第百十八話 暗躍する不審人物
見上げる城塔の上には龍がしがみついており、火炎を撒きながらも周囲を伺っているように見えた。
将軍達や騎士がいない。
《現在は、まだ生存を確認できていません》
そこで俺は一緒に来たヴェルティカに言う。
「まずは城に入ろう」
「分かったわ」
とにかく無策で巨大な龍に近づく事はせずに、ひとまず城の中に侵入する。だが中に人の気配がなく、俺とヴェルティカは顔を見合わせた。
「メイドや使用人がいないぞ」
するとメルナの鎧に組み込まれたマージが言う。
「避難したか、隠れているか。とにかくこんな危険な所にはいられないからねえ。パルダーシュ辺境伯の城とは違い、王城は堅牢に出来ているからね。避難すれば、しばしの間は魔物の脅威から逃れる事は出来るのさ」
「なるほど」
「お兄様とビルはどこに行ったのかしら?」
「分からない。将軍や騎士も居ないようだ」
だが、それにもマージが答えた。
「恐らく騎士団は市民の救出に出されたのさね。あの王の事だから自分の護衛より、市民の安全を優先させただろうよ」
《賢者が言った内容から推測し逆算すると、フィリウス達は王宮にいる確率が高いと思われます》
なぜだ?
《ノントリートメント非言語コミュニケーションを解読をしてみると、あの二人は将軍達の動きを理解しています。少なくともビルスタークは理解していて、王城の警護が手薄になっていると予測するでしょう。さらにビルスタークはパルダーシュ領にて、この魔獣襲撃の事件を一度体験しています。おのずと魔物達の狙いを察知して、この城の中に潜伏していると考えます》
そして俺がマージに言う。
「フィリウスとビルスタークは城の中だ」
「どうしてそう思えるんだい?」
「将軍が出払えば、誰が王を守ると考えるかだ。更には、ビルスタークが魔獣襲撃事件を知っている」
「その通りだねえ。コハクは私をも凌ぐ速さで、物を考えておるようじゃな」
「なんとなくだ」
ヴェルティカが聞いて来た。
「なら、どちらに向かえばいいかしら?」
「決まってるさね」
《確定です》
「なに?」
「とにかく驚異の排除に全力を注ぐ事さね。パルダーシュと違う点がいっぱいあるからね」
違う点とは?
《多くの人間がこの厄災を認識している事、パルダーシュよりも多くの兵士がいる事、冒険者の数も比較にならないほど多い事、我々強化鎧を着た兵士が十一人もいる事、既にあなたと風来燕が強い魔物を撃破している事。相違点が多すぎ列挙に時間がかかります》
わかった。その事で何が変わる?
《パルダーシュの時と比べ、生存確率が格段に高いという事です》
そしてマージが言って来た。
「蹂躙されたパルダーシュとは違うさ。なあそうだろう? コハクや」
「そのとおりだ」
以前の俺は自分の生存確率を上げるためだけに動いていた。もちろん今も同じ理由で動いてはいるが、俺の中で何かが変わってきているのも事実。考えの読めないノントリートメント達と共に戦って来て、彼らが俺を裏切らない事を知った。俺は一人で戦っているのではないという事を知り、意志共有のかからない彼らと力を合わせる事ができると知ったのだ。
そして俺はアイドナが言っていた、愛情、種族保存、という言葉が気になっている。それの答えが見つかるまでは、必死にあがいてみようと思う。そんな俺の意識をアイドナが汲み取って変換し、非合理的なこの戦いに身を投じているのである。
《戦闘遅延を考慮しヤギ頭の魔力の融合を先行して行います。また、過去戦闘データ分析、複数敵対戦闘時の最適化、建造物構造解析を平行演算》
アイドナの報告を聞いているとメルナが言う。
「コハク! なんか変な音がするよ!」
メルナが、その敏感な耳で何かを感じたようだ。
《聴力強化》
…だから…やって…。
「話し声だ。だがここからだと聞こえが悪いな」
「人がいるのかね?」
「行ってみよう」
そして俺は聴力を頼りに、人の声がする方向に向かって歩きだす。するとそれは別館からのようだった。俺達が更に歩みを進めると、地下に続く階段が見えて来る。
「地下からだ」
それを聞いてヴェルティカが言う。
「地下から?」
「そうだ」
「避難した人じゃなかろうかね?」
「そうだろうか?」
「行って見ましょう」
《声の周波数及び、感情エミュレーション機能にて計算。声に不安や怯えは無く、憤りのような響きを感じます。避難民ではない可能性が高い》
「みんな。静かに」
「なにか感じたのかい?」
「避難民じゃない」
するとヴェルティカが言う。
「見た感じ、下は牢獄じゃないかしら?」
「囚人が騒いでいるのかねえ?」
階段を下りきって先を見るが、暗くてよくわからなかった。
「松明が消えているわ」
「メルナや光を灯しておくれ。静かにね」
「うん。聖なる球体よ輝きをもたらせ」
フワリと光の玉が浮かび、俺達の数メートル先を照らした。
「行くぞ」
石畳の廊下を先に行くと、そこには騎士が二人倒れていた。俺が首筋を触る。
《死亡しています》
二人に向かって首を振る。そしてそのまま先に進むと、鉄格子が開いており先の通路が見えている。その先では松明が灯されていたため、メルナは光を消した。するとはっきりと話し声が聞こえて来る。
「貴様のせいでこうなった」
「だから何度も言ってるでしょうが。この国でのあんたの評価は地に落ちたんだ。それなら、あんたを評価してくれる国の為に働いたらいいだろうが」
「貴様。私に陛下を裏切れと言うのか!」
「いやいやいやいや! 裏切ったのはあっち! あっちが最初!」
「陛下が私を裏切っただと?」
「だってそうだろう? あんたは知らずに俺達を引き入れた。あんたは全く悪くないんだ。それなのに牢屋に入れるなんてひどいと思わないか?」
「クズが! お前らがあんな事をしでかさなければ、私はこのような所に居ない!」
「まーったく分かってないんだねえ。あんたなんかこの国では不要なのさ」
「貴様……」
その二人の声を聞いてアイドナが言う。
《声紋特定。ガラバダ(ボルトン)と将軍クルエルの確率百パーセント。会話は平行線のようです》
なんと地下牢では、ガラバダとクルエルが話をしていたのだった。小さな声でマージに言う。
「ガラバダとクルエルだ…」
「逃げたと思ったら…こんなところに。なんだってまた、将軍と」
「どう思う?」
「外の事と無関係ではないだろうねえ…」
《マージの言う通りです。外部で起きている事とこの事の因果関係は百パーセント。ガラバダは外で起きている事と関係しています》
どうするか?
《ガラバダを殺害してください》
そして俺は二本の剣を抜いた。ヴェルティカとメルナに目配せをして、ここにいるようにジェスチャーをする。二人を残して、ゆっくりと地下牢の入口へ足を踏み入れるのだった。