来たらしく、塔の中腹付近からクルエルとヴェルティカが覗いているのだった。