第百十三話 王の心を掌握
突然クルエル将軍が出て来た事で、仲間達の表情が一気に強張った。クルエルはさも勝ち誇ったような顔で、俺達をちらりと一瞥する。
「どうしたのじゃ? クルエル? 式典の最中じゃが?」
「は! 事件の調査をしておりましたところ、何やら怪しげな事実が発覚いたしました!」
「クルエルよ。それは今、このめでたい場で言う事か?」
「今だからこそです!」
会場も何事かと騒ぎ始め、クルエルが人々の方を向いて大声を張り上げる。
「皆! 聞け! 王の襲撃事件、及び市民の大量殺傷事件に関係した話である!」
会場がどよめき始め、王も興味があるような表情をしていた。
「どう言う事じゃ?」
「は! 王よ! ここにいるパルダーシュ家の者達は、王の襲撃についての証拠隠滅を画策しておったのです!」
「なんじゃと?」
「それを我々、西方騎士団が察知した次第であります!」
だが一連の騒ぎを聞いたオーバースが出て来た。
「これはどういうことだクルエルよ! 何をやっている!」
「王よ! このオーバースは、パルダーシュ家の人間と共謀しております!」
「何を言うか! 他の将軍に話を通さずに何をやっているのだ!」
するとそれを聞いた、白髪老齢の将軍と短髪で浅黒い筋肉隆々の将軍も出て来た。
それを見て王が言う。
「オーバース、トレラン、オブティスマ。お主らは知らん話なのか?」
すると白髪老齢の将軍トレランが頭を下げる。
「恐れ入りますが、存じ上げませんでした。事前の話がありませんでしたので」
「オブティスマもか?」
「はい」
だがクルエルはそれを無視するように言った。
「まずは証拠を見ていただければ一目瞭然でございます!」
「証拠とな?」
「はい。それは市民を襲ったバケモノの残骸にございます」
「なんじゃと? どう言う事じゃ?」
「そこにいるパルダーシュの一味は、闘技場より化物の残骸を盗み出したのでございます」
だがそれにフィリウスが抗議する。
「盗みなど働いておりません」
「まあ、しらを切るのも今のうちだ」
そこで白髪のトレランが言う。
「王よ、いかがでございましょう? ここでその証拠とやらが出れば、嫌疑ありとして別の場所で話し合いを儲けられては? 会場にお集まりの貴族の方々も、せっかくの式典が台無しとなって不満も出ましょう」
「うむ。トレランの言うとおりである」
それを聞いてオーバースは苦虫を潰すような顔をし、仲間達もより一層引き締まった表情になる。ただ一人クルエルだけが、楽しそうに口角を上げていた。
そしてクルエルが言う。
「おい! もってこい!」
「は!」
騎士が麻の袋を持って来てクルエルに渡した。
「これがその証拠! 化物の残骸でございます」
「ふむ」
クルエルは自ら麻袋のひもをといて、底を持ち上げ一気にひっくり返した。
「これです!」
バフッ! ファッサァー。
麻袋の中から出てきたのは…灰。灰色の灰が出て来て、辺り一面にそれが広がった。そばの貴族が手で顔の前を扇いで咳込んでいる。
「ゴホッゴホッ」
「あれ?」
「「「「「「……」」」」」」
シーンとしてしまった。
「なんだ?」
「クルエルよ。これはどう言う事であるか?」
すると王を無視してクルエルが騎士達に怒鳴りつける。
「おい! なんだこれは! 回収したあれを持ってこい!」
だが二人の騎士が走り込んできて言う。
「恐れ入ります! そちらの袋で間違いございません! 闘技場の刻印が押されております」
「えっ?」
袋を持ち上げて印を見ている。
《生命体シミュレーション解析通りです。腐敗が異常に早すぎました。あの状態で一晩形状維持をすることは不可能です》
これを言っていたのか?
《更にあの灰から、元が何だったのかを特定する科学分析能力はこの世界にはありません》
なるほどね。
だがクルエルは諦めきれないようで、まさかの俺達に救いを求めて来た。
「お、お前達! この袋は俺が回収した物で間違いないよな?」
するとフィリウスが頷いて、機転の利いた答えを言う。
「その通りです。上質の灰でございましたので、肥料にでもなるのではないかと思ったもので」
「な、なんだと? ここにバケモノが入っていただろ!」
「さて…何の事かわかりません。突然クルエル様が宿に入って来られて、勝手に持ち出されて行ったので、どうしたものかと話をしておったところです」
クルエルがブルブルと震え出した。
「貴様…仕込んだな?」
「滅相もございません。ただ私らの宿屋に、何の通達状ももたずにクルエル様がいらっしゃって、それを持って行ったのでございます。その事はクルエル様が一番ご存知のはずですが、違いますか?」
「貴様、俺をおちょくっているのか? どうなるか分かって言っているのだろうな?」
「何の事か…ちょっと見当がつきかねます」
「おまえぇぇぇ!」
だがその声を、ほかならぬ王が遮る。
「クルエル! 貴様! 誰に話をしておる!」
「は、はい?」
「誰に向かって話をしておるのかと言っておる!」
「それは、この貴族もどきに…」
「何を言っておるのだ! そもそも、わしの演出を全て台無しにしておるのだぞ!」
「は、は…い。ど、どう言う事でしょうか?」
すると王が立ち上がって言う。
「この者達がどのような願いを言うかにかかわらず、この後で正式な辺境伯の爵位式を執り行うつもりであったのだ! それに対し貴族もどきとは何事であるか!」
そこまで言われて、クルエルの顔が一気に真っ青になった。
「は、ははぁ!!!」
「騎士爵の軍属が、辺境伯に対してのその物言い! 断じて許せるものではないぞ!」
「申し訳ございません!」
クルエルは慌てて土下座をして、床に額をこすり付けた。
「興覚めじゃ! この者を連れて行け! この華々しい舞台を灰で汚すとは何事じゃ!」
「申し訳ございません!」
「やめじゃ! やめじゃ!」
するとオーバースとオブティスマが、土下座しているクルエルの両側から腕を掴んで起こす。そしてそのまま、ずるずると引きずられるようにしてクルエルは連れていかれてしまった。
だが残った将軍トレランが王に対して言う。
「王よ! 怒りを鎮められよ! 此度の事、ここなパルダーシュ家の者達に罪は無いのです。この輝かしき式典を受ける誉を、かような些事でとりやめる事はなりません。これもまた一つの余興とでも笑い飛ばして下され!」
すると壇上から降りようとしていた王が立ち止まる。
「…トレランよ。お前はいつも余を正しき道へと正してくれるのう…」
「恐れ入ります。その寛容な姿をどうか我々にお見せくだされ!」
「うむ」
そう言って王が王座に戻って来た。トレランは周りの従者達に言う。
「灰を片付けよ! 式典の再開である!」
「「「「「は!」」」」」
一斉にホウキや雑巾を持っている奴らが出て来て、あっという間にピカピカの床が現れる。
そして王が言った。
「皆の者! 式典を続けてもよろしいか?」
するとパラパラと拍手がおき、それが会場中を巻き込んで大きな拍手となった。
「すまなかったのうフィリウスよ」
というか一連の流れで気づかなかったが、フィリウスとヴェルティカ、ビルスタークとアランが…打ち震えて泣いていた。泣きながらも気丈にフィリウスが答える。
「いえ! 王よ! その寛大な御心に私達の心はうち震えております!」
「そうかそうか。どれ、フィリウス、そして妹のヴェルティカよ。近くに来て顔を見せておくれ」
「は!」
「はい!」
二人が王のそばにいって跪く。
「よい顔つきじゃな」
「「ありがとうござます」」
「父と母の事は誠に残念であった。わしは心を痛めておったのじゃ」
その言葉で若い二人は更に涙を流している。
「痛み入ります」
「そしてオーバースより報告は受け取っておるよ。不明の隣国の軍隊が、我が国に攻め入ろうというのを、少ない人員で追い払ってくれたとな。そのおかげで北は敵の蹂躙から免れたと」
「はい」
「そして此度の試合での優勝も見事であった。余の目をひきつける為に必死だったのであろう?」
「王よ…私は…私は…」
「よい。皆まで言うな。それにそこの剣士コハク」
「はい」
「お前は見事、悪しき影を払拭してくれた。わが身にその刃が届く事は無かったのじゃ。我が国の北の領地を任せるに、これ以上の人材はおらぬ」
「はい」
そして王はフィリウスに向き直って言う。
「此度の暗殺事件が起こらねば、わしはそこまで気づかなんだ。伊達や酔狂で、オーバースが自分の出場枠を明け渡す事は無いと思ったが、その事でわしは命を救われてしもうた。王の命を救った者に、辺境伯の爵位を継承する事を否定するものなどおるだろうか?」
そして王様が立ち上がる。
「皆の者! フィリウスに辺境伯を継承する事に異議のある者はおるか!」
次の瞬間会場に大きな拍手が起きた。
「満場一致じゃな」
そしてフィリウスは決められた口上を述べた。
「その栄誉慎しんでお受けいたします! 陛下のご期待に沿うよう忠誠をつくします!」
すると檀のわきから小姓のようなものが剣を持って走って来る。その剣を王に渡すと、王はその剣をフィリウスの肩に乗せた。
「フィリウス・パルダーシュを辺境伯とする!」
「は!」
わああああああ!
歓声が上がった。
小姓に剣を戻した王が、好々爺とした表情を浮かべて言った。
「して、優勝の報酬じゃがのう? 願い事はまだ聞いておらぬが?」
今…叶ってしまった気がする。フィリウスもヴェルティカも、流石にこれは想定していなかったようで固まってしまった。
「なんじゃ? 考えておらぬのか?」
ここに来て、強化鎧の売り込みは必要がない。どうするつもりだ?
と思っていたら、フィリウスではなくヴェルティカが言った。
「後見人の私からよろしいでしょうか?」
「言うてみよ」
「コハクにナイトの称号を御与え下さい」
すると王がスッとヴェルティカの耳に口を寄せた。恐らくは誰にも聞こえない声で言う。
《聴力強化》
「そんなんでええのか?」
「はい」
スッと王が離れる。するとヴェルティカがもう一度大きな声で言う。
「何卒! コハクにナイトの称号を!」
「うむ。それではコハクよ前に」
「はい」
どうする? こう言う時どうしたらいい?
《フィリウスに聞いてください》
とりあえず俺はフィリウスの隣りに膝をついて頭を下げる。
「どうすればいい?」
「私の言うとおりに言え」
そしてまた小姓がまた王に剣を持ってくる。
「我は命ずる。コハクよ我と国に忠誠を誓え」
するとフィリウスが小さな声で言う。
「この剣を王に捧げます」
そこで俺は王の顔を見て言う。
「この剣を王に捧げます」
「うむ」
するとまた盛大な拍手が起きた。それがどう言う事を意味するのか分からないが、とりわけビルスタークとアランの拍手が大きいことが分かる
《予測演算による回収率百パーセント。人心掌握シミュレーションのアップデートをいたします》
アイドナが俺の脳内で響いた。
そうして、俺達の王覧試合から始まった全ての作戦は幕を閉じたのだった。