第百二十話 雑然とする王城
俺達が地下牢から一階に上がると、ぞろぞろと一般市民が入り込んできていた。入り口付近には騎士達が居て、彼らが城内に市民を誘導しているようだ。そこにクルエルが駆けつけ騎士に尋ねる。
「外は? 軍はどうなってる?」
騎士はクルエルが囚われの身だと知らないらしく、身を正してそれに答える。
「は! 将軍! 申し訳ありません。酷いありさまだとしか!」
「お前はオーバースのところの騎士だな?」
「はい! オーバース様は現場の判断で、市民が生き延びる為の最善策を取れと。そこで我々の判断で市民を王城に入れました」
「お前達は、とにかく一人でも多くの市民を助けろ!」
「は!」
騎士達は必死に市民を誘導している。そしてクルエルが俺達に言った。
「お嬢様の仲間達はどうしたんだ?」
ヴェルティカが答える。
「都市で魔獣と応戦中です」
「そうか。それはありがたい…主喰らいがいれば、魔獣の対応も出来よう。よくぞ戻ってきてくれた」
「北から見た王都の空が、狂ったような色をしておりましたので」
「狂ったような空…」
「はい。駆けつけたら、このようになっておりました」
「どういうことだ…」
「空の様子は分かりませんが、この魔獣襲撃はパルダーシュの事件と全く同じものです」
「という事は…故意に引き起こされている?」
そこで俺は、肩に担いでいるガラバダをクルエルに見せて言う。
「どちらの現場にもコイツが居た。偶然とは思えない」
「こいつが何かを握っていると?」
「だと思う」
クルエルが端正な顔にしわを寄せ、意識を失っているガラバダを睨みつける。
「今すぐ殺してやりたいが、コイツが何かを知っているとなると、そう言う訳にもイカン」
それを聞きメルナの鎧に仕込まれたマージが言う。フルプレートメイルと兜のおかげで、中身がメルナだとは思えない。背丈の小さい老人が入っていると言われれば、そう見えて来る。
「将軍様よ。これは厄災じゃろう、しかも故意に引き起こされたものじゃのう」
「賢者様。故意に引き起こされた厄災でありますか?」
「うむ。パルダーシュでは結界石が破壊されておった。調べればわかると思うが、王都の結界石も破壊されておる可能性が高いじゃろう」
「そのような中で…国の深部までこのような者を引き入れてしまった。…私の責任だ」
「いや。犯人は、こやつ一人ではないさね。火炎のバケモノが仲間のようだし、何かもっと大きなものが動いていると思うねえ…」
「わかりました。とにかく今は市民と王家の安全を確保する必要がありますな」
エントランスは市民であふれかえってきているが、騎士達は奥へと進まないように指示している。自分達の裁量で招き入れた物の、王城で盗みなどがあれば責任問題になるだろう。
ガァァァァァァァァ!
唐突にけたたましい唸り声が聞こえる。
「なんだ?」
「多分龍だ。何かを探しているようなしぐさで、この王城の塔にしがみついていた」
「龍だと…そんな化物が王都に入り込んでいるのか!」
「そうだ」
するとクルエルは俺達に言う。
「その男、気を失ってはいるが切断した足からの出血が続いている。事情を聴く前に死んでしまうぞ…」
するとメルナ(マージ)が言う。
「そうだねえ…ならこうしよう。コハクや、それを床に転がしな」
ポイッと投げる。
ドサ! ゴロゴロ!
「そんな乱暴に扱ったら、起きるんじゃないのか?」
「いいや。闇魔法で意識を閉ざしているからねえ、殺したって起きないねえ」
「流石は…賢者様。してどうするのです?」
「こうするのさ」
「灼熱で肉を焼け!」
一瞬メルナの声になったが、クルエルは気が付かなかったようだ。
ゴオオオオ!
ガラバダの足の肉が焦げる匂いがして、クルエルとヴェルティカが顔をしかめる。とりあえずガラバダの膝は真っ黒になり、出血は止まったようだ。
クルエルは乾いた笑いをあげる。
「ははは…酷いものだな…、まあ極悪人なんてこんなもんか…」
「これでも手心を加えたのさ」
「…とりあえずついて来てくれ!」
俺達は彼について、王城の内部に走った。
《城内の構造解析。クルエルは王城の中心に向かっています》
なにかあるのか?
《それは不明。ですが、確信して移動しているものと思われます》
連れて来られた大きな扉の前で、クルエルが扉を叩く。
ドンドン!
「クルエルである!」
するとその大きな扉から鍵の開く音が聞こえ、内側から使用人の一人が顔を出した。
「クルエル様!」
「この退避所に王はいるのか?」
「いえ。ここにいるのは王城の使用人とメイドらです。王はこちらには見えていません」
「わかった! お前達は鍵をかけて引っ込んでおれ!」
「は、はい」
そしてクルエルが俺達の方に振り向く。
「フィリウスは? いや…フィリウス様はどこに?」
「はぐれました。うちの騎士団長と一緒だと思われます」
「王が退避所に居ないとなれば…」
「どうしますか?」
「このような所で、もたもたしている訳にもいくまい。こうして居る間にも市民に被害が及ぶ、とにかく都市の状況を見極めねばならんが、監視塔に龍がまとわりついているんだったか?」
《排除すればよいかと》
「龍を排除して、都市を見渡そう」
「おまっ…、龍だぞ? 騎士団が総出で戦うような相手だぞ。増援を呼ぶ必要があるだろう」
「増援なんて何処にもいない」
「…そうか、都市中に化物がいるんだったな」
「そうだ」
「騎士団もバラバラ、ギルドへの要請もままならず、王覧試合の参加者も都市に居るかどうか分からない。くそ! 俺の騎士達はどこ行ったんだ」
ヴェルティカが答えた。
「人手が足りないので、恐らくは、他の将軍の指示に従っているものだと思います」
「そうか、そうだな…」
《巨大魔獣の魔力合成は完了しております。龍の大きさと体組織から換算しても、充分討伐可能です》
「俺がやる」
「いくら王覧試合の優勝者と言ってもだな。龍にその細剣が通るとは思えんぞ」
「塔はどこだ?」
「……。まあいい、ついてこい!」
俺達はクルエルに連れられて、王城の端の方にと走った。すると石畳の通路の先に、螺旋階段の入り口が見えて来る。
「あれが監視塔の入り口だ!」
ガガン! パラパラパラパラ。
大きく大地が揺れ、天井から埃が落ちて来る。
「龍が暴れているのか…」
《龍はまだ塔を占拠しています。やるなら今すぐに行動を起こしてください》
俺が皆に言う。
「皆はここで待て。そして将軍、こいつを見張っててくれ」
そう言って、意識を失っているガラバダを床に放り投げる。
「お、お前一人で行くのか?」
「そうだ。そして、マージ! そいつが逃げる事の無いように頼んだぞ」
するとマージが言う。
「コハクや。恐らく龍には知能があるねえ…それにこのガラバダと一緒に来た可能性がある。もしかすると、ガラバダが脱出する為に龍を待たせているのかもしれん」
「そうなのか?」
「でなきゃ、コイツが王宮深くまで潜れるはずないさ」
「なるほど」
《賢者の推測は高確率で当たっているかと思われます。恐らく外の龍はガラバダを待っているものだと。だから周辺を警戒しつつも王城を破壊していないのです。もし龍の目的が破壊ならば、既に王城は火の海になっていたでしょう》
確かに。
「よし! じゃあ俺は行く! 龍を退治したら皆で上がってこい!」
「コハクや! とにかく気を付けるのじゃぞ!」
「ま、待て!」
クルエルは最後まで、俺が龍を一人で殺せるとは思っていないようだった。だが俺は構わずに、塔の螺旋階段を一気に駆けあがっていくのだった。