第百十七話 王都を跋扈する怪物達
焼けた街の道には死体が転がり、瀕死の重傷を追った市民も身動き取れずにいるようだった。敵の正体が分からないが、とにかくこの暴挙を止めねばならないとヴェルティカは言う。フィリウスやビルスタークと、はぐれてしまい今はひたすら王宮を目指して走っていた。
ガガン! バゴオッ!
突如右方向の建物を破壊して、巨大な化物が飛び出て来る。さっきの岩蜥蜴とはまったく違うタイプの獅子の顔の魔獣だが、背中からツノのある龍のような首が生えている。そしてその尻尾には顎があるようで、縦横無尽にバタバタと暴れて市民を狙っている
風来燕の面々が言う。
「キメラだと!」
「さっきの岩蜥蜴といい、なんでこんな大物が次から次へと出で来るんじゃ!」
「本当ね。前の私達だったら全滅していたわ」
「強化鎧さまさまだ!」
「しかし思うようにはすすめねえなあ!」
ボルトが憤慨して言うが、それにアランが答える。
「仕方あるまい。これらを倒さねば市民が死ぬ!」
ボルトとアランが剣を構え、その合成モンスターに立ちはだかった。
「ぐおおおおおおん!」
凄まじい雄叫びを上げて、そのバケモノが爪を振りかざしてくる。だがそれをガロロが大盾で防いだ。
ガゴオ!
「強化鎧で無ければ死んでたわい! 早よう切ってくれい!」
「おう!」
「おうよ!」
アランとボルトはそのバケモノの左右に分かれ、後ろ脚まで高速で駆け抜けて剣を振る。身体強化せずとも、強化鎧が俊足を可能にしていた。
バシュゥ!!
化物の後ろ脚が斬れて、ドスンと尻餅をつくように腰が落ちた。
「火の蛇よ、敵に絡みつけ!」
フィラミウスの魔法の杖から出た炎の蛇が、化物の体に巻きついて燃やし始めた。
「ギャアアアアオ!」
炎でバタバタとのたうち回っていた合成魔獣が、我を見失ったかのように暴れ出す。どうやら突然の強者の登場に逃げようとしているようだが、後ろ脚を失って藻掻いているようだ。
だがそこでアランが言う。
「コイツは! パルダーシュにも出た奴だ! あの時は剣が通らなかったがな、強化鎧のおかげで復讐できそうだ」
騎士団を蹂躙した奴の一匹らしい。
「氷結で道を凍らせよ!」
メルナがマージに指示された魔法で、化物の足元を凍らせた。そのせいで化物がバランスを崩してズズンと転げる。
《ガイドマーカー展開》
狙う場所は三カ所もあるのか?
《三つの脳があります》
「ベントゥラ! 角の生えた頭の目を射ってくれ
ドシュッ!
「グエエエエエ!」
目に弓矢を刺した背中の頭が暴れ出し、完全にバランスが取れなくなったところで、俺は獅子の頭に突撃しガイドマーカーに沿って眉間に剣を刺しこんだ。すると前足二本が動きを止める。
《獅子の脳が足をつかさどっていたようです》
「アラン! ボルト! 尻尾を斬れ!」
「「おう!」」
二人が尻尾と格闘している間に、動きを止めた化物の体に這い上がる。そのまま角の生えた首に身体強化した上半身で剣を振るった。
ドシュッ!
ぐげっ!
俺が尻尾の方を見ると、二人で切りとったらしくバタバタ暴れる尻尾にとどめを刺した。
すると魔導鎧を伝って、効率よく魔力が吸い上がってくるのが分かる。
この魔力も凄いな。
《かなりの魔力量と強さです》
そこに天空から、けたたましい声が鳴り響いた。建物と建物の間から見える空を、大きな龍が飛んでいく。
「あっちは王宮だ!」
アランの声を聴いてアイドナが言った。
《ヴェルティカ、ボルト、ガロロの魔導鎧が稼働限界》
「ヴェルティカ! ボルト! ガロロ! 魔石を入れ替える!」
「分かったわ!」
三人が俺の所に来たので、空になりかけの魔石を取り出して充填済みのものに入れ替えた。ベントゥラはそれほど消費しておらず、フィラミウスとメルナは元々魔力を保有しているので、まだ動くのには不足は無い。アランも自分の身体強化と併用しているので問題はなさそうだ。
「行こう!」
俺の巾着に残っている魔石はあと半分。これが無くなれば、強化鎧は普通の鎧より厚い重い鎧になってしまう。ビルスタークとアランはそれでも動くだろうが、他は魔力が尽きれば脱がざるを得ない。
ガシャガシャと音をたてて、町を走るとようやく王宮が見えた。
「龍が!」
先ほど飛んでいた龍が、王城にしがみついて火炎を吐いているようだった。それを見たアランが、憎悪の炎を燃やすかの如く声を振り絞る。
「くっ! お館様を焼いた火だ!」
「急げ!」
強化鎧を着た俺達の集団が、王宮までの一本道に差し掛かった時だった。
ズッズゥゥウゥゥン!
突如俺達の前に、三つ首の獅子が落ちて来る。
「ガアアアアア!」
「グオオオアア!」
「グルゥゥウウ!」
「くそ! またかよ!」
ボルトが悪態をつく。次から次へと出て来る魔物に、俺達は行く足を遮られていた。
だがその時アランが言った。
「ボルト! コイツは俺達でやろう!」
「わかった!」
「コハクは城へ行け!」
《予測演算の結果、このメンバーならば稼働時間内に処理可能》
「わかった! ボルト! ガロロ! 最大の力での稼働は五分が限界だ!」
「分かってる!」
「はよ行け!」
俺が頷くと、ヴェルティカとメルナが叫んだ。
「私もお兄様の所へ行く!」
「わたしはコハクと行く!」
「ついてこい!」
俺達はアランと風来燕に、三つ首の獅子を任せて脇を通り過ぎる。三つ首獅子は俺達に飛びかかろうとするが、フィラミウスの火魔法で目の前を遮られていた。
王城に張り付いた龍は、好き放題火炎をまき散らし焼き尽くさんとしている。周辺には怪我人や死体が散乱しており、さっきの三つ首の獅子が食い荒らしたような痕跡だ。あちこちで破壊の音が聞こえていて、魔獣は恐らくこいつらだけではないだろう。
王城の門に辿り着いた時マージが言う。
「ちょいまち!」
「なんだ!」
「メルナ! 詠唱を!」
「うん!」
「清浄なる力を持ってこの者を守るべし!」
「清浄なる力を持ってこの者を守るべし!」
ぱあああ! と俺達三人に光のヴェールがかかった。
《防御力が格段に上がりました。硬質な魔力の膜のようです》
「いこう!」
俺達が門をくぐると、中には怪我をした騎士や、首が無い騎士の死体が転がっている。そこにいたのは、数体のヤギの頭をつけた人型のモンスターだった。そいつらは手に鎌を持っており、それでここの騎士を蹂躙したらしい。
俺達が入っていくと、一斉にそいつらがこちらをむく。
《五体確認。サーチ。個体差がありますのでアベレージ数値を展開》
名前 ヤギ頭(仮)
体力 590
攻撃力 710
筋力 1028
耐久力 691
回避力 488
敏捷性 173
知力 不明
技術力 279
《バケモノになったドルベンスより基礎力が高いです》
どうする?
《先ほどの合成魔獣と岩蜥蜴の魔力を調整して使用してみます》
向かって来たぞ。
《魔力調整八十、八十八、九十》
「マージ! 足止めを!」
「うむ。メルナや火炎魔法じゃ」
「高熱の炎よ、敵を焼き尽くせ!」
ゴオオオオオ! メルナの杖より火炎が放出され、鎌を持ったヤギ頭人間が咄嗟に避けた。
《魔力調整九十八、九十九》
再び体制を整えたヤギ頭五体が、こちらに向かって来る。
《百。魔力解放》
シュッ! ザン! ザン!
俺は瞬時に、二体の前に現れ首を飛ばす。
ドサドサ!
突然倒れた仲間に反応し、ヤギ頭がこちらを向いたがもう遅い。
シュン! ザン! ザン! ザン!
一体倒すごとに魔力が流れ込んで来る。
《非常に純度の高い魔力です》
俺のパワーとスピードが凄いな。
《より良い魔力を大量に保有しているからです。次からは演算無しで使用できます》
ヴェルティカとメルナが呆然として言った。
「「コハク、凄い…」」
「次はあれだ」
俺は城の塔によじ登って火炎を放つ巨大な龍に、剣で狙いを定めた。
「わかったわ」
「うん!」
すぐに王城の庭を通り過ぎ、龍が待つ王宮の深部へと走ってくのだった。