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第十一話 異形の怪物

 草原の街道を走っている時とは違い、峠道に入ると騎士が陣形を整え警戒しつつ進み始めた。


《魔獣を警戒しているのでしょう》


 魔獣とは、それほどまでに人間にとって脅威なんだろうか。


《武器の種類が剣や槍ですので、銃で牽制するという事も出来ないのかと》


 俺は気が付かなかったが、アイドナは一瞬見ただけで視界を全て記憶する。その過去の映像とデータを、かいつまんで俺の視界に表示して来た。確かに王都や宿場町で見た、騎士達の武装は剣や槍のようなものが多い。後は何に使うか分からないような、太めの杖を持っている人間もいる。その者は騎士とは服装が違っており、ゆったりしたフード付きのマントを身に着けていた。


 杖を持っている人間がいるな。あの木の棒で殴打するんだろうか?


《可能性としてはあります。ですが防具が貧弱で、前に出て戦うようには見えません》


 なるほど。


 俺は情報収集が必要だと思い、ヴェルティカに聞いてみる。


「随分警戒しているようだが」


「峠は危険ですからね」


「そんな恐ろしい魔獣が出るのか?」


「警戒すべきは魔獣だけではないのですよ」


「というと?」


「このような寂しい場所には、賊の類も出没するのです」


「人間と言う事か」


「そうです。粗野な人間が商人などを襲い金品を奪うのです」


 それを聞いたメルナが俺の腕をぎゅっとつかんだ。それを見てヴェルティカが微笑んで言う。


「メルナ。大丈夫よ、正規の騎士を襲う盗賊なんていないわ」


 人間が人間を襲うのか…。


《ノントリートメントらしい行為でしょう。騎士達が警戒しているのは、油断して大きな被害を出さないようにしているのだと推測します》


 すると唐突に馬車がとまった。ボルトンが窓を開けて御者に尋ねる。


「どうした?」


「騎士が停まっております」


 俺が外に聞き耳を立てていると、馬の駆ける足音が近づいてきた。するとビルスタークが俺達の馬車に告げる。


「お嬢様、斥候が魔獣の痕跡を発見しました。防御陣形を取って進みますので、進行速度を落とします。念のため馬車の窓をしっかり閉めておいて下さい」


「わかったわ」


 騎士達は開き気味だった陣形をもっとコンパクトにして、ゆっくりと進み始める。馬車の窓は全て閉じられ、更にカーテンをひいたので外の様子が分からなくなった。だがしばらくすると馬車の進みは再び止まり、にわかに外が騒がしくなってきた。ボルトンが前の窓を開いて御者に聞いた。


「出たか?」


 開いた窓から戦う騎士達の掛け声と、なにかの動物の悲鳴のようなものが聞こえてきた。ボルトンが御者に聞くが、いっこうに返事が返ってこない。


「おい! 何が出たんだ?」


「ボルトン様! 騎士達が戦っている今のうちに、引き返した方がよろしいかと!」


 御者の切羽詰まった声が聞こえてきた。するとヴェルティカが言う。


「待ちなさい」


「しかし」


 突然ヴェルティカが立ち上がり、馬車の入り口の取っ手に手をかける。


「いけません! お嬢様!」


「確認しなくては!」


 そう言ってヴェルティカは馬車を出て行った。慌ててボルトンも後を追いかけて行き、俺とメルナがぽつんと残されてしまう。


「どうするメルナ? 今が逃げ時かもしれないぞ」


「ついて行く」


《外の危険性が想定できません》


 馬車に乗っていたら安全だとも限らん。


《外の情報を収集してください》


 わかった。


 俺はメルナを連れて馬車を降りる。馬車の横を過ぎると、御者が俺に声をかけて来た。


「こら! 危ないぞ!」


 だが俺はそれを無視して、馬の前に行って先を見渡した。


 なんだ…あれは…


 俺の目に映ったそれは、異形の人間のような何かだが異常すぎた。まず身長が三メートルほどあり、異様に骨太すぎて全体的に寸胴なのだ。それにも増しておかしいのが、皮膚の色でまるで象のようなくすんだ鼠色をしている。


 あれはなんだ?


《生きた物はデータベースに存在しておりません。物語り上の架空の存在なら似たようなものが数種類。一、トロール 二、オーク 三、オーガ。トロールである確率が九十二パーセント、オークが四十、オーガが十二》


 俺が呆然と立っていると、ヴェルティカとボルトンが慌てて戻り言う。


「馬車に戻って!」


「あれはなんだ?」


「トロールよ! こんなところに出る魔獣じゃない!」


「騎士達で大丈夫なのか?」


「食い止めている間に引き返すのよ」


《戦力分析。逃亡を想定するならば、今なら我々が無傷で逃げ切る確率は六十八パーセント》


 逃げればどうなる?


《騎士達に死傷者が出るでしょう》


 俺は先の戦況を目に収める。

 

 なんだ? 一人だけ石礫を出している人間がいる。


《あの杖は兵器のようです》


 あれを、使えないか?


 俺が問うとアイドナが周辺の環境を見て告げる。


《崖の上、岩の出っ張り、下方に隙間、そこに兵器を打ち込みます》


 俺がとっさに走り出すと、ヴェルティカが叫んだ。


「だめよ!」


 だが俺はそれを無視して、石礫を放っているフードマントをかぶった人に言う。


「君。あの崖の上を見て! 岩の出っ張りの下! 亀裂が入っているそこに放て!」


「えっ! あ、ああ!」


 その人が杖をかざし、その崖の上のでっぱりの下に石礫を打つ。すると不安定だった岩の重みで、その亀裂が大きくなり巨大な岩が転げ落ち始めた。


《総員退避させてください》


「総員! 退避!」

 

 俺が大きな声で叫ぶと、訓練されているであろう騎士達がトロールから離れた。力任せに棍棒を振り回していたトロールの上に、突如大きな岩が転がり落ち派手に転ばせる。


《首の後ろにある骨に止めを》


「総攻撃だ! 首の後ろを斬りつけろ!」


 騎士団がわっと飛びかかり、トロールの首の後ろに剣と槍を刺しこんだ。何本かがズボっと突き刺さり、それでもトロールが起き上がろうとする。


《腕の関節を》


「腕の関節を狙え!」


 何人かが腕の関節を狙って斬りつけると、起き上がろうとしていたトロールが再び寝そべる。するとビルスタークが唐突に精神を集中させ、皆が前をどけると同時に剣を振り下ろした。スパン! と丸太のような首が斬り落とされ転がった。


 ビルスタークがすぐに叫んだ。


「トロールは死んだ! すぐに怪我人の手当を!」


 すると何人かが、腰につけた袋から何かの小瓶を取り出し、それを怪我人に飲ませ始めた。


 怪我に飲み薬?


《ナノマシンでしょうか?》


 だが俺が見ている前で、瀕死だった怪我人が突然動けるようになった。傷は完全に回復していないようだが、先ほどは動けるような状態じゃなかったので、薬品は確かに効いている。


 するとビルスタークが俺の所にやってきた。


「コハク! 助かった! 礼を言う!」


「いや。俺は…」


 現状分析から、一番生存率の高いものをアイドナが選んだだけだ。とは言えなかった。


 するとそこにヴェルティカが来て言う。


「魔獣は一体とは限らないわ」


「は!」


 そしてビルスタークが立ち上がり、全員に告げた。


「すぐに離脱する! 動けるものは馬を駆り怪我人を乗せろ! 死んだ馬は捨てていく」


「「「「「「は!」」」」」」


 騎士達が速やかに片付けをして、俺達は再び馬車に乗り出発するのだった。

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